やべえよ、エルバスタ教!地獄だ、ここは!
達成感を踏みにじる勢いで、絶賛絶不調のどん底に落ちた俺は意識を保つのさえやっとことだ。胃の中を全て吐き出して何とか立ち上がったが、足元はどうしようもなくふらついていた。
「はあはあ……。まあ、そりゃそうか。これだけの祝福だ。並の魔族はまず近づこうとはしないよな」
最強の対魔族結界だ。半魔の俺がこの状態だ。純然たる魔族であれば消滅してもおかしくないだろう。
息も絶え絶えになりながら、俺は納得した。階段を上ってから頭がガンガン痛み、視界はチカチカして、揺れている。吐き気は収まらず、しきりに俺の腹を殴打され続けているような鈍い痛みを訴える。体の節々は奇妙に悲鳴を上げ、胸は焼けるように熱い。過去史上最悪の二日酔いがあったらこんな状態になるのだろうか。
「大丈夫ですかああっ⁉何やらすごい音がこちらから聞こえましたがどうかしましたか⁈」
青年の衛兵がこちらに走ってきて親切に声をかけてきた。
ただ声を抑えてもらわないと頭に響く……。
「ああいや、大丈夫です。お構いなく。ちょっと立ち眩みがしただけで……。ごほっ、ごほっ‼ぐはああああああっ‼」
演技じゃなく、咳き込むと同時に吸い込んだ空気に痺れるような激痛が走る。なんだ、ここは。地獄か。
「ええ⁈いや、どうみても、大丈夫じゃないですよ‼ほら、肩を貸しますから!」
めちゃくちゃ優し過ぎて涙がでそう……。
ただ衛兵ならもう少し不審に感じた方がいいと思う。見知らぬ誰かが急に現れて、正規ルートでないところからの登場。普通は逮捕一択じゃないだろうか。実際、俺は魔族だし。
だが、ありがたい話だ。俺は流れに乗ることにした。とりあえず、この調子でエルバドルフに入りこむとしよう。そこから目的の物を探せばいい。
「はは。情けないところを見せましたね……。どうにも体が言うことを利かなくて……。すみませんが、頼みますよ」
「ハスケル‼その者から今すぐに離れなさい‼」
俺のしょうもない計画を少女の緊迫した一声が止めた。若く、純真でいかにもエルバスタ教が好みそうな修道女が俺を睨む。
聖術を強化する胸のロザリオを握って、戦闘態勢に入っている。妙な動きをすれば、すぐに術を放ってやる。そんな気迫を感じた。
ちょうど俺に肩を貸そうとしたハスケルと呼ばれた青年は突然の状況について行けず、目を丸くする。少女の言葉を信じる以前に、ぼろぼろで今にも死にそうな男に警戒心を抱きようがない、という様子だった。
「あの、シェリー様?すみません、いまいちよく分からず……この人がどうしたというのです?」
「騒ぎと同時に邪悪な気配が入り込んできたのです‼ここにあるべきはずのない魔族の気配!気配を辿ってここに来て確信しました!間違いありません!それは、魔族です‼」
「なっ⁉」
ここに来てようやく状況を理解したハスケルがぎょっとして、俊敏に飛び退く。さっきまで見せた俺への優しさはどこへやら。腰の剣を素早く抜いて、シェリーを守るように前に立つ。
俺は大きなため息を付いた。
シェリーという修道女のせいで台無しだ。相手はエルバスタ教の聖職者。残念ながら、誤魔化しは利かない。かつての仲間である神童の聖女ティアナがいたからよく知っている。奴らは魔族の気配に人一倍敏感なのだ。
――まあいい。聖地に乗り込む以上、予想はしていた。どうせ遅かれ早かれである。
演技は不要。エルバスタ教嫌いの俺は苦痛を忘れてにたりと笑う。
「邪悪?おいおい、黙って聞いていれば言いたい放題じゃねえか。それはお宅らの話じゃない?なんでもかんでも気に喰わないものを滅ぼそうとする頭の固い厄介な奴ら。自らは正義を謳って、手を汚さず、祈るだけの奴ら。後ろ暗いことで手を汚しても、うまいこと正当化するだけの奴ら。ははっ、俺からすればお前らの方が悪質さで俺たちより勝っているよ」
「き、貴様っ!なんという許されない暴言を‼」
激昂するハスケルをシェリーが冷静に窘める。
「落ち着きなさい、ハスケル。敵の挑発です。――答えなさい、魔族。どうやって、この聖地まで入り込んできたのです」
俺は鼻で笑った。
「登山だよ。お前らが放置していた洞穴を使ってな。悪いか?」
「……」
シェリーは俺が上ってきた階段を一瞥して、すぐに俺の方に目を戻した。
「私が訊きたいのは、この魔族を拒む清浄の地にどうやってあなたが入れたか、ということですが……まともに答える気はなさそうですね。いずれにせよ、私のすべきことは変わりません。あなたを討滅します」
「へえ。物騒だな。流石は武闘派脳筋のエルバスタ教。そんなに俺をやりないならいいぜ。やってみろよ」
俺は余裕たっぷりに煽り続け、挑発する。見た目からシェリーはただの一修道女だろう。少なくともティアナほど強くはないはずだ。経験則上半魔の俺の抵抗力があれば、一撃耐えることは造作もない。
ハスケル?剣士のようだが、構えからしてそれほど強くないだろう。何とでもなる。
シェリーがキッと睨んで、ロザリオを掲げた。
「数々の神への不敬、後悔しなさい!『聖雷』‼」
ロザリオから雷撃が走って俺を襲う。俺は格の違いを見せつけるべく、笑顔かつ無抵抗でそれを受け入れ――
「ぐあああああああああああああああああっ‼」
予想外のあり得ない威力に俺は激痛に襲われる。
――相乗効果っ……!
忘れていた。ここは敵の拠点だ。祝福の力が満ちているこの環境における聖術の威力は、倍以上……!
意識が一瞬空白になって、俺は不本意ながら二回目の大地の接吻を果たした。惨めなことに体が勝手に痙攣し、とてもじゃないが動けそうになかった。
ちょっとした謎の強者感を出していた俺がたった一撃で撃沈し、ハスケルが「おお……」と戸惑いを見せた。そして、思い出したようにシェリーを持ち上げる。
「さすがはシェリー様!見事な聖術でしたね!――ですが、あっけなかったですね。あの様子からもう少し強いのかと警戒していましたが……」
「……ええ。ですが、消滅はしませんでしたね。なるほど。祝福に抵抗力がある魔族、ということですか」
「確かに!おっしゃる通りです。では、どうされますか?このまま捕えますか?」
シェリーは首を振った。
「……いえ、魔族は狡猾です。目を離した隙に脱走し、被害が出るかもしれません。念のためとどめをさしましょう」
ハスケルは頷いた。シェリーは完全に俺の存在を消し去るために大掛かりな術式を展開し始めた。どう見てもやり過ぎだった。
えげつない。これだから話の出来ないエルバスタ教は嫌いなんだ。俺が逆の立場なら捕虜として丁重に扱うというのに。
とはいえ、俺に抵抗する力はない。油断大敵って、自分がその立場になると笑えるな。
………………そうか、死か。
悪くはない。所詮俺の実力でできることなんてたかが知れている。無謀だと自分でもわかっていた。覚悟はしていなかったが、生への執着はもとよりそれほどない。強いて文句を言うならば、俺の死がエルバスタ教によるものくらいだろうか。まあ、それも仕方のないことだ。
よし、後で嫌がらせに祟ってやろう。そう思った時のことだった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったああああああああああああっ‼」
俺の処刑執行前にクリスが飛び出してきた。
少年の登場にシェリーは大きく目を見開いて、行使しようとしていた聖術を中断した。
「ク、クリス⁈どうしてこんなところに?」
そこで俺の意識は完全に途切れたのだった。
この辺のギャグ、書いていて楽しい気持ちになっていました。聖地にあって主人公だけ地獄っていうギャップが好きです。




