今日は幻聴がよく聞こえるな。……ほんと、嫌になる。
俺の願いを受け入れたシェリーは、地下室に入ってエリシア様の霊廟の下に案内した。
自分で頼んでおきながら、俺は胸の内で毒づく。
相変わらず自分たちは清らかで正しいと思い込んでいるような胸糞悪い空間。入った瞬間感じる。お前は異物であると。早くこの場から立ち去れと。内心、ああ望むところだ、帰ってやると思いかけた。――その時だった。
「……?」
予想外の感覚に俺は感じた方向、天井の方を向いた。
「死んだな」
「……なら、帰りますか」
シェリーはいつもの冗談かと見下すような目をして言う。酷い反応だった。
「違えよ。ここで誰かが死んだ。一人じゃねえ。二人……いや、五人……?死んだようだ」
「何を言うかと思えば。試練の辛さに気でも触れましたか?ここは聖地エルバドルフです。そのようなことあるわけがありません」
全然信じてもらえなかった。気持ちは分かるが、事が事だけに俺は心持ち真面目に言った。
「だが、事実だ。俺は死霊術師。死の気配に誰よりも敏感だ。お前らが魔族の気配を知覚するのと同じくらいには自信がある」
「……」
しつこい、とシェリーの目は告げていた。しかし、実際に地上から騒がしい声が聞こえ始めると不審そうに背後を振り返った。
地下室の扉がノックもなしに開け放たれる。入ってきたのはハスケルだった。息を切らして、周囲を見渡し、シェリーがいることを認めて、一瞬ほっとしたような顔をした。
「シェリー様、よかった。こちらにいると思ったのです」
「どうしたのですか?何やら外が騒がしいようですが……」
「そうです!賊徒の襲撃です!」
「なっ……!」
「門の見張りを行っていた兵士は殺されました!賊徒はエルバドルフにすでに侵入しています!我らはメリダ様の指示で礼拝堂に立て籠ることにしました!ここは危険です!どうかシェリー様もこちらに合流を!」
驚愕すべき大事件だった。魔族の試練なんて珍事がどうでもよくなるような異常事態に俺は感心する。人間の世も乱れ始めたということか。そもそもここの警備状態が甘すぎたというべきか。
「そんな……!このエルバドルフでそのようなことが⁈――いえ、ここでそんなことを言っても仕方ありません。分かりました。すぐに向かいます。ですが……」
「何、俺を疑っているのか?危険そうだから殺すとかやめてくれよな。時間がもったいないぞ」
「違います。仮にもレックス様のお仲間だった方です。裏切ったとは思いません。ただ、あなたをここでおいて行くのは……」
「まさか、心配?ありがたいね。だが、仮に俺が礼拝堂に行ったら行ったで、祝福で俺が死ぬ。――行けよ。自分の身くらい自分で守れるさ」
「……分かりました。どうかお気をつけて」
決断も早く二人は地下室を出て行った。全く、墓参りどころではなくなってしまった。
「また一人死んだかね……」
地上から感じる死の気配。断続的にまた一人、また一人と死んでいく。教会側か侵入者側か分からないが、礼拝堂あたりで激しい戦いが繰り広げられているようだった。
『助けないのか?』
いきなりレックスの声が直接頭に語り掛けた。ここで幻聴とは、俺もいよいよ危ないのかもしれない。
「ああ。相手の数や強さがどれほどか分からねえが、メリダもシェリーも手練れだ。他兵士連れて立て籠ってりゃあなんとかなるだろ」
『そうかな。相手は勝算があって攻めて来たんだろ?現に今も人は――死んでいる』
このレックスはいつもよりも鋭いようだった。俺が気付かぬふりをしていたところも容赦なく言ってくる。
「……だからどうした。所詮は人間界のいざこざだ。よそ者の俺が入るような話じゃないだろうが」
『じゃあ、もう一つ。お前の目的のエルバラースが狙われているはずだけど、それはいいのか?』
「ありがたいことだね。奴らがそれを取って後で俺がとりかえしゃあ、楽な話じゃないか。試練なんてかったるいことしなくても聖剣を手に入れられる」
『なるほどね。でもいいのかな。負ければみんな死ぬ。クリスも、シェリーも、メリダも。そうだろ?』
「……人間いつかは死ぬんだ。神のために死ぬなら奴らも本望だろうさ」
レックスは呆れたような息を吐いた。
『相変わらず、嘘ばっかりだ』
「……何がだよ」
『そういった犠牲はお前が最も嫌うことじゃないか』
「…………」
本当にこのレックスはうっとうしい。
俺は笑みを漏らした。頭では分かっている。こいつは偽物だ。俺の心が作り出した偽物。理性――いや感情か。それがレックスの声で言っているのだ。嘘つきだと。
「かもな。だけど、どうせ今の俺には何もできない。鬱陶しい祝福のせいで身体はぼろぼろだ」
『けど、行くんだろ?』
生意気なことを言いやがるレックスに俺は「……ああ」と苦々しく応じる。
「ここは不快だからな。まだ地上に出た方がましだからだよ」
その返しにレックスはくすりと小さく笑ったようだった。返事もなく、奴の声は聞こえなくなる。素直じゃないな、と呟きがあったような気がして、俺は一歩前に出る。
『ダスク・サリバン』
今度は女性の声が俺を呼び掛ける。年齢不詳の優しく芯の強い女性の声だった。
どこからともなく頭――いや心に直接響くような感覚だったが、その声は奥の方から発せられているような気がした。
俺が首だけを振り向けると、再び声が届いた。
『私はあなたを認めましょう』
それだけだった。俺は薄く笑って「そうかよ」と呟き背を向ける。今更幻聴で認められてもどうでもいいことだった。
だが、次の瞬間、違和感に足が止まった。
「……⁈」
一歩の足取りが異様に軽い。いや、それだけじゃない。全身を重くのしかかるような、神経ごと焼くような不快感が――ない。無くなっている。まるで最初からそんなものは存在しなかったかのように。
予想外の状況。俺は確かめるように自分の手をゆっくりと何度も開閉させる。
間違いない。本調子ではないが、確かに力は戻っている。
祝福が消えたわけではない。祝福は変わらずこの空間を優しく満たしている。だが、存在事拒絶するような感覚が消えていた。
考えられるのは――
俺は聖女の墓に向き直った。
聖女の墓は何も答えない。変わらず穏やかな日の光を受け、そこにあるだけだった。頭に響いた女性の声もない。だが、状況から彼女のお陰であるのは確かであった。
俺はやれやれと肩を竦める。
「全く、どいつもこいつも言いたい放題言って終わりとはな」




