仕事見学したい?止めはしないけど、人類の天敵なんだよね、俺
そして夜中になった。人が寝静まった頃合いを見計らって、俺は外に出る。
清々しいまでに澄んだ夜闇。余計な音もなく、吹く風は涼しい。美しく明るく照らす満月を見上げ、俺は一人森の方に向かう。
「おじさん……?」
俺は足を止め、振り返る。夜中に徘徊しようとする不審者を呼び止めたクリスが眠そうに目を擦っている。
「こんな時にどこ行こうとしているの?」
ばれてしまった。余計な邪魔が入らない内に手早く済ませようとしていたんだが、失敗に終わったようだった。
まあ、いたらいたで問題はない。
「そりゃあ仕事だ。勤勉な俺はお前らが寝る時間に働くんだよ」
「……おじさん。冗談はいいから本当のことを言ってよ。おじさんはそんな真面目な人じゃないでしょ」
「お前、だんだん遠慮なくなってきたよな」
今日一日中理不尽なまでに俺にからかわれ続けた少年クリスはこれ以上ない不機嫌顔だ。まだ眠り足りないというのもあるのだろうが、よく言うものだ。俺の顔を見てビビっていたころの少年はどこにいったのか。
というか俺のおじさん呼び、しつこくないか。人間の見た目では二十代くらいのはずなんだが。
「嘘じゃないさ。そんなに気になるなら、見せてやってもいい」
「じゃあ、折角だし見せてもらおうかな。おじさんの仕事ってやつが本当ならさ」
なぜかむきになっているような。別にいいけど。
「じゃあ、こっちに来い。さっさと始めるからな」
「え?本当に?今から行くんだ?」
クリスが飛びつくように言った。俺は笑いかける。
「なんだ、単に見学したかっただけかよ。それなら素直にそう言えばよかったのに」
「はあ⁈そんなことないよ。俺はおじさんが適当なこと言ってないか、気になっただけさ」
「そうかい。じゃあそっちでもいいさ」
俺はうんっと伸びをした。ただ一つ思い出して、一応確認しておく。
「――そういや、お手洗いは済ませたか?」
「もうっ!その話、しつこいよ!大丈夫だよ!どうでもいいこと訊かなくていいから早く――」
「はいはい、了解了解っと」
俺はクリスの言葉を適当に遮って当初の予定通り魔法を行使した。
流した魔力が地面の上を走る。それが刻印のような複雑な模様を描きながら魔方陣が起動された。青白く発光した魔方陣は見渡す限りの広さ。俺は大体村一つを呑み込むほどの広さで大雑把に作ったつもりだ。
「……!」
少年が驚いたように息をのんだ。
魔法を知らない人はこれを神秘的というかもしれない。だが、今から見せるものは神秘などではない。少年からすればトラウマものになること間違いなしだ。まあ、知ったことではない。
「少年。俺と最初に会った時、お前は怖いと言ったな」
「え?言ったけど?」
「あの時は否定したが、そいつは正しい感覚だ。いい機会だ。答え合わせをしよう」
発光していた魔方陣が地面の中に溶けるように消えていった。音もない。風もない。不気味な間があって、そしてすぐに異変は起こった。
――ボコッ!
地面から突如手が、骨だけの手が勢いよく伸びて空を掴んだ。
「うわあああああああああああああっ!」
予想もしていなかった少年は悲鳴を上げて腰を抜かした。地面から伸びたのはその一本だけではない。村中いたるところから、手が、頭が、足が歪に突き出して、地面から這い出ようと醜悪にもがく。
――カタカタ。びちゃびちゃ。ガサガサ。
砕けた骨が奇妙に動く。腐った肉が飛び散る。地の底から出てくる怨の籠ったような声は慣れぬ者が聞けば心臓を掴まれたような感覚に陥るだろう。
地面から現れたのはスケルトン。ゾンビ。マミーにグール。それらは死体から生まれた『魔物』だ。人間が恐れ戦く不死者の『魔物』。
「『アンデッド』……⁉」
少年が震える声でそう言った。
俺は「正解」と言って、ちょっとした講義を付けてやる。
「未練の残った死者は生者を羨み、憎悪する。それに相対した生者は死者を恐れ、疎む。殺される、という感覚はその通りだ。死者が発する汚れた感情は、どす黒い血に濡れた生身の刃物に似ている。まともな生者なら一目見ただけで、相容れない敵だと分かるんだ」
俺の説明をどこまで聞こえているのか。少年の反応は薄い。気を保てているだけ立派というべきか。アンデッドの群れと俺の顔を交互に見ては、傍から見てもはっきりわかるほどに混乱している。
こうしている間にもアンデッドは湧き出てくる。いつまで続くのかと分からないほどに。無数に、無限に現れて、あたり一帯をアンデッドの群れで埋め尽くす。
生者にとってまさにこの世とは思えない地獄。そんな中、俺は少年に笑いかけて言った。
「俺はいわゆる『死霊術師』。半魔のダスク。半端な魔族でアンデッドを使役する俺はお前らの天敵ってわけだ」




