盛り上がっていこうぜ、てめえらああああああっ!
死霊術師。死者の肉体を動かし、己のために使役する者。生と死の理を犯す忌むべき禁術を使う地獄に堕ちた悪魔。
――だそうだ。そんな倫理観は人間特有のものだ。エルバを神と崇めるエルバスタ教の信仰が厚い人間ほどよく俺のことを嫌う。魔族の俺からすれば死霊術なんてただの契約だというのに。
アンデッドと触れることの多い死霊術師は自然、その気配もアンデッドに近くなる。クリスが俺を見て殺される、と思ったのはアンデッドの気配を敏感に感じ取ったからだ。文句を言いはしたが、当然の反応だった。
――それはどうでもいいとしてだ。
「へえ。なかなか根性あるな。てっきり俺はもう一度お前がクリエイトウォーターでズボンを濡らすのかと思ったんだが」
すると、少年が我に返ったように俺の服を掴んで、
「しないよ!というか、なんだよこれ⁉いきなりすぎて、何もついていけないって!」
思った以上のクリスの威勢のよさに俺は心から感心した。
「ほう。ここで突っ込みを入れるとは大した野郎だ。もしかして隠れ同業者?」
「んなわけないだろ⁈」
「ははははははは!」
「いや、笑うところじゃないって!」
いやいや、おかしいものだ。アンデッドの残り香にビビっていた少年が、アンデッドの大群を前にコントをしている。死霊術師に必要な素質の一つがアンデッド相手に気後れしないこと。この子はもしかしたら死霊術師として将来有望かもしれない。そんな素質あまりいいものではないが。
「さて、移動するぞ」
「え?え?」
「よっと」
俺はクリスを小脇にかかえて建物の屋根上に飛び乗る。俺は眼下でわらわらと集まるアンデッドを眺めながら顎を撫でた。
「おお、今回はよく集まった方だな。この程度のことでこんなにはいらないんだが。多くいる分には悪くない」
「村が、アンデッドに呑み込まれる……。母さん……!みんな……!」
情緒不安定な少年が村の現状に今度は顔を真っ青にしている。元凶の俺は少年に活を入れた。
「少年、落ち着けよ。思い出せ、お前のやるべきことを」
「え?やるべきこと……?」
「腹踊りだよ!最高にアグレッシブなやつを頼む!」
「はあ⁉この状況で何言ってんの⁉やるわけないだろ!」
「安心しろ。腹の顔なら俺が最高の奴を書いてやる。恥ずかしがる必要もないぞ。お前の腹踊りはアンデッドの前だけだ。村の皆には見られない。この数百人はいるだろう観客の前で、お前はアンデッドを感動させる腹踊りを……!ふはっ!駄目だ……!もう我慢できねえ……!」
「何がおかしいんだよ⁉」
ありえない奇祭が行われている光景を想像して俺は完全にツボにはまってしまった。
『あ、ほいほいほい‼ハッ!とっ、そらそらそらぁああああああっ!』
聞いたこともない掛け声が脳裏を過る。あほなテンポでノリノリの少年が変態じみた奇妙な舞を踊り、周囲を盛り上げる。
地獄よりも地獄。腹に描いた間抜け顔の絵が凄まじい速さで揺れ、キレッキレの腰使いで観客の腹筋を崩壊させる。……駄目だ。あまりにおかしすぎて、しばらく喋れそうにない。
俺が腹を抱えて蹲っていると軒下から声が飛んできた。
「おい、ダスク!てめえ、いつまでもくっちゃべってんじゃねえぞ!こっちはいきなり起こされて気が立ってんだ!」
荒々しいその声に少年は身を縮めて俺の後ろに隠れた。俺は苦労して笑いを引っ込めて立ち上がる。
「おお、そいつは悪かったな、ゴルド。すまねえ、待たせちまった」
ゴルド。大剣を背負うがたいのいいゾンビの名前だ。生意気にもいっぱしの騎士に見せようと鎧やら細工の入った大剣やらで格好つけているが、いやはや。口の悪さとゾンビの見た目ではどうあがいても傭兵崩れがいいところだ。
ゴルドは俺を見上げて、けっ、と笑う。
「気持ち悪い笑い方してんじゃねえよ。アンデッドよりひどいぞ」
アンデッドより?すごい罵倒だ。初めて聞いた。ショックで心臓を抑える。
「っとお、今のは効いたぜ。うっかり死にそうになっちまった。あのな、ゴルド。俺はお前の主だ。一応訊くが、そこんとこ分かってるんだろうな」
「分かっているぜ。けどお前が適当なのが悪いんだ。主なら主らしくしやがれってんだ」
古株っぽい奴が吐きそうな台詞だが、召喚に応じるようになったのはほんの一年前。メンバーの中では新参者の癖によく言う。俺は調子に乗らないように脅しを入れた。
「ははっ、まったく礼儀がなってねえアンデッドだ。でも口には気を付けろよ。俺は別にお前を首にしてもいいんだぜ」
「何を言うかと思えば、俺の首は付け外し可能だ。知らなかったのか?」
そう言ったゴルドはいきなり自分の頭に両手をやって、軽々と上に持ち上げた。奴の頭はまるで当たり前のように外れ、俺の眼前に突き出される。
「……」
外れた頭が自慢げにニカっと笑った。
「デュラハンジョーク!面白かったか?」
「お前、まだデュラハンじゃねえだろうが。ったく、いつも能天気で羨ましいぜ」
やれやれと首を振る。改めて周囲を見ると場が温まっているようだった。これ以上放置すると第二、第三のゴルドが口やかましく文句を言ってきそうだ。
注目させるために俺は一度天に炎の魔法を打ちだす。夜空に炎が飛び、はるか上空ではじけ飛んで派手な音を立てる。視線が集まったのを見て取って俺は声を張り上げた。
「よおし、お前ら。良く聞け。今目の前に見える森に新たな魔獣が発生したようだ。用件は簡単だ。そいつの討伐任務。いいか。魔獣の血肉は早い者勝ちだ」
「しゃああああああっ!戦だ、戦!血がたぎって来たぜ!」
「てめえの腐った血がか?きたねえ野郎だ」
「ふふ、久々の地上です。鮮血が飛ぶ殺戮の時間の始まり。ああ、私は昂ってきましたよ」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
どいつもこいつも血気盛んで結構。こいつらにとって依頼の報酬が銀貨二枚程度であることは関係のない話だ。アンデッドに必要なのは金ではなく、鬱憤の晴らし場。安上りで実にやりやすい。
「それで、ダスク!肝心の魔獣ってどいつだ⁉」
どこからか飛んできた言葉に俺は放胆に応じた。
「区別なんかつくかよ!全部まとめて根絶やしだ!残らずお前らの糧としやがれ!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」」」」」
アンデッドたちは雄叫びを上げると凄まじい勢いで一斉に森の方へと駆け出して行った。
唖然とする少年に俺は声をかけた。
「よし、少年。これで終わりっちゃあ終わりだが、ここまで来たら最後まで見て来いよ」
「え?いや、いいよ!もうこれ以上関わりたくない!」
「おいおい、なんでだよ。滅多に見れないいい機会だぜ?どうせもう眠れやしねえだろ?」
「おかげさまでね!俺はただ、おじさんが何しているんだろうって様子見に来ただけだったのに!何この状況⁈あのアンデッドってなんなんだよ⁉」
「何を言うかと思えば失礼な話だな。あいつらは困った村の皆を助けようとしてくれる心熱い奴ら――とてもいいアンデッドだよ」
「おじさん……頼むからまともに答えてよ……」
懇願されてしまった。そんなに間違ったことは言っていないはずだが。
――どうもあれだな。面倒くさくなってきた。
「あれだ。いいからついてこいよ。百聞は一見に如かずっていうだろ?」
「強引に話を進めやがった!いいからちゃんと――え?あ?うわあああああああああああああっ⁈」
俺はうだうだのたまう少年を捕まえて空高く跳躍、というより飛んだ。
重力から解き放たれたように空を飛ぶ。魔法『飛行』。燃費がかなり悪いから滅多に使わないが、格好つけるには最高だ。
「そ、そ、そ、そら⁈と、と、と、飛んでいるうううううっ⁈」
「はは、楽しそうに声が裏返ってやがる」
「どこが楽しそうに見えるの⁉笑ってないで降ろしてよ!」
「え、なに?俺が手を放すと落ちちゃうけどいいの?」
「ダメだよ⁈俺を殺すつもりなの⁉誰も手を放せって言ってない!降ろしてって言ったんだよ!」
「注文が多いな。……ん?あ、そうか。なんだ。アンデッドの肩車がご所望か。なかなかお前も頭がおかしいな」
「全然話が通じないよおおおおおおおおおおっ!」
ああ、何もない夜空を自由に飛ぶって楽しいなあ。




