弟の反抗期をあやすのって楽しいなああああっ、おい!
地下室から出た俺は人並に驚いた。
戦場だった。聖地エルバドルフで人間同士が醜く争いをしている。エルバラースが狙いだという声が聞こえてきて俺は正気を疑った。
魔族でもないのに、何を考えている。魔神が復活すれば死は免れない。己の首を絞めようとするような愚行だった。
――いや、違うな。そんな単純な話ではないだろう。
どんな理由があるかは想像がついた。ただ、今までなかっただけのことだ。平和ボケしたエルバドルフが警戒しなさすぎただけのことだ。
セキュリティの重要性を俺は感じた。明日は我が身。俺も気を付けよう。
まあ、相手が数で来たときは、こちらも数で応じるのが俺流。死霊術が使えりゃ楽なんだが……。
スカスカ……。
結論、無理だった。魔力をどんなに送っても奴らは答えようとはしない。祝福がある限り奴らが現れることはないだろう。この場は切り札のない死霊術師として何とかやるしかなさそうだった。
シェリーたちが戦う場に向かい、俺は屋根の上に飛び乗る。それっぽく声をかけたら全員が注目した。その気持ちよさに俺は満足しつつ、にやりと笑う。
頭目らしい顎髭の男が警戒心を強めて、首を捻る。
「お前のような弟ができた記憶がねえが……そのなり、エルバドルフの人間じゃねえな?何者だ?」
顎髭の男が俺に胡乱な目を向ける。俺は心外だと言わんばかりに親しげに返した。
「口には気を付けろよ、兄弟。俺の名はダスク。洗礼名はエルバ。お前の生き別れの兄だよ」
その場にいる全員が驚愕した。
「……⁉あなた、何を言って……!」
「おじさん……⁉」
「かしら……⁈」
ああ、そうそう。これこれ。こういう反応を俺は求めていたんだ。
その驚きは顎髭の男の笑い声で解消された。
「く、ははっ。はははははっ!てめえ、気でも狂ってんのか?」
無論、俺の冗談だった。俺の名前以外全部でたらめだ。
シェリーが非難の目を向けた。
「紛らわしいこと言うのやめてください!」
「なんだ。そりゃそうだよね……」
「びびったぜ……!脅かしやがって!」
俺はやれやれと首を振る。
「狂っているのはこの状況だ、弟よ。俺に内緒でこんなことするなんて。一言いえばこんな事態、回避できた。……今ならまだ間に合う、弟よ。俺はお前と戦いたくない」
俺は屋根から降りて、弟設定の顎髭の男に語りかけた。間近で見れば俺より老けた顔立ちをしていた。
「なあ、武器を棄てて投降しろ。そうすれば一発芸百回で許してやる」
「誰がするかよ、そんなこと⁉」
全力の突っ込みが返ってきたので、俺は眉を顰めた。
「どうしよう。弟が反抗期だ。これは兄としての振る舞いが試されている」
「お前……さっきから弟、弟うるせえぞ!俺に兄はいねえ!」
俺にも弟はいない。
顎髭の男が予備動作もなく、剣を降りぬいた。息をのむような鋭い一閃を俺は半身になって避ける。
だが――
「まだまだだな」
「……⁉」
俺は一発その頬に軽くフックを打った。死角からの予想外のカウンターに男がふらついた。
「さあこい。まだまだあるだろう。俺が全て受け止めてやる、弟よ」
お遊び気分で挑発する。男は完全に頭にきていた。
「や、ろう……!」
顎髭の男が踏み込む。反撃など許すものか、と言わんばかりの猛攻。我流のような癖の強いコンビネーションは中々のもので俺は口笛を吹いた。
――だが、かつての仲間には決して届かない。所詮はその程度だ。
剣が唸りを上げて――空を切る。掠りもしない。それは絶対のことだった。その剣が俺の身体を捉えることは未来永劫ない。俺の潜り抜けた修羅場はこの程度では済まない。
「ちょいと失敬」
「なっ⁉」
俺はひらひらとよけながら、その辺の賊の一人から剣を奪う。奪われた当人は目を丸くした後、怒って突っ込んできたが腹と顎に一発ずつ入れると地面に頭から突っ込んで大人しくなった。
もらった剣で適当に顎髭の男の剣を受け流しながら、俺は思い出したように反撃を入れた。
足の甲に一刺し、肩を一閃、腕を少々浅い切込み。最後に頭を柄で打擲。
「強い……!」
シェリーが感心したように呟きを漏らした。強いのではない。こいつらが弱いのだ。
俺の遊び心の一撃に顎髭の男がよろめいた。
「これは愛の鞭だ。神エルバ曰く、愛の鞭は徹底的に行うべし、とある。俺は涙が出そうだ」
「そんなこと経典にはありません!でたらめ言わないでください!」
俺が弱い者いじめを正当化しようとすると、シェリーが突っ込んだ。
「くそがっ……!」
顎髭の男は肩の傷口を抑えながらも、戦意をなくすことなく俺に剣を向ける。
大した根性だった。実力差は歴然というのに。俺は感心しながら、名前を尋ねた。
「そういえば、お前の名前は?」
「……っ!フレッド・ガルシアだ!」
「そうか。俺の弟の名はフレッドだったか」
初めて知った。頷く俺にフレッドは力任せに剣を降り下ろした。俺は敢えてその一撃を合わせるように受け止めた。よけきれなかったわけではない。ただ気が向いただけだ。




