賊徒襲撃
シェリーが地上に出た時、今まで見たことのない混乱がそこにはあった。信じがたいことだったがハスケルの言う通り、多くの賊徒――五十人以上はいるだろうか、がエルバドルフの人々に凶刃を振るう。
衛兵は戦えない人々を守りながら礼拝堂へ誘導している。が、衛兵の数も多くない中、敵の数に比して不利な状況を強いられていた。礼拝堂の玄関口で簡単な防衛陣ができているが、防戦一方で戦う衛兵たちは苦しそうに顔を歪めている。
聖術で味方を癒しながら指揮をとっているメリダが声を張り上げて衛兵たちを励ました。
「ここを抜かれては我ら世界滅亡の危機!なんとしてもここを守るのです!安心しなさい!我らには神エルバの加護が付いています!」
ちょうどその時、衛兵の守りを飛び越えて賊の一人がメリダに剣で切りかかる。
「死ねええええええええええええっ‼」
危機を前にしてもメリダは落ち着いていた。聖術を止めた彼女は流れるような動きで剣の腹をそっと手で押さえると拳を男のみぞおちに突き刺した。
「ごはっ!」
男は思わず苦悶の表情で腹を抑える。メリダの攻撃はそれで終わらない。「ふん!」と短い気合とともに蹲る男の脳天に肘鉄を決める。
とどめを刺された男は勢い余って地面に衝突するように倒れた。完全に意識を失ったのか口から泡を噴いてぴくりとも動かない。
「おお……!」
勝利を収めたメリダは淡々としたものだった。何事もなかったかのように再び傷ついた味方の治癒に戻った。
その勝利に衛兵たちは勝利の喜びよりも驚きの方が先に立つ。年老いたシスターがまさかここまで強者だとは思わなかったのである。
端的に言えば、マジか……!であった。
「さあ、集中しなさい!敵はまだいますよ!」
「「「お、おおおおおっ!」」」
メリダの檄に衛兵たちは奮起する。
一連の流れを見ていたシェリーはほっと胸をなでおろすと同時に改めてメリダを頼もしく思った。
そうしていると、賊徒の男二人がシェリーたちを目敏く見つけて、下卑た声を放った。
「おっとお、逃げ遅れかあ⁉そこのガキ、なかなか上玉じゃねえか!」
「へへへ。悪いことは言わねえ、大人しくしてりゃあ、命まではとらねえぞ!」
他の賊徒の男たちも集まってシェリーたちに近づく。恐怖心を煽ろうと血に濡れた湾刀をぎらつかせながら、凶悪な顔を愉悦に歪めた。
ハスケルが素早く前に剣を抜く。
「シェリー様!どうか後ろにおさがり下さい!礼拝堂まで私が道を開きます!」
「いいえ、ハスケル!あなただけに無理はさせられません。私も戦います!」
シェリーは首にかけたロザリオに手をかざす。ロザリオが光り輝くと同時に、白銀の柄が現れた。シェリーがその柄に手をかけて一気に引き抜く。
それは巨大なメイスだった。その大きさは小柄なシェリーの身の丈を超え、紡錘型の打突部位は人の頭よりも大きい。白を基調とした刃のない武器は神々しくありながらも、小柄なシェリーが並ぶことによって異質さの方が際立っていた。
シェリーはガンッ!と、石突で地面を鳴らす。重量感を感じさせる音はそのメイスの大きさが見掛け倒しでないことの証左でもあった。
「ははっ!なんだあれ?」
「お嬢ちゃん。随分とごつい武器持っているようだが、嬢ちゃんには大きすぎるんじゃあねえか?転んで怪我しても知らねえぜ」
「ご心配なさらず。こう見えて、私は力持ちですので」
シェリーが軽々と持ち上げて両手に構えた。それは中々手慣れた手つきで様になっていたが、何も知らない賊徒からは子供が大人の武器を振り回そうと意地になっているようにしか見えない。滑稽だと言わんばかりに頬を歪めて無警戒にシェリーに近づいていく。
しかし、賊徒たちはその感想が間違っていたことをすぐ知ることになった。
「はああああああああああっ‼」
気合の一振り。遠心力を使って思いっきり振りぬいたシェリーの一撃は重量を感じさせないほど早く、油断していた賊たちは反応できなかった。巨大なメイスは無防備な賊徒たちの胴体を捉える。
「……っ⁈」
男たちの顔が変わる。嘲笑から驚愕。苦痛で顔が歪んでいったのは一瞬の間だった。油断したときが付いたときにはもうすでに体が宙に吹き飛ばされていた。
「なっ……⁈」
思いがけない一撃に残った賊徒たちが二の足を踏んだ。その隙を見逃さずシェリーはさらに一撃を頭上から勢いよく叩きつけた。
派手な音を立てて地面が陥没する。その威力は賊徒たちの予想をはるかに超えたもので顔面蒼白となった。
「か、構うことはねえっ!一気に囲んで畳みかけちまえっ!」
「「「お、おう‼」」」
動揺が広がる中、賊徒の一人が檄を飛ばし、仲間たちがシェリーたちを囲む。しかし――
「やあっ‼」
シェリーが気合と共に軽々とメイスを振り回し、一斉に襲い掛かる賊徒を吹き飛ばす。その動きは豪快ながらも危なげなく、敵の攻撃を見切っては躱し、リーチと威力に勝るメイスの一撃を叩きこむ。相手が反撃しようとも、その振るう武器の上から叩き潰し封殺する様は圧倒的で、賊徒はシェリーの一撃ごとに戦意を喪失していく。
「お見事!」
心からの短い称賛を口にしてハスケルが賊徒の一人を剣で切り伏せる。シェリーは笑顔で応じた後、礼拝堂に視線を送る。
「礼拝堂の守りは母さんに任せましょう。しばらくは耐えられるはずですから」
「とすると我々は――」
「ええ。ここで少しでも敵の戦力を削りましょう!」
「はい!」
「な、舐めやがって!お前らっ!一斉にやるぞ!」
賊の誰かが発破をかける。だが、誰も飛びかかろうとはしなかった。シェリーが威嚇するようにメイスを振り回す。生じた風圧で賊たちは気圧されたように一歩、二歩と下がる。追い込まれたのは賊たちの方だった。
「ちょいとお嬢ちゃん。その辺にしてくれはしないかね。俺の子分も怖くてブルっちまう」
賊徒たちの間を通って、顎髭の男が現れた。身なりは良くないが、その振る舞いは間違いなく賊徒たちの頭目だった。
シェリーが武器を構え直して言い返す。
「ならば武器を棄てて、投降しなさい。神の身許にも拘らず恐れ知らずの罰当たりな所業、許して置けませんが、少なくともこれ以上の罪を重ねることはなくなるはずです」
顎髭の男は自分の首をぺしりと叩いた。その顔には他の賊徒は違って余裕があった。
「耳が痛いが、そいつは無理な話だ。俺も仕事なもんでね。楽な儲け話と思ったんだが、まさかこれほど手こずるとは思わなかった。さすがは聖地エルバドルフってところかね。まあ、それも今日で終わりだろうが」
シェリーが地面を蹴り、姿を見失うほどの超加速で一気に間合いを詰める。嘲笑する顎髭の男にシェリーはメイスを振りかぶり、全力の一撃を叩きつけた。
「おっとお!まだ話の途中だぜ⁈」
すんでのところで髭男がその一撃を避ける。空ぶったメイスの一撃が地面にめり込んだ。それをゆっくりと引き抜きながらシェリーは言った。
「あなたと無駄話するつもりはありません。降伏しないのであれば、倒すのみです」
「そうかい?果たしてお嬢ちゃんにそれができるかな?」
「できないとでも?」
シェリーがメイスを振り回す。しかし、空ぶるばかりで顎髭の男はますます挑発する。
「ははっ!怖い怖い。その細い腕でなんてもの振り回しやがる。けど当たらなきゃ意味がない。そうだろ?」
「くっ……!ちょこっ、まかとっ……!」
顎髭の男の優勢であるのを見て、勇気づけられた賊徒たちが盛り上がって野次を飛ばし始めた。
「やれ!やっちまえ!」
「俺たちを舐めたこと後悔させてやれ!」
すると、顎髭の男はうんざりしたように仲間たちに文句を言った。
「おい、さぼってんじゃねえぞ、お前ら。もう少し頭を使えよ。遠くから矢なり、魔法を使ってじわじわと傷めつけりゃあこんな相手じり貧だってのによお」
「……!おう!おめえら聞いたか!俺たちもやるぞ!」
顎髭の指示に賊は遠間から魔法や放ち始める。
まずい、とシェリーは焦る。シェリーは軽装だ。剣や槍ならさばけるが、いくつも一斉に飛んでくる魔法や矢となると防ぎようがない。
炎に雷に氷に土。様々な属性の魔法が放たれる。無数の矢もシェリーを狙って飛んできた。
しかし、その時ハスケルがシェリーと賊の間に盾を構えて立ちふさがった。
「ぐっ……!」
「ハスケル!」
全てを防ぎきれず、ハスケルはいくつかの魔法と矢を身に受けて負傷する。しかし、ハスケルは奮い立たせるように叫んだ。
「シェリー様!こちらはお任せください!あなたは目の前の男を!」
「……!はい!」
シェリーは気を取り直して、顎髭の男にまっすぐ向かい合う。
「さてと。俺もいつまでも遊んでられねえし、さっさとすますか」
顎髭の男が剣を抜いた。その構えは他の仲間と違って隙がなかった。
このままでは負ける。
そう思ったシェリーは短く祈りを捧げた。
「神よ。か弱き私にどうかお力を!『祝福』!」
シェリーの身体が優しい光に包まれる。己の身体能力を強化する聖術だ。身体が軽くなり、力が湧き上がる。エルバドルフの祝福がシェリーの聖術の効果をより後押してシェリーの力を底上げする。
顎髭の男の顔が強張る。その動揺を見逃すシェリーではなかった。
「はあああああああああああああああっ‼」
シェリーが今まで以上の速さで、突進する。勢いのままメイスを下から振り上げた。
「ぐっ……!」
顎髭の男が辛うじて体の間に剣を滑り込ませた。が、勢いを殺しきれず、体が大きくのけぞった。
シェリーは手を緩めることなく追撃を続けた。だが、顎髭の男が見せた隙は最初だけだった。ぎりぎりのところで攻撃を見切り、いつの間にか顎髭の男の体勢は立て直っていた。
「こいつは驚いた。あれでまだ聖術のバフが残っていたとはな。お嬢ちゃん、あんまり強いとモテないぜ」
「大きなお世話です。神エルバに一生を捧げる私には関係のない話ですから」
「へえ、もったいない。こんなに可愛いのに」
「……」
シェリーは顎髭の男の軽口を黙殺する。聖術によるバフをかけたシェリーにはこれ以上の手札はなかった。決め手にかける膠着状態。不利なのは味方の数が少ないシェリーの方だった。
だが、顎髭の男も同様に焦っていたようだった。
「くそっ。まともに相手するのはしんどいな。あのばあさんも意外にやりやがるし……」
顎髭の男が前蹴りを放つ。シェリーはそれを武器の柄で受け止めた。その間に顎髭の男は距離を取り、シェリーに提案を持ち掛けた。
「なあ。ここいらで話し合いといかねえか?俺はただ聖剣エルバラースが欲しいだけなんだ。もしお嬢ちゃんがエルバラースを取ってきてくれたら、俺たちは引き上げる。これ以上は何もしねえ。それでどうだ?」
できもしない相談だった。シェリーは目を怒らせて即答する。
「ありえません!エルバラースは我らが信仰!エルバ神そのものです!封印の要でもあるそれを渡すなど、あってはならないことです!」
「そうかい?その判断は早いと思うけどな」
顎髭の男は指を鳴らした。
「おい、お前ら!あれを連れてこい!」
「へい‼」
指令を受けた男が走る。『あれ』とは何か。その答えはすぐに分かった。建物の影から男が連れてきたのは一人の少年だった。
「クリス⁉」
縄できつく縛られたクリスが涙をにじませた。
「ごめん……シェリー姉ちゃん」
シェリーは顎髭の男に怒りの感情を向けた。
「卑怯者っ!恥ずかしくないのですか⁉」
それは形勢逆転の表明でもあったかもしれない。顎髭の男がにやにやと笑う。
「おい、お嬢ちゃん。立場を弁えろよ。あんまり生意気いうようじゃあ、この小僧の首が、な?」
男がクリスの細い首に分厚い刃を当てる。クリスは恐怖に顔を歪めて必死に刃から逃れようとのけぞろうとする。
「やめっ――!」
シェリーの制止の言葉を顎髭の男がかぶせる。
「別にいいぜえ、俺は!人質はまだ他にもいる。お嬢ちゃんが暴れるたびに一人殺すっていうゲームも悪くはねえ」
「こっ、のっ……!」
「シェリー様……」
「よおし、お前ら。この小僧の命が惜しけりゃあ、武器を棄てて、大人しく降伏しろ。――ああ。お前らとは違って俺は優しいんでね。お嬢ちゃんは殺しはしねえ。意味は分かるかな……?はは、はは、はははははははははっ‼」
シェリーは悔しそうに下唇を強く噛んだ。エルバラースと人質。その判断を迫られている。
シェリーが武器の柄を固く握る。戦うべきだ。エルバラースの価値、その意味は目の前の人間の命と比べ物にならない。人類すべての希望が、平和がかかっているのである。
だけど――
握る手の力が緩んだ。指が一本一本メイスから離れていく。
シェリーの手が完全にメイスから離れる。その時だった。
腹の立つような他人事の声が頭上から降ってきた。
「よお、兄弟。面白そうなことやってんじゃねえか」
見計らったかのようなタイミングでダスクが現れる。こんな争いごとそのものが無価値と言わんばかりの脱力し小ばかにした態度で彼は続けて言った。
「俺も混ぜろよ」




