寄り道の一つや二つ。一徹でなんとかなるんじゃないか
クリスが無事帰ってきたことで安心した村人たちがそれぞれの仕事に戻っていく中、俺は村長宅に呼ばれた。
「魔獣討伐を依頼したい?」
簡単な自己紹介をした後、ザックが切り出した唐突な依頼に俺は尋ね返した。はあ?なんで俺が?という心の声が顔に出てしまう。
ザックはただ深刻そうに事情を話す。
「ここ最近魔獣の動きが活発になっておりましてな。昼夜問わず現れるのです。村の人間の中には襲われた者も少なくありません。なぜかと思ってこの近くの森を探ると凶悪な魔獣が住み着いたようなのです」
「凶悪な魔獣ね……」
俺の無気力な相槌にザックは真剣そうな顔で頷いた。
「村の人間が何人か見ております。あれはヒュージボア。巨大な猪の魔獣です」
「ヒュージボア?その程度の魔獣だったらそれほど大事には思えないけどな」
ザックのいう個体は俺も知っている。特段珍しい魔獣でもない。大の男よりも一回りほど大きくした猪の魔獣。他の魔獣同様、気性は獰猛で縄張り意識が強く、縄張りの中に人を見かければ遮二無二突進をかまし、巨大な牙で突き差してくる。
――ただ、それだけの魔獣だ。慣れた戦士や猟師なら何人かパーティーを組めば簡単に討伐できる。
「大きさが普通ではないのです。通常種の二倍はあるでしょう。一度村の男衆で退治を試みたのですが、頑丈な毛皮は剣も矢もまるで通さないのです。その上、奴の巨体で暴れられては手も付けられません。逃げるのが精一杯でした。幸い奴は森から出ませんが、我々が森に行けないのをいいことに他の魔獣の数も増えて、この村の危険も増しました。領主様に陳情しても辺鄙な村ということもあってか音沙汰もなく、困っていたのです」
「魔獣が出る前は今まで森の薬草を採って、行商人に売っていたんだ。でも、最近じゃ森にも近づけない……。今日はあまり魔獣も見かけなかったからもしかしたらいけるかもって思ったんだけど……」
クリスが悔しそうに俯いた。この子なりに必死だったのだろう。結果、死にそうになったところを俺が助けたと。
ザックが慰めるようにクリスの肩を優しく叩いて続けた。
「見たところあなたはかなり腕の立つご様子。ダスクさん。どうか、そのお力を見込んで私たちを助けていただけませんでしょうか?」
「……」
知ったことではない。俺にも俺の事情がある。さっさと用を果たして、人間界といういつ殺されるか分からない危険地帯からおさらばするのだ。こんな依頼引き受けていたら、きりがない。
俺は慈善活動しに来たのではない。人助けが己の使命とでも思っているようなレックスみたいなこと誰が――
……。
俺は何かに負けた気分になって大きなため息を付いた。
「報酬は?」
俺の問いにザックは一瞬眉宇を明るくしたが、すぐに申し訳なさそうに声がしぼんでいった。
「すみません。こちらも余裕はないのです。今出せるのはこれくらいしか……」
そう言って懐から出したのは銀貨二枚。俺はそれに無言で視線を落とした。
ダークウルフの三体討伐ならともかく、規模も強さも分からない魔獣の群れをこの金額で引き受ける人間なんて誰もいないだろう。危険に見合う報酬と釣り合っていない。
俺の無言をどう思ったか、奥で様子を窺っていた少女が飛び出してきた。
「ダスクさん!」
俺の名前を呼ぶその声は緊張のせいか声が上ずっていた。
年はクリスより三、四年は上か。化粧気はないが、可愛らしい顔立ちをしている。真面目で気立ての良さそうな娘がこわごわと俺を見つめる。
「その……これで足りないのは私たちも分かっています。ですが、これが精いっぱいで。代わりに申しつけいただければなんでもします。身の回りのお世話でも、何でも……」
「ミリア……!」
ザックが悲しそうに顔を歪ませる。だが、少女ミリアの申し出を止めようとはしなかった。村のためならば仕方ない、と苦渋の心境がありありと窺えた。ミリアは自分の身体を抱くようにして少し震えていた。
――いやな話だ。人の犠牲によって得られたものなんて後味が悪いだろうに。
俺は沈んだ空気を払うように大きく手を打った。一同が俺に注目する。
「なんでもね。そいつはすばらしい。俺の力を借りるためならクリスが身体を張って丸一日腹踊りをするっていうならありだな。いい提案だ」
「え?俺?」
突然話を振られて目が点になっているクリスの肩を俺は叩く。
「ああ、お前の腹踊りがこの村を救うんだ。お前の腹踊りにはそれだけの価値がある」
「え?何の価値だよ。というかなんで腹踊り?」
「そんなのはどうでもいいんだよ。お前が村のために必死に一日頭おかしく踊り続ける。俺はそれを笑う。みんなも笑う。お前の黒歴史は新しく塗り替えられる。いい話だと思わないか?」
「嫌だよ⁈あんた、頭おかしいんじゃないの⁉」
おかしくない。俺は皆が幸せになる方法を提示してあげたのだ。幼い少年には俺がどれだけ素晴らしい提案をしたか理解できないのだろう。残念だ。
俺はわめくクリスを無視してまとめにかかった。
「というわけで、ミリアだっけか。お前の勇気は買うが、身を切るような真似は不要だ。気にするな。こいつは行きがけの駄賃。大した手間でもないし、手早く終わらせるさ。依頼は受けるから安心しろ」
「……!ありがとうございます!」
ミリアとザックが感極まって薄っすら目に涙を浮かべていた。そして嬉しそうに互いに顔を合わせて頷き合う。
「感謝は少年に言え。まあそれはそうとだ。真面目な話、報酬についてはもう少し色を付けてもらうかもな。終わった後の要相談だ。生来けち臭いものでね。なに、無理は言わんさ。お前らは大船に乗ったつもりで任せてくれりゃあそれでいい」
村長たちに心からの感謝を適当に少年に押し付ける。興味関心はすでにない。ただやるべきことをさっさとやって終わらせるだけだ。
村長宅から出る前に、ダスクさんはいい人だとか、変わった人だとか、何を考えているか分からないだの失礼な話をしているクリスの声が聞こえたような気がしたが、俺は無視した。後でやり返す時間はいくらでもある。
俺は外に出て、改めて森を一望する。
魔獣の気配をざっと探りながら俺は頭を掻いた。
「……面倒だな」
思った以上に数が多い。なるほど、確かに森から出る魔獣の数も増えるわけだ。安請け合いすべきではなかったかと少し反省する。失敗しないわけではないが、たった一人では骨が折れそうだ。
「しゃあねえ、あれをやるとするかね」
俺は魔獣討伐の仕込みと暇つぶしを兼ねて散歩することにした。
「えいっ!やっ!はっ!」
さして広くもない村を一周して戻ってくると、クリスの気合の入った掛け声が聞こえてきた。俺は邪魔しないように遠くから眺める。
家の前の広場で、棒切れを握って素振りをしている。型は特になく、見よう見まねで剣を振っているようだった。
熱心だな、と思いながら俺はクリスが満足するまで待つことにした。声をかけてもいいが、余計な話に脱線しそうだった。変に水を差すこともあるまい。ただ――
「まだまだだな」
言わずもがなのところを評して、クリスの稽古もどきが終わるまで眺め続ける――つもりだったが、どうにもこうにも何かと口出ししなければ気が済まない性分で結局、俺はクリスに声をかける。
「やってんなあ。頑張っているようで感心感心。だが、剣を振るだけで満足してるようじゃだめだ。いいかあ。まずはだなあ――」
俺の登場に嫌そうな顔を隠そうともしないクリスだったが、俺は無視して余計な親切心を働かせ、軽い手ほどきをしたのだった。




