出会ったら友達だ。多分な
川で洗濯を済ませた俺は大きく伸びをした。洗濯物を手っ取り早く乾かすのは魔法が一番早い。いつまでも少年を下着のままにしては色んな意味で良くない。
魔法で乾燥した熱風を起こす。すると少年が驚いたように尋ねた。
「それって、魔法?使えるの⁉」
「ああ、そうだ。大きな奴はできないが、細々としたものなら大抵できる」
何せ適当にでっちあげるのは俺の得意分野だ。魔法師のノエルも変なところですごいって褒めていた。才能の伸ばし方が残念だとかも言っていたな。酷くない?
「へえー。こんな魔法、初めて見た……!」
なんだ、お前バカにしているのか、と思ったが、自意識過剰だったらしい。少年が俺を尊敬の眼差しを向けている。めちゃくちゃ地味な魔法なのに嬉しい反応だ。
俺は片頬で笑う。そういう素直なリスペクトに俺は弱い。折角だ。いいものを見せてやろう。
「他にもこんなこともできる」
俺は炎、水、風を生み出して適当にその場を巡らせた。少年が目をキラキラさせた。
「すごっ……!」
「そいつは良かった。ある程度の素養があればこれくらい誰にでもできる。興味があれば適当に師匠を見つけて教えてもらうといい」
まあ、そんな都合よく師匠なんていないだろうが、夢を見るのは悪くない。
「お父さんが魔法を使っていたってのは聞いたことがあるんだけど、俺にも使えるかな?」
ほう、と俺は軽く目を見開いた。こんな辺境の地で魔法使える人間が身近にいるのは珍しいことだった。
「さあどうかな。やってみないことには何ともだが、まったく使えないってことはないと思うぜ。要はセンスと慣れだ。――つうか、あれだ。親父さんが使えるんだったら、そいつに教えばいいじゃねえか」
「……お父さんは俺が小さいときに死んじゃったらしいんだ。だから分からない」
何ともまあ、それはそれは……。
魔物が蔓延るこの世界で若くして人が死ぬことはさほど珍しくない。とはいえ、少年にとっては少しセンシティブな話であるのは間違いない。
「――ふうん。そうか、そいつは悪いことを聞いちまった。だがまあ、親父さんが使えるなら、お前も可能性はあるだろうぜ」
俺が前向きに話を持っていくと、少年は明るく頷いた。
「うん!」
俺は魔法を止めて、乾いたズボンを少年に向かって放り投げる。染みの跡は全くない。少年の名誉は見事隠蔽されている。
「ほら、乾いたぞ。しょうがないが、次は気を付けろよ。安心しろ。お前の恥は口外しないさ。俺が墓場まで持っていってやる」
そんな適当な約束をすると少年が顔を真っ赤にして怒った。
「なっ、うるさいなあ!一々言わなくていいじゃん、そんなこと!めちゃくちゃ恥ずかしいから!」
「ああ、分かった分かった。けど恥じることはない。俺も小さい頃はずっともら――」
「おじさんの話は興味ないから!俺のことみんなの前で絶対に言わないでよね!」
いや、待て。聞き捨てならねえことを言ったな?
「おじさん?おいおい、初対面の俺におじさん呼ばわりするとは。そんなに老けてねえぞ。……ねえよな?なんか涙が出てきたような」
「おじさんって、ほんとうに面倒くさいよね……」
少年が心底うんざりしたような顔になった。
大人げなく少年をからかいながら俺たちが向かう先は少年の暮す村だ。
「やっぱり来てもらうのやめておこうかな……」
何やら自信のなくなってきた少年を俺は俺なりの励ましを言った。
「一時の感情に流されるのは感心しないな。最初に決めたことならやり通せよ」
「……」
少年は何も言い返さなかった。感謝以上の軽蔑がそこにはあった。俺に対する評価の乱高下っぷりが尋常じゃない。いっそ心地よさすら感じる。我ながら歪んだ性分だった。
そうこうしているうちに村にたどり着いた。辺鄙なところにあるせいか、村の規模も大きくなく、点在する家屋もやや傷んでいる。人の身なりもそれほど良くない。極貧というほどではないが、最低限の生活が送れる程度でそれほど余裕はないという印象――要するにどこにでもあるような普通の村だった。
「ついに人の村に入ったか、俺……」
「なんか言った?」
つい呟きが漏れて、少年が反応する。俺は適当に否定した。
「いや、別に。普通の村だなと思っただけだ」
別に人間の集落自体初めてじゃない。かつての仲間とはそれはもう色んな所を回った。今更どうこう思いはしないが、今回は半魔の俺一人。どうにもこうにも居心地の悪さが先に立つ。なにせここは俺にとって敵地なのだ。
「……ちっ」
小さな舌打ちで感傷的になりそうな気持ちを切り替えた。村の中心で人だかりができている。不安や焦燥。らちが開かない堂々巡りの不毛な議論をしていたとしか見えない彼ら、彼女たちは俺たちの姿を見るや曇った顔を明るくさせた。
「おお、クリス!いつまでたっても帰ってこないから心配したぞ!いったいどこに行っていたんだ!」
初老の男を前にクリスはバツが悪そうに目を伏せる。
というか少年の名は初めて知った。クリスね。了解です。
「ちょっと、森の方へ……」
「お前、そんな危ないところ……!――いや、そういうことか。少しでも生活の足しにしようとしたのだろうが、それでお前が危険な目に遭っては元も子もない。命が一番大切だ」
「……ごめん」
素直にクリスが謝る。初老の男がクリスの髪を撫でた。
「分かればいい。次からは無茶をするなよ。お前の母さんが心配しているぞ。行ってあげなさい」
「クリス……!」
妙齢の女性が駆け寄って、クリスを抱きしめた。
「心配したのよ、もう……!もしかしたら帰ってこないんじゃないかって……!」
「ごめん、母さん。ごめん……」
お互い涙ぐんで抱きしめ合う。
感動的な再会。家族愛とはいいものだ。正直、こういう時どうしていいか分からないから苦手ではあるが、良かったとは思う。せめて邪魔せぬよういい感じに遠巻きに眺めて頷いていると、初老の男が俺の前に来て頭を下げた。
「ご挨拶が遅くなってすみません。私はこの村の村長をしておりますザックと申します。察するにこの子を助けてくれたようですな。なんとお礼を申してよいか……ありがとうございます」
俺は首を振った。
「別に大したことはしていない。ただ俺はこの子の名誉を守っただけだ」
「えっと……名誉?とは、なんですか?」
いきなり出た思いもよらぬ単語にザックは首を傾げた。もっともな疑問。俺は至極真面目な顔で誠実に答える。
「残念ながらそれ以上答えることはできない。彼の思いを誰かに知られるわけにはいかないからな」
「思い?」
するとクリスが黙ってられないと突っ込んできた。
「ああ、もうっ!変な言い方しないでくれる⁉――単に魔獣に襲われたところをこのおじさんに助けてもらっただけだよ!」
「少年、本当にそれでいいのか?言ってしまえば楽になるぞ」
少年が俺の服を掴んで、必死に訴える。
「ないよ⁉本当に性格悪いな、おじさん⁉約束しただろ⁉もうやめてくれよ!」
「ふ」
「なんで、誇らしげ⁈褒めてないから!めんどくさいな、ほんと!」
この子ツッコミの才能あるな。めちゃくちゃ楽しい。
置いてけぼりのザックに俺は笑いかけた。
「まあ、そんなところだ。悪いな。つい少年の反応が面白過ぎて興が乗ってしまった」
「はは。随分と打ち解けたようですな。ありがとうございます。仲良くして下さって」
「なあに、友達だからな。当然だ」
「ちょっと待って、いつの間に俺はおじさんと友達になってたの⁈」
「お前がクリエイトウォーターしたときかな」
この後、クリスにめちゃくちゃ怒られた。別に漏らしたとは言っていない。魔法を使っただけじゃないか。多分。




