おいおい、なんとかなるんじゃねえの?……フラグとかじゃないですよ?
仕切り直して、俺たちはエルバドルフから少し離れた場所――不快な空気が感じられなくなるところまで移動した。
おかげで俺は冷静さを取り戻した。思えば俺が感情に任せて怒鳴るなんてらしくはなかった。恐ろしきはあのエルバドルフ。大体の対策を講じている俺に精神汚染をやってのけるとは。
「空気が上手い……!俺は、生きている……!」
「おじさんって本当に魔族だったんだね」
普通に呼吸できる状況に感動していると、妙に感心したような一言が飛んできた。俺は眉を顰める。
「なんだ、その感想は」
「いや、そんな気がしなかったからさ。ちょっと忘れてた。そもそも魔族って角とか尻尾とか生えているんじゃなかったけ?」
なるほど。確かに普通の人間の認識はそんなところだな。
「そういう奴もいる。魔族は実際のところ雑多だな。お前の思う角を生やした奴もいれば、尻尾のある奴もいる。蝙蝠の翼で飛べる奴もいたりとか、まあ色々だ。お前ら人間と変わらない見た目の魔族も結構いるぜ」
「へえ、そうなの?」
「ま、強いて違いを挙げれば、魔力の質ってところかな。魔力は魔族の方が強い分、エルバの祝福が弱点になっている。この辺は魔界の中でも個体差はあるな。魔族の血が強ければ強いほど、エルバの祝福に弱いって感じかな」
「ふうん。それでおじさんは半魔だから?」
「半分弱点ってところだな。死ぬわけじゃないが、ものによってはかなりの苦痛を受ける。ただ、エルバスタ教の区分で言えば、少しでも魔族の血が入っていれば魔族だ。人間の敵確定」
「え?ああ、そうか。そうだね」
「そうだ。で、俺もエルバスタ教が大嫌いだ。分かりあえる気が全くしない」
クリスが一瞬沈黙して俺を諭すように言った。
「ねえ、おじさん。やっぱり、やめない?俺はおじさんが頭おかしいけどぎりぎり悪人じゃないって知っているよ?でもさ。やっぱりここは魔族が入るような場所じゃないって」
「なんか途中色々腹立つこと言われた気がしたが、まあいい――そうだな。お前の言うことは正論だ。けど、なしだ。業腹なことにあそこにどうしてもやらねばならん用があるんだな、これが」
「その用って?」
「内緒」
クリスが困惑半分呆れ半分の顔になる。俺がまともに答える気のないことを察してクリスは話を次に進めることにしたようだった。
「そういえば、おじさん。空を飛べば行けるんじゃないの?そうすれば門は通らずに済むじゃん」
「いや、無理だな。あそこの空気は尽く俺の邪魔をする。いつもの半分の力も出せる気がしない。せいぜい飛んだ気分になるのが限界だろう」
「気分って……。そっか。じゃあだめだね」
可能ならばその方法が一番早かったには違いない。が、麓ですら大した力を発揮できそうにないのに、頂上に到達した途端、気を失って墜落するかもしれない。乱れた集中力で魔法を使えば、暴発する可能性もある。例え飛べなくとも、足場の悪い外からは事故が起こったとき対処が難しい。できれば避けたいところ。
「他にないのか?抜け道か、何かあるんじゃないのか?」
「あるよ」
あっさりクリスが答えた。
「なんだよ。もったいぶりやがって。教えろよ」
「俺たちが普段使っているあの門以外に、もう一つあるって聞いたことがある。丘の中から入る方法があるんだ。洞窟から入れば教会に通じているらしいよ」
「分かった。それだ。それしかない。方針は決まった。行くぞ」
「早っ!」
他に方法がありそうなら別だが、ないだろう。頂上に登れればなんだっていい。第二の正攻法があるならば、それを使わない手はない。
「なんだ?何か問題でもあるのかよ」
「俺は入口しか見たことないから中は案内できないってのが一つあるね」
「そんなものどうとでもなる。もう一つは?」
「魔獣が出るってことかな」
俺は嬉しさのあまり指を鳴らした。
「それは問題じゃなくて、朗報だ。祝福が効いてないなら、最高の場所じゃないか。よし!さっさと通り抜けてしまうとするか!」
そして、俺たちはクリスの案内でもう一つの入り口まで辿りついた。誰も使ったことのない洞穴のようで、あたりには雑草が生い茂り、洞窟の中は真っ暗で見通せない。
クリスがごくりと喉を鳴らした。確かに今のクリスには厳しいかもしれない。
「そう言えば、少年。こっから先は俺一人で適当に探索するつもりだが、少年はどうする?帰るか?」
「ここまで来てそれはないだろ!行くよ、俺も!」
「ふーん」
強がってはいるが、声が僅かに震えている。リスクを少しでも排除するならば、今すぐに帰らせるなり、人間用の一本道の方から先に教会へ行かせるなりすればいいだろうが、俺はやる気のある人間は一応応援するタイプである。別に死ぬわけじゃない。
「じゃあ、こいつを渡しておこう」
俺はマジックバッグ――見た目以上に物を収納できる便利鞄から皮の盾を取り出して、クリスに放り投げる。
いきなり放り投げられたそれを何とか受取ったクリスが戸惑ったように尋ねた。
「えっと、何?」
「前から思っていたんだが、お前は盾を持った方がいい。剣を振るよりまずそっちを覚えろ」
「……俺に剣は向いていないって言いたいの?」
「というより、剣は難しいんだよ、普通に」
ジト目を向けるクリスに俺は答える。剣はシンプルな武器だが、その実攻撃、防御、回避を高度に組み合わせが必要だ。そこを行けば盾は目的が防御という意味で明快だ。センスのある奴ならともかく、戦闘の初心者ならば俺はまず盾の使い方を学ぶべきだと思う。それに実際の戦闘では守る手段があるかないかで、気持ちの余裕が全く変わってくる。剣は盾を使った戦闘に慣れてからでも遅くはない。
剣の取り回しの難しさや他の意味をここで説いてもいいが、すぐに納得できる話でもない。古今東西物語に出てくる王道の英雄は大振りの両手剣を装備しているのが相場である。
まあ、見栄えがいいからな。少年の気持ちも分からないわけではない。ただ、実際に使う側とすれば話は別なだけである。
不本意そうな顔を隠そうともしないクリスに俺は笑いかけた。
「まあ、使ってみろよ。俺と一緒に行くって言うなら、何かあったとき自分で攻撃を防ぐ手段はあった方がいいだろ?使い方はその場その場で教えていくさ」
そして一つ俺は意地悪な条件を付けた。
「言っておくが、使わないんだったら、連れて行くつもりはないからな」
こう言われると、クリスは渋々頷くほかない。
「もう。おじさんが案内される立場なのに」




