あ、頭がおかしくなりそうだ・・・!
クリスの頭はかつてないほどの混乱の極みにいた。
?????!??!???
今のクリスに感情を表現する言葉は見つからない。たった十数分程度。僅かな時間でクリスの思考は完全に狂わされてしまった。
予想外の連続だった。アンデッドの軍勢?ダスクが死霊術師?いいアンデッド?めちゃくちゃ喋ってたけど、そもそもあのアンデッドってなんだよ⁉
ダスクを問いただそうにも全くの無意味だった。ダスクはこの混沌を楽しむばかりでまともな会話が成り立ちそうもなかった。
脳のキャパシティーが追いつかない。常識があり得ないと頭を抱える。なのに、クリスの視界には嫌でも非現実的な光景が入り続ける。肝心の全ての元凶であるダスクは笑ってしまえば楽になる、と他人事のように放言してはばからない。
そんなクリスの今の状況はダスクに捕まって空に浮いていた。ダスクのひとっ飛びでぐんぐん地上から離れて、気が付けば周囲一帯何も遮るものない遥か上空にいる。
地上を見れば、その何もかもが今まで見たこともないほど小さく映る。アンデッドの軍勢が森を侵食するように吶喊して突っ込んでいく。
不意に妙に冷たい風が肌を撫でて通り過ぎた。クリスはぶるりと身を震わせた。
脇に抱えられた不安定な体勢。もちろん自由に動けるわけもなく、下手をすればうっかり落ちてしまいかねない。もちろん間違えて落ちてしまえば、死んでしまうだろう。それだけは分かった。
分かったが――
「ぎゃああああああああああああっ‼」
ダスクの飛行速度が突然急加速して、クリスは絶叫する。
「せっかくだが、アンデッドの肩車は却下だ。面倒くさい」
誰もそんなことは頼んでないって!
ダスクは翼もないのに当たり前のように自由自在に空を駆け巡る。クリスは振り落とされないように必死にダスクの腰に掴みながら叫んだ。
「きゅ、急に動くなよおおおおおおおっ!危ないじゃないかああああああああああっ!」
「ぷっ……。必死過ぎて笑えるな」
ダスクがこれ見よがしに小ばかにした顔をして、クリスは眦を吊り上げた。だが、怒る感情よりも先に、今なお凄まじい速度で飛行する恐怖でそれどころではなかった。
――俺の気も知らないで、この野郎おおおおおおっ!
クリスは歯をくいしばって、半分泣きながら耐えた。
そうすること少しして、ダスクの飛行がふいに止まった。
「ようやく、止まった……?死ぬかと思った……」
「へえ……」
クリスの本心からの言葉をダスクが鼻で笑い捨てる。
本当に腹が立つなあ、こいつ!
ダスクがにやけ面で顎をしゃくって指し示した。
「見ろよ。森から魔獣たちのお出ましだ」
「……え?」
落ち着くどころではない状況にクリスは完全に忘れていたが、確かに今は魔獣討伐の最中だった。クリスはダスクの言う森の方に目を凝らした。
するとそこにいたのは、恐ろしいほど多くの魔獣たちだった。ダークウルフやゴブリン、大人をも丸呑みする大蛇のキラースネーク、魔の影響を大きく受けて巨大化した蟻の化け物イビルアント。その他にも滅多に見ない種の魔獣も揃って森の外に這い出てきた。
森の中にそんなにいたのか、と思うほどの無数の魔獣がアンデッドの襲来に姿を現した。村どころではない。巨大な都市一つ滅びかねないほどの群れの数にクリスは目を見張る。
魔獣が威嚇する。牙を剥き、爪を立て、唸り声をあげる。
「少年、あれをどう見る?」
「は?え?どう見るって何を?」
突然振られた問いにクリスは戸惑った。しかし、その返事にダスクは心外だと言わんばかりに口を尖らせた。
「いや、魔獣たちだよ。少年、あれを見て何も思わないの⁈自分の縄張りを守るため徒党を組んでアンデッドに敢然と立ち向かう姿!立派じゃないか!それをお前、どうって……。少年、その感想は人としてどうなんだよ⁉」
「言っておくけど、それ、おじさんにだけは言われたくないから!」
するとダスクは急におどけたように肩を竦めた。こいつ、完全に遊んでやがる。
「まあ、冗談は置いといてだ。そろそろ始まるぞ」
その言葉が合図になったのか、アンデッドが鬨の声を上げた。
「「「「「死ねええええええええええええええええええええええええええっ‼」」」」」
魔獣の群れも、その威嚇もだからどうしたと言わんばかりにアンデッドが突撃する。一瞬魔獣が怯んだように見えたのは気のせいか。
アンデッドは嬉々として武器を振るい、魔獣はあっという間に屠られる。魔獣には抵抗する時間すら与えられなかった。
「うらああああああああああああああっ‼」
ゴルドの大剣による一振りがダークウルフ数体を両断する。鮮血が飛んで、その血を我先にとアンデッドが群がった。キラースネークは頭を大金槌によって叩き潰され、イビルアントの大群はスケルトンメイジ放った魔法の一撃で灼熱の炎が舞い、簡単に消滅した。
「虫はうまくねえんだよなああああああああっ!消えろっ!目障りだ!」
骸骨の魔法使いスケルトンメイジがカタカタと顎の骨を鳴らしながら、テンション高く吐き捨てた。
抵抗する間もなく燃やし尽くされたイビルアントは灰となって空に消えた。
「…………」
多勢に無勢、というだけではない。数も個としての力も圧倒的にアンデッドが上だった。村を苦しめていた魔獣が可哀想になるほどの蹂躙がそこにはあった。
色々あったショックの連続。それでいて気の抜けるような一方的な戦況。アンデッドが人間の味方だったらだけど……。というかアンデッド対魔獣って何?
ただ放心するクリスにダスクが声をかけた。
「順調だな」
「……悪夢だよ」
クリスが顔を手で覆う。ダスクが白々しく首を傾げた。
「おかしいな。見ろ、どいつもこいつも幸せそうじゃないか。どこが悪夢だ」
「どの口が……!もう散々だよ!だいたいおじさんが言っているそのどいつもこいつもがアンデッドのことだよね⁉アンデッドが幸せそうって……」
なんだよ、これ……!
そして、肝心のダスクとはアンデッド呼び出してから何一つ会話がかみ合っていない。
はあっとため息を付いた。そんな時だった。
ミシリ……!バキバキ……!
巨大な影が森の奥からこちらに近づいてくる。影の主が一歩進むごとに森が悲鳴を上げて、重量のある木々がへし折られるように倒れて道ができる。
ドスン……!ドスン……!
森の主の一歩が地面を揺らす。上がる土煙。森に住まう鳥は一目散に飛び散り、魔獣たちは主の行く道を邪魔しないようにその場を離れる。
森の入り口にあった木が巨大な足によって踏み倒される。たまたま道を塞いだ巨石が軽々と吹き飛んでいく。
そうして森の主は姿を現した。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」




