本当に最悪の気分だ、くそったれ
どれくらいの時間が経ったか。俺は全身を苛み続ける不快感で目を覚ます。どうやら殺されることはなかったらしい。代わりにこれでもかと言わんばかりに祝福を受けた鎖でぐるぐるに巻かれ、自由が利かないように手足を拘束されている。もちろん空気は祝福に満ち満ちていて、まともな呼吸も困難な状況である。
牢屋にあたるものがなかったのだろうか。何もない物置の一室にいるようだった。少し離れたところで見張り要因らしい衛兵の一人と雑談している。
「あ、目が覚めたみたい」
クリスが俺に気付いて手を振った。嬉しそうに小走りで俺の傍にやってくる。
俺がどれだけ苦しんでいるかも知らず、気楽なもんだ……。少し腹が立った俺は難癖をつけることにした。
「出るのが遅かったじゃないか。危うく死にかけた」
「いや、おじさんのせいだからね⁈俺を置いていったの忘れたの?」
忘れてない。……多分?
「というより、少年。よくあんな場面で出てきたな。下手すりゃ魔族に手を貸したって殺されるところだったぞ」
「殺されるって……。おじさん、シェリー姉ちゃんはそんなことしないよ」
甘いな。お前はエルバスタ教を舐めている。奴らはそんな道理の通じる――いや、なんだって?
「シェリー姉ちゃん?なに、少年。あいつと姉弟なの?」
「違うよ。小さい時からのつきあいでさ。年上だからお姉ちゃん。昔よく遊んでたんだ」
――初耳なんだが、それ。
「おいおい、少年。それを早く言えよ。知ってたら、もう少し穏便に進められたじゃねえか」
「聞かれてなかったからしょうがないじゃないか!おじさんだって、いつも何も言わず好き勝手やっててよく言うよ!そもそも穏便って何?聞いた話だとおじさんの方から喧嘩吹っ掛けたみたいじゃないか。かかってこいって言っておきながら一発でやられた時は、俺笑っちゃったよ!」
「こ、この野郎……!」
俺が弱っていることをいいことに言いたい放題言ってくれる。なんだ、俺に恨みでもある――よな。くそっ、いじり過ぎたか。
俺は小さく舌打ちをして、気持ちを切り替えた。多少の行き違いはあったにせよ、クリスは命の恩人であるのだ。
「まあ、ありがとよ。おかげで命拾いした」
「おじさん?声が小さくて聞こえなかったんだけど、なんか言った?」
「このっ、くそ野郎がっ……!」
クリスがここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らしにきてやがる。縛られた俺を見下ろしにやにやと笑って、煽りに煽っていた。
「離れなさい、クリス。この者は魔族です。暴れないように縛り付けていますが、何をされるか分かりません。もう少し警戒しなさい」
俺が目を覚ましたことを衛兵から聞いたのか、シェリーの到着は早かった。部屋に入ってきたシェリーはクリスを注意した後、衛兵を下がらせた。
少女の見た目らしからぬ落ち着きぶりに俺は感心した。その動作に隙はなく、金のロザリオは俺の方を向いている。油断なく、俺という魔族が怪しい動きをしないか見張っている。
クリスは能天気に言った。
「大丈夫だよ、シェリー姉ちゃん。おじさんは結構頭おかしいけど、悪くない奴だよ」
なんだ、そのフォローは。俺をバカにしているのか?
その言葉をどう受け取ったか、シェリーは眉を上げて窘める。
「やめなさい、クリス。あまり魔族を庇うものではありません。この場には私たちしかいませんが、神が見ています」
厳とした言葉は反論を許さない強さがあった。シェリーの姉ちゃんの圧にびびったクリスは口を閉じ、目立たぬようそろりと後ろに一歩下がる。
「はは。随分とお優しいじゃねえか、修道女様。いい配慮だ。確かに魔族と仲良しってなりゃあ、その少年の立場は悪くなる。お前も庇いきれないかもしれねえ。安心したよ。確かにシェリー姉ちゃんだ。――少年、感謝しろよ。お前の姉貴はお前のためにさっき人払いしたんだとよ」
けたけたと俺は笑う。俺の煽りにシェリーの目が一層冷えた。
「……よく喋る口ですね。ですが、口には気を付けることです。あの子の村を助けたことに免じてすぐに命までは奪いませんでしたが、その口で無辜の民を惑わしたのは事実でしょう。あなたを殺す理由がなくなったわけではないことをお忘れなく」
「怖いことだ。しかし、俺は断じて惑わしてはいないぞ。むしろ心優しき慈善活動をしてやった。たった銀貨二枚で村の危機を救ったんだ。なのに、救った村には裸踊りを踊れだの、手下どもには報酬が足りないだの文句ばかりでな。ここに来たら来たで話の通じないエルバスタ教に捕まってなあ。なに?魔族死すべし?いやはやどうにもうまくいかないことだらけ。踏んだり蹴ったり。神は俺のことが嫌いなのかね」
俺のぐだぐだした文句や冗談に取り合う気はないらしい。シェリーは単刀直入に切り出した。
「目的を言いなさい。あなたの存在を許しはしませんが、ことがことです。人間界にあなたのような魔族がいる理由。――いえ、この聖地エルバドルフに足を踏み入れた理由はなんですか?」
「言わなかったらどうなる?」
「殺します」
「言えば?」
「慈悲をもって殺します」
どっちにしろ殺されるじゃねえか。
「おい、少年。お前の姉貴は頭がいかれているようだ。これで口を割ると本気で思っているのかね」
「お、俺にふるなよ……」
クリスが居心地悪そうに身を縮こまらせている。これほど怖い姉は初めてなのか、それとも姉貴に逆らえないように厳しくしつけられた結果なのか。
「でも、俺も聞きたいな。こうなることはわかっていたでしょ。それでもおじさんがここに来た理由ってなんなの?」
「……」
俺は意味ありげに片頬を吊り上げる。この期に及んで黙っている理由もない。シェリーは堅物だが、クリスのおかげで最低限会話が成立する状況になってはいる。
「その理由の前に言わなくちゃならないことがある」
「なんでしょう。言いなさい」
俺は一呼吸入れて言った。
「『聖印の騎士』レックス・ウォードが死んだ」
「「……‼」」
口にした途端最悪の気分がした。二人が驚愕のあまり絶句している。レックスの名はその二つ名とともに人間界に留まらず世界に広く知れ渡っていた。
「千年来の竜神の加護を持った英雄レックスは常闇の神殿で魔神の残滓と戦い――死んだ。奴の仲間もそうだ。神殿に入ったきり戻らない」
「魔神復活の予兆は聞いています!レックス様が討伐に向かったことも……。ですが……いえ、ありえません!レックス様が死ぬなんてことは……!いや、そもそもなぜあなたがそれを知っているのですか!」
俺は一瞬、度し難い誘惑にかられた。
ほかならぬお前らの神が殺したのだろう。希代の英雄を、愚かな神が見棄てたもうたのだろう、と。
そんな言葉を口にする誘惑を俺は辛うじてのところで押しとどめた。無益であり、無意味だ。事実ならばまだしも八つ当たりに近い。俺は神を信じはしないし茶化すことはままあるが、人の信仰心の根底まで否定するつもりはなかった。
「その場にいたんだよ、俺は。ただ俺はあいつらと一緒に戦った訳じゃない。魔神は魔族の頂点だ。半魔の俺は魔神の呪いで操られる可能性が高かった。足手まといの俺は神殿の前までの見送りがせいぜいってところ。その後、奴らがどう戦ったかなんて知りようがない」
苦々しさが込み上げる。だから、祈るのは嫌いなんだ。その思いが届くことは一度もない。どうにもならない思いばかりが積み重なっていくんだ。
「俺は奴らが死んだところまでは見ていない。けど、一週間たっても奴らは帰ってこなかった。無事であるはずがねえ。今も見張らせているが……連絡はこない。奴らは死んだんだ。まず間違いない」
「そんな……!」
シェリーは大きく目を見開いた。人間たちの希望は魔神に敗れた。それは即ち今ある平和の崩壊を意味することだった。
「少年から聞いたかもしれないが、俺は死霊術師だ。魂さえあれば、基本どうとでもなる。だが、奴らの魂はどこにもなかった。完全に砕かれたか消滅したか――いずれにせよ。もうこの世にはない」
「……⁉かりそめの命を与え、アンデッドにするつもりだったのですか⁈」
「ああ、そうだ。が、できなかった。――まともに受け取るなよ。あいつらはもうどこにもいない。それが言いたかっただけだ」
「……!」
俺の暴言に対してシェリーは言い返さなかった。エルバスタ教の禁忌であるアンデッド化なんてどうでもよくなるほどの衝撃的な内容の数々にシェリーは大きなショックを隠し切れずにいた。
よろめくように後ろに下がり、何度も胸を上下させ、呼吸を整えようとする。クリスも顔を真っ青にしていた。
「そして、ここからが俺がここに来た理由になるわけだが、どうする?続きは明日にでもするか?」
シェリーは動揺を抑え込んで小さく首を振る。
「……いえ、構いません。続けてください」
「そうかい?じゃあ、続けるとしようか」
俺はにやりと笑う。縛られている俺がこの場を支配しているかのようだった。
「お前らの後生大事にしている『封神剣エルバラース』。そいつがここに来た目的ってわけだ」
ここでようやくダスクの目的が明かされます。だいぶ遅いですね。他、この話自体数戦文字の中で情報量多かったのが、反省点でした。
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それでは引き続きよろしくお願いいたします。




