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人間界で少年に出会う。まあ、そんなこともあるよな

 魔界の最果てから出た俺は魔族と人間の国境付近の関所を適当にやり過ごし、人間の国に入る。

 人間界。半魔の俺からすれば異境の地だ。ただ魔の存在であるというだけで、剣を抜いて切り刻み、エルバとやらのよく分からん神の祝福によって骨一つ残さず滅ぼそうとする野蛮な人間の住む領域だ。

 無論頭では分かっている。奴らにとって魔とつくものは全て危険な存在だ。魔獣と魔族。知性の有無という意味では全くの別物だが、奴らにとっては魔物という一括りで大別される恐ろしい人類の敵でしかない。

 ゆえに殺される前に殺す。その行いは必死に自分の身を守ろうとしているだけのこと。

 これから降りかかるだろう身の危険に何もかもが億劫になってきて、面倒くさそうに俺は頭を掻いた。なんで俺はこんなところにいる。

「そりゃあ、俺がけじめをつけるためだろうが」

 誰に聞かせるともなく俺は独り言を吐き捨てる。

 ふとそばを流れる川に目を移すと、水面には俺の擦れた悪人顔があった。偽善者がうっかり人を殺してしまったら、あるいはばれてしまったらこんな顔をするのだろうか。あまりの人相の悪さに俺は反省する。

「いかんいかん。これじゃあ魔族以前の問題だ。せめてもう少しましな顔にしないとな」

 俺は人間と戦いに来たわけではない。用さえ済ませればこんなところさっさとおさらばする。誰が好き好んで面倒ごとを増やすか。

「うわああああああああああああっ!」

 かったるい気持ちのままに歩いていた俺の目が覚めるような悲鳴。声の方を見ると一人の少年が魔物に追いかけられている。

 黒く濁った血のような赤い瞳、禍々しさを感じさせる黒い体毛の狼――ダークウルフだ。中型の犬程度の大きさだが、群れる習性と魔獣特有の凶暴性は野良ゴブリンと並んで人里離れた村人たちにとっての天敵だ。

 ただダークウルフは夜行性で日のある内は目立った動きをしないはず。だが、その魔獣が数匹。勤勉にも真っ昼間から逃げる子供を追いかけ、凶悪な牙をぎらつかせている。

「たすっ、たすけっ――!」

 明るいくせ毛のわんぱく小僧が足を縺れながら必死に喘ぐように助けを求める。

 俺は剣を抜いた。無論、放置するほど俺の性根は腐っちゃいない。

 すると、逃げた先にいる俺の姿を見た少年が目を大きく見開いた。

「う、うわああああああああああっ‼こ、殺さないでえええええええっ‼」

「……」

 思わず俺は憮然とした顔になった。俺がどう映ったのか問うまい。それだけ俺が恐ろしく見えただけのことだ。魔獣よりびびっているようなのは気のせいか?

 後ろに魔獣、前に俺という推定極悪人に挟まれた少年はどうしていいか分からずあたふたと立ち往生した。俺が敵なら笑ってやるくらいしてあげるが、魔獣はそういはいかない。立ち止まった少年の首元にその牙を立てようと飛び掛かる。

 俺は少年の下に一足で飛び込んで無造作に剣を振るった。今まさに子供の首を噛みつかんとしていた狼の首と胴が離れ、地面に斃れる。返り血が飛び、俺の顔にかかる。

「ちっ、かかっちまったか。臭いから嫌なんだよなあ……」

 ぼやきながら、少年は無事かと確認すると、少年は「ひっ……!」と短い悲鳴を上げた。

 そんなに怖いかなあ、俺……?

 傷つく俺だったが、敵は待ってくれない。無論魔獣が可哀想にと慰めるわけでもなく、仲間を殺された魔獣二匹が今度は俺を敵と見定め、息ぴったしに襲い掛かる。

 だが、そこらの魔獣を相手に今更後れを取るような俺ではない。跳躍して俺の首元を狙った一匹は俺が適当に振るった剣の餌食になって真っ二つになる。鮮血が飛んで今度は俺のぼろ外套が汚れた。洗い物がまた増えてしまった。

 そして、地面低くから走ってきた一匹の頭を踏みつぶして終了。狼は絶鳴の声すらなく、動かなくなった。瞬殺である。

 周囲をざっと見渡して、他に魔獣が潜んでいる気配はないことを確認する。無事少年を助けられたことに安心して、俺は声をかけた。

「よお、怪我はないか?」

「いや……あ……」

 少年のズボンがほのかな湯気とともに濡れていく。俺は明後日の方を向いて、少年の名誉のため見なかったことにした。


 少年は俺に対してびびっている割には動く気配はなかった。あまりの恐怖に腰が抜けてしまったのか。正直、こうも怯えられてはまともに声もかけられない。どうしたものかと思っていると、少年の右腕に擦りむいた傷跡があることに気が付いた。

 普段の俺なら、それくらいその辺の川で洗い流しておけよ、で特に何もしたりはしないが、居心地の悪さもあって俺はポーションで治してやることにした。

 鞄から小瓶を取り出し、少年が過剰反応する前にさっとぶっかける。癒しの力籠められた回復薬は外から降りかけるより飲む方が効果的だ。実際のところ、擦り傷程度なら大差ない。というか普通はやらない。ポーションもただではない。一番安物でも庶民の金銭感覚からすればよほどのことがなければ躊躇する値段がする。それでも俺が使ったのはそれほどいたたまれなかったからである。

「うわ⁈やめっ……!毒……⁉」

 酷いことを言う。

「……毒じゃない。ポーションだよ」

「――あ、え……?ほんとだ。傷が治っていく……」

 自分の擦り傷がきれいに治っていくのを見て少年はきょとんとした。さっきまでの混乱と恐怖の色はなくなっている。ようやく会話できる状態になったと思いながら、俺は目線を少年に合わせるべくしてしゃがんだ。

「なんか……悪かったな」

「えっと、あの、俺もごめんなさい、でした。助けてくれたのに……本当にありがとう!」

「おお。そうだよ。それそれ!その感謝を待っていた!助けた俺が悪いみたいな状況で正直困っていたんだよ」

「う……そんな言い方しなくていいじゃん!だって人殺しそうな半笑いで剣を抜かれたら誰だって怖いって!」

「どんな顔だよ。絶対そんな顔してなかったよな」

「してたよ!めちゃくちゃ怖かったんだから!」

 少年が居直ったように怒っている。命の恩人がなぜこんなに責められているのか俺には分からない……。

「つっても、状況的に俺が助けに来たに決まって……いや、その話はどうでもいいか」

 頭を掻いて立ち上がると少年が不安そうに尋ねた。

「ど、どこに行くの?」

 俺は無言で目的の方向に指さした。指の方向を見た少年は分からなかったのか小首を傾げた。

「いや、なに。随分と返り血浴びちまったからさ。川に洗濯へ、とな。それとついでにお前のそれも洗っとくとするか」

 俺は少年のズボンを指した。俺の言わんとしたことに気が付いた少年は恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。

「いやいや、気にするなよ。俺は知ってるぜ。ちょっとポーションがかかっただけだ。多分な。まあ他の奴らに勘違いされては敵わんからな。一緒にやっちまおうぜ」

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