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行き当たりばったりなのは俺の悪癖だ。……やばい、冗談じゃなく死にそう。

 暗闇を魔法で照らしながら、洞窟の中に俺たちは入っていった。空気は良好。正直若干湿っぽくて空気の流れ自体は良くないかもしれないが、吸えば吐き気のするような毒気のある祝福の気が流れていないだけ全然ましである。

 地図はない。方向感覚も何もあったものじゃないがとりあえず上を目指せばいいだろうという雑な進み方で俺たちは歩いて行く。

 俺史上驚くほど適当で行き当たりばったりの探索だったが、幸いにして洞窟は複雑な造りでもなく、比較的順調に頂上への道を進んでいった。

 時折襲ってくる蝙蝠やら蛇やら犬のような魔獣を適当にあしらう。途中、俺はクリスに盾の使い方を教えるために戦闘経験も積ませるなどのサービスを付けてやった。

 俺は自分の優しさに感動したが、教えられる生徒の態度はあまり嬉しそうじゃなかった。分かってないなあ、と思いながら俺は再び襲ってきた魔獣を切り捨ててぼやいた。

「アンデッド召喚ができればよかったんだがな。どうやらあいつらもこの場所は嫌らしい。冗談じゃなく死にそうとか言いやがった」

 だいたいアンデッドを使えない死霊術師なんて、つまるところ剣のない剣士、魔法を使わない魔法使いと同じである。洞窟内に生息しているのが低レベルの魔獣でなければ、俺は餌だっただろう。人間界のぬるさに感謝。

「おじさんが楽したいだけだろ?アンデッドの大軍が聖地で発生したらやばいよ」

 もっともな意見だった。ただ絵としては悪くないかもしれない。アンデッドが聖地を占拠するって世紀末だな。

 しかし、アンデッドはいないにしてもここに魔獣がいるのってどうなのかね。まあ特に使ってない場所だからいいとは思うけど。

「そういえば、おじさんってどのくらい強いの?」

「どのくらいって?」

 俺はクリスと変わらないほど大きさのミミズっぽい魔獣の胴体を一閃しながら尋ねる。少年は後ろの方で盾を構え、一応攻撃が飛んでこないか備えながら答えた。

「他の冒険者とかに比べてだよ」

「そうだな。俺は適当に剣を振りまわしているだけで、それほど強くはないな」

 クリスが意外そうな顔をした。

「へえ、意外。この前のヒュージボアを倒した時、すごかったからさ。もっと自慢するかと思っていたけど」

 小生意気なことを言う。俺は残る魔獣を片付けた後、つまらない感情をそのままに答えた。

「まあ、事実だからな。上には上がいるし、別に俺はそいつらと競っているわけじゃねえ。――でも言っとくが、お前とは勝負にならないくらい強いぞ?」

 少しおちょくって返すとクリスは口を曲げた。しかし、すぐにやり返そうとするような挑発的な顔になって言った。

「じゃあさ、俺に剣を教えてよ。強いならできるでしょ」

 あまりの安い挑発に俺は鼻で笑った。

「なんだ、そんなに盾が嫌か。分かりやすい奴め」

 一瞬むっとしたが、クリスは「そうだよ!」と唇を尖らせた。

 ふむ、やる気は十分のようだ。ならいい機会とすべきだろう。

「そうだな、じゃあ、少年。あれと剣で戦ってみるか?」

「え?」

 俺が指し示したのは、いつぞやクリスが襲われたダークウルフ二体だった。俺の魔法の光源から獲物の存在を察知した奴らが俊敏な動きで近づいてくる。

「まずは一体やってみるか」

 俺は片方のダークウルフを倒すべく雷撃の魔法を使用した。紫電が弾けて、ダークウルフに命中。ダークウルフは短い悲鳴を上げて、ブスブスと黒焦げになって動かなくなる。

 ただもう一体のダークウルフは未だ健在。俺はざっと飛び退って、クリスの背後に立った。

「で、どうする?腰のナイフを使うでもいいし、素直に盾を使うでもいい。安心しろ、好きな方を選ばせてやる」

 そのささやきはしかしクリスの耳に入ってきたかどうか。ダークウルフの突撃の前に緊張しているのは間違いない。手は震え、呼吸が荒くなっている。

 当然だ。いきなり矢面に立つ戦闘の始まりである。途中何度か手ほどきしたとはいえ、そう簡単にまともな対応ができれば苦労はしない。

 クリスがどう反応するか迷っているうちに、ダークウルフはすぐ目の前まで迫っていた。

「ガアアァァァァァァッ‼」

 ダークウルフがギラリと牙を剥いて、クリスに飛びかかる。

 クリスは咄嗟に盾を掲げた。

「――眼を瞑っちゃあだめだな。が、まあ、及第点ってところかな」

 クリスの目はぎゅっと恐怖でとじられていた。が、俺の言葉にこわごわと目を開いた。

 そしてクリスの視界に入ったのは盾に飛びついているダークウルフ。その奥にいるクリスを噛み殺そうと手足をバタバタともがき、盾にガリガリとその鋭い牙を立てていた。

 クリスはぎょっとして思わず一歩下がりかけた。が、後ろにいる俺が邪魔で動けなかった。

 俺は自分の剣をすっとダークウルフの腹に突き刺した。ダークウルフが苦しそうな声を漏らして、徐々に力をなくしていく。そしてすぐに事切れた。横たわるダークウルフから剣を抜いて言った。

「盾で防いで隙が出たところを剣で切る。分かりやすいだろ?」

 戦闘の終了。ほっとしたクリスは膝が折れたようにへたり込んだ。

「おじさん。いつも思うけどいきなりはやめてよね……。本当心臓に良くないからさ……」

 俺は笑って返した。

「分かったよ。お前が常在戦場の心構えができるようにしごけばいいんだろ?」

「……全然わかってないし」

 一の実戦は百の訓練に勝るだったか。百の訓練をさせる時間があるわけでもなし、世の中こんなものである、と今度言われた時に言い訳しておこうと思った。


 そろそろじゃないだろうか。そろそろだよな。そろそろにしてほしいんだが。

 洞窟内の登山に飽きつつある俺は内心微妙な苛立ちを感じていた。嫌なこと、面倒なことをしているときは気が短くなるものである。仲間にもよく注意されたが、俺は誰よりも飽き性なのであった。

 だが、子供を連れている手前、飽きた飽きたでは格好がつかない。俺は見栄のために、文句の合唱したい気持ちをぐっと堪えて、前を進んだ。

 実際、頂上に近づいている気配はあった。徐々に俺の胸を締め付けるような、頭を小突くような、腹に膝蹴りを入れるような幻痛が時折やってくるのである。

「行き止まり、かな?」

「いや、よく見ろ。奥に階段がある」

 階段の方に近づいて登ろうとすると上に行く道が塞がっているようだった。塞がれた天井を叩くと軽い石のような硬質の音が響く。

「……」

 俺が黙考していると、不安になったクリスが訊いてきた。

「どうする?引き返して他の道を探す?」

「…………」

 俺は再び上を見上げた。そして、引き返した道を思い返しながら、また天井を見上げる。

「黙ってないでちょっとなんか言って――」

 やっぱり破壊した方が早いな。今更他の道を探すのも面倒だ。

 そう決断した俺は階段を塞ぐ天井に手を当てて魔法を発動した。

「ちょっ!あっ!またっ!もおおおおおおおおおおおおっ!」

 土魔法のちょっとした応用で天井の石に亀裂が走り、派手な音を立てて崩壊する。クリスが崩れ落ちていく瓦礫から頭を守ろうと必死に手で庇う。

「安心しろ。ちゃんと防護魔法はかけておいた。死にはしない」

「そういう話じゃなくてさあっ!なんで肝心なことを黙ってやっちゃうかなあ!」

「……つい?」

「もおおおおおおおおおおおおおっ‼ごほっ、ごほっ!」

 怒りすぎて土煙を吸ってしまったクリスが咳き込んだ。俺は軽く笑って手を振った。

「悪かったよ。じゃあ、俺先に行くから」

「ちょっ、待っ……!ごほっ、ごほっ!」

 天井があった先から太陽の光がさして俺は眩しさに目を細める。綺麗な青空が広がっている。あの嫌な祝福の気配そして空気が流れ込んでくる。目的地がすぐそこなのが肌で感じられた。

 俺は階段を登りきって、あたりを見渡す。

「聖地エルバドルフ……」

 俺の想像していた由緒正しき大聖堂はそこにはなかった。目に入ったのはいくつかの家屋と古びてはいるが手入れの行き届いた教会。それとぽつんと離れたところにそれほど大きくもない兵舎が何かの添え物のようにあるだけだった。

 最初クリスが案内している普段使いしていると思われる門のあたりか。そこで、少しばかり上等な鎧をまとった衛兵たちが数人警護に当たっていた。さっき天井を破壊した音に驚いて、何事かと騒いでいる。

 魔神の封印が行われた聖地だというのに、驚くほど小規模な集落だった。千年もの歴史を、封印を守ってきたにしては、慎ましやかで何もなさすぎる。

 清貧と言えば聞こえがいいのかもしれない。だが、魔神復活が囁かれつつある今、あまりに平和ボケしていないか。

 ――ていうか、それよりも……。

「……おえええええええええええええええええええええええっ‼」

 俺は地面に吐瀉物をまき散らして蹲る。覚悟は決めていたが、ここは半魔の俺にとって今にも死にそうな最低最悪の場所だった。

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