巡礼の賊徒
エルバドルフに向かっていく荷馬車が一台。ガタゴトと上下に揺らされながら、フードを目深に被った男たちが十人ばかりが異様な沈黙を保ってそこにいた。
男たちは特徴を隠すようにマントで全てを包み込んでいる。時折首にかけた銀のロザリオがマントの隙間から見えるがそれだけだった。それ以外のことは外から窺いようがなかった。
その男たちの一人が沈黙を破って囁きかけた。
「なあ、本当にやるのか?」
「ああ、やるさ。なんだお前、怖気づいたか?」
「仕方ねえだろ?俺たちがやることは――許されることじゃねえ」
その声には押し殺しきれぬ震えがあった。
「今更何言いやがる。いいかあ。確かにお前の言うことは間違っちゃいねえ。けど、今回の依頼の報酬を覚えているか?」
「それは……ああ、分かっているが……」
なおも男には躊躇いがあった。相談された顎髭の男が肩を叩いた。
「なら迷うことはねえよ。俺たちがどっちにつくか、どっちの方が得か誰だって分かる。あの破格の報酬を断る方が無理ってもんだ。俺たちはむしろ幸運なんだよ」
もう一人の男が横から入ってそれに乗じる。
「あと、それにだ。今回は仲間も多い。後ろを見ろ」
後続の荷馬車を男は顎で示した。
「あそこにも十人はいる。別ルートからの増援もあるし、数としちゃあ多すぎるくらいだ。それに、事前の調べた情報じゃあエルバドルフを守る兵士は多くない。この数の多さで不意打ちまですれば、何の心配がある」
「……ああ!そうだな!」
男の不安は払拭されたようだった。力強く頷いて、笑顔を見せる。
ちょうどその時、時荷馬車が止まった。
「着きましたぜ。あともう少しでさあ」
赤ら顔の男の御者が声をかけて、エルバドルフの巡礼の門の前で装置を起動する。
今回の案内人だった。賭博に負けて己の稼ぐ手段である馬も何も失い、酒浸りになっていたところを男たちに目の飛び出るような大金を握らされたのである。
御者としても望むところだった。酔いも醒める思いでその大金に飛びつき、失った馬車や馬を買い戻した。巡礼者の一行という男たちは見るからに怪しかったが、御者からすればそんなものは関係ない。彼らこそが救いの神そのものだった。
御者は馬車を走らせながら、商売道具を取り戻してなお余るこの金を賭博でどれほど膨らましてやろうかとそればかりを楽しく夢想するばかり。とりあえず今日のところは神に賭博の成功を祈って、験担ぎをしようと暢気に考えていた。この後いったい何が起こるかも知らずに。
ぽっかりと開いたエルバドルフの巡礼の門を潜り、荷馬車は前を進んでいく。聖人や英雄、聖女や天使の像が男たちの荷馬車を見下ろしている。その像が今にも動き出しそうで、男たちは緊張し警戒した。が、特には何も起こらず頂上付近に到達した。
白を基調とした鎧を身に纏う衛兵たち数人が荷馬車を取り囲む。剣は抜かれていない。巡礼者がエルバドルフに来ることは多くはなくともままある話だった。
「荷馬車が二台……。多いな。用件はなんだ」
御者の男が男たちの設定を答えた。
「巡礼でさあ。いくつかの村総出で来たってわけです」
「ふむ。そうか」
衛兵は少し不審に思ったものの頷いた。いずれにせよいつものように荷馬車の中と人を検めればいいだけのことだ。
すると荷馬車の中から顎髭の男が現れた。フードを外して人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「すみません。道中、仲間の一人が体調を崩したのです。普通の体調不良でもなさそうで、何やら苦しそうにうわごとを漏らしておりまして……。この場で申し訳ないのですが、巡礼だけでなく教会で診てもらいたいのですが、可能でしょうか?」
「それはいけない。そうですね。その方はどちらに?」
「馬車の中で休んでいます。動ける状態ではなく、どうかこちらの中に入っていただけますか?」
「なるほど。こちらですね」
「ええ、はい。どうぞ」
衛兵が顎髭の男に案内されるままに荷馬車の中に入った。巡礼者と思わしき男たちがところ狭しと押し込められるように肩を並べて座っている。フードのせいで顔は見えなかったが、あまり好感を持たれていないようだった。
思ったより怪しい巡礼者だな、と不審を深めていく中、顎髭の男から呼びかけられる。
「奥の方で寝ている男がいるでしょう。あちらです」
「どれどれ……」
分厚い幌によって、奥が薄暗くなっている。が、確かにそこで横になっている男がいた。その男の下に衛兵が近づいたときのことだった。
突然、衛兵の胸から剣が突き出てきた。
「……⁈かはっ……!」
予想外のことで衛兵は目を白黒させる。分かるのは自分が不覚を取ったということだった。叫ぼうとする口を顎髭の男に塞がれる。
「……っ!……ぁっ‼」
「はいはい、お疲れ様。どうか安らかにお眠りくださいっと」
「……っ!……っ!………………」
顎髭の男が人の良さそうな仮面を脱いで囁いた。衛兵は仲間に知らせようと暴れたが、顎髭の男の力は頑として揺るがなかった。布を無理矢理衛兵の口に押し込み、手で押さえつける。片方の手で刺した剣を抜いて、仲間と共に関節を抑えて拘束する。衛兵の抵抗が徐々に弱まり、やがて動かなくなるのはすぐだった。
顎髭の男はふーっと息を吐いた後、動かなくなった衛兵の身体を雑に捨て置いた。血だまりが馬車の中を満たしていく。
顎髭の男は再び人の良さそうな仮面を作り直して、動転したように荷馬車の外に出て叫んだ。
「ああ、なんてことだ!どうしましょう!衛兵の方が突然血を吐いて倒れて……!誰か!誰か!」
「なんだと⁈」
他の衛兵たちが慌てて荷馬車の下に走り寄っていく。だが、覗いた瞬間彼らの命は刈り取られていった。背後から襲う顎髭の仲間の一閃によって、首と胴体が切断されて、衛兵の身体がばたりと地面に倒れる。
「この仕事が終わったら役者にでもなろうかね」
顎髭の男が嘯いた。仲間の男たちが続々と荷馬車から降りていく。
恐るべき神の賊徒を招き入れてしまった御者の男は顔を真っ青にして恐慌状態に陥った。
「ああ……!ああ!あああああああああああああああああああああっ‼」
御者は右も左も分からず一心不乱にその場から離れたい気持ち一つで逃げようとしたが、顎髭の合図一つで簡単に捕まって殺された。
御者の叫びを聞きつけた人々が何事だと建物から出てくる。事件の現場を見て状況を察した人々が悲鳴を上げた。
顎髭の男は号令を発した。
「行くぞ、お前ら!エルバラースは俺たちのものだ!」
「「「おおおおおおおおおおおおっ‼」」」
二十人の賊徒は剣を天に掲げて、進攻を開始した。
人間によるエルバドルフへの攻撃。そして、エルバドルフへの賊徒の侵入。いずれもエルバドルフが聖地となって始めての未曽有の大事件だった。




