もう十分俺は頑張った。魔族が聖地に連泊ってそれだけで偉業だぜ、ほんと。
気絶したダスクを地下室から連れ出して、ベッドで安静にする。
言葉少なに看病をクリスに任せ試練の様子をメリダにシェリーは報告した。その報告に対するメリダの答えはあっさりとしたものだった。
「そうですか、分かりました。引き続きよろしくお願いしますよ、シェリー」
「……」
「シェリー?」
生意気で軽薄で飄々とした魔族。その魔族が試練で見せた鬼気迫る姿。目に焼き付いたその光景を再び思い起こして、シェリーは反応に遅れる。
メリダの呼びかけにはっとしたシェリーが慌てて答えた。
「はい、母さん。分かりました。お任せください」
「ええ、任せました」
シェリーはダスクが眠る部屋を訪れた。看病していたクリスはたまたま席を外しているようだった。
ダスクはまだ眠っていた。だが、額には玉のような汗をかき、苦しそうに胸を抑えている。
シェリーは手拭いでその汗を拭う。ふと触れた肌は目を見張るほど熱く、シェリーは驚いて手を引っ込める。改めてこの魔族が試練に挑む壁の高さに気付いて、思わず呟いた。
「何があなたをそうさせるのでしょうか……」
その呟きに答える者は誰もいなかった。
*******
最悪の気分を更新し続けること二日目。最悪の定義とは何かを考えながら、俺はエルバドルフの丘から眺める朝の景色を堪能する。
何のことはない景色の一つ。森や草原、点在する村々。遠くには山が見える。どこにでもあるようなそれだけの景色。
だがしかし、少しばかり感慨深い。景色がではない。ここに立つ俺自身の意味を持ってのことである。それは何か。
――魔族が聖地で連泊。もしかして史上初ではないだろうか?
調べてはいないだろうが、ほぼ間違いはないだろう。滅多にない奇跡を俺は経験してしまっている。この苦痛に対する対価として安いか高いか難しいが、偉業の一つであることは間違いない。
口にはしない。すれば、神を崇める奴らの耳に入ってしまう。自分が爆発する導火線に自ら火をつけるような愚を俺は冒さない。
――でも、魔界に帰ったら自伝を書いてみようかな。滅多にない経験だから売れそうな予感しかない。
「……!おじさん、起きたんだ。大丈夫?」
別の部屋で寝泊まりしていたクリスが俺の姿に気付いて、ほっと安心した顔を見せた。俺は振り返って無表情に答えた。
「大丈夫じゃない。死にそう」
「……それ冗談じゃないんだよね」
「これが全くもってしてそうなんだよな」
見栄で俺は平静を装っているが、正直かなりきつい。試練ほどではないが、この聖地で満たされた祝福が絶えず俺の身を蝕んでいる。いつ体が限界を迎えるか分からない。ここで死ねば、あの神エルバのお膝元で死ぬことになってしまう。エルバスタ教嫌いの俺からすればこれ以上のない屈辱だ。それだけは避けたいところだった。
監視役として昨日から俺につきっきりのシェリーに尋ねる。
「ここにいるだけで試練達成ってなると思う?」
「……何言っているか、分かりません」
シェリーが冷たく答えた。俺は監視役ご苦労様と思いながら、ふとした拍子で俺は祝福で焼き殺されないか内心びくびくしていた。
だが、どうしたことか、昨日よりも圧がない。こうしてある程度歩く分の自由をくれているし、多少冷たさはあってもこのように会話できる。メリダの言い聞かせがあったのだろうか。なんにせよ、いいことだった。
「さて、少年。物は相談なんだが」
「……なに?」
クリスが胡散臭そうに俺を見る。俺は皮肉っぽく頬を吊り上げた。
「俺の代わりに聖剣取ってきてくれない?」
「絶対にやらないよ!バカじゃないの⁈お使いみたいに言わないでくれる⁈」
「じゃあ、俺の代わりに試練を受けてくれよ。十字架を持ってきてさ。俺に渡すだけ。それでどう?」
「どうじゃないでしょ!試練の意味ないじゃん!」
「それを決めるのは俺じゃない、シェリー姉様だ」
俺が目を向けるとシェリーが絶対零度の目で見返した。
「論外です。私がそのような不正を認めるはずありません。後、姉様はやめてください。気持ち悪い」
「残念だ。エルバスタに仕える者は皆なかなかどうして頭が固い。正しさとは刻一刻と変わっていくというのに」
その皮肉はシェリーに無視され、どこかへと流れていった。
クリスだけが「いや。おじさんの頭がおかしいだけだからね。なんで自分が間違ってない風に言えるのかなあ」なんて言っているが、それこそ俺はマイペースに聞き流した。
俺は手を頭の後ろに回して思考する。
実際のところ、真面目な話どうすればいいだろうか。俺の目的は聖剣エルバラースが魔神に抗しうるのかを確かめること。それだけだ。
エルバラースの所在は教えられていない。が、俺には分かる。礼拝堂の建物。そこから試練の地下室以上に近づきたくない祝福が漏れ出ている。どう考えてもそこにあるとしか思えない。
ならばどうする。試練を受けるか受けないか。勝手にエルバラースを確かめに行くか行かないか。
「…………」
現時点、あの祝福の強さでは俺はエルバラースを確かめようにも触れることすらできないだろう。そもそもメリダが許可するどうこうの問題だ。俺がここで試練をずるして、エルバラースに手を伸ばそうにも、あの十字架と同様決して届きはしない。このままであればだ。
シェリーが問う。
「今日も……試練を受けるのですか?」
「悩みどころだな」
「……⁈」
シェリーが驚いた顔をした。俺は鼻で笑う。
「おいおい、そんな驚くことはねえだろ。合理的な判断だよ。折角の試練だが、俺には手に余る。下手に頑張って五年たちましたじゃあ話にならねえ」
「……その程度の意思でエルバラースを臨もうとしたのですか?」
激情を抑えてシェリーが俺を睨む。反射的に俺は大人げなくいつもより強めに言い返す。
「間違えるなよ。俺の目的は再び魔神を封印することだ。エルバラースを手に入れることじゃない」
「……!」
俺はふっと笑って見せる。
「まあ、今回のことでエルバラースの力の大きさは身をもって知ったさ。祝福の強さ一つとっても半端じゃない。目に納められないのは残念だが、仕方ねえ。この際、いざという時に使える奴が使えれば文句は言わんさ」
「……では、どうするのです?」
「帰るとするかな。折角だから最後にエリシア様に墓参りしようと思うがいいか?」




