なんか普通じゃないアンデッドのアフターフォロー
朝日が寝不足な俺の気分を逆撫でし、なぜだか自分から志願してきてついてきた同行者はしきりに話しかけて鬱陶しい。最悪なのはアンデッドたちがわざわざ霊体となって耳元で不平不満をぶつけてくることだ。
「おじさん、もっと早く歩けないの?荷物ないでしょ。そんなに遅いとエルバドルフまで一週間以上かかっちゃうよ!しっかりしてよ!ねえ、聞いている?」
『なあ、ダスク。お前、約束の意味わかってんのか?死霊術師が契約を破るって信用問題だぞ?……なあおい、無視すんじゃねえ!ちゃんと目を見て話せって親に教えてもらわなかったのか!』
『ダスクさん、私は哀しい。私はね、私たちアンデッドの狩場を与えてくれるあなたには感謝しているんです。こんなに楽しく狩れるのはあなたのところだけですからね。ですが、こうも毎度私たちの取り分をおざなりに扱われては困ります。なぜですか?なんで、そんなにいつも適当なんですか⁉そこのところお考えをぜひ聞かせていただきたい!でないと……うっかり呪いますよ?呪っちゃいますよ?呪いますからね!』
『殺す殺す殺す殺す……。殺す殺す殺す殺す……。殺す殺す殺す殺す……』
――うるせえ……!
これでは眠ろうにも眠れない。
かつての仲間の中でも穏健派筆頭だった俺のメンタルはこれ以上ないほどにささくれ立ち、苦しく不毛な忍耐を強いられている。いやはや俺が何をしたというんだ。
分かっている。反省すべきは無計画な自分。一つ一つの行動の結果がたまたまこの瞬間にかかってきているだけだった。せめて村で一泊すればよかった。だが、今から戻ろうにも旅立ちの挨拶をした手前戻るのはどうも居心地が良くない。あの時の俺はただその場の流れに身を任せるままであり過ぎた。
「分かったよ。後でアンデッドパークの一日無料券をくれてやる。そいつで満足してくれ」
アンデッドパーク。正式名称は、アンデッド・サンクチュアリ・パーク。略称はUSP。魔族領で俺が経営するアンデッドのために用意した唯一にして最高のテーマパークだ。娯楽に乏しいアンデッドのために用意された快楽と退廃の楽園。一度入れば死ぬまで出られないという謳い文句が売である。もう死んでいるんだけど。
俺の提案にアンデッドどもが案の定食いついてきた。
『ほう、それは本当か?』
『なるほど、良いお話しです。ですが、意外性がない、といいますか。予想通り過ぎてすぐに頷いていいものか――』
「プレミアムチケットを付けてやる。お前らのお好みコースも選びたい放題だ」
『『『フーッ‼』』』
プレミアムチケットの特典は簡単。端的に言えばVIP待遇だ。
通常の大衆向けに用意された娯楽とは一味違う。アンデッドの歪んだ性癖、趣向に全力で応じるオプション機能が付いているのだ。エロもグロも両方いける。
とある利用者曰く、一度この悦びを知れば一般チケットでは満足できなくなる、とのことらしい。
料金設定もそれ相応に高く、高給取りの魔族でもなかなか手に入らない代物だ。アンデッドパークプレミアムチケットの利用常連者はこれを手に入れるために、一年かけて金を稼ぎ一日で溶かすのだとか。恐ろしいシステムだった。
それもこれも、実質的にアンデッドパークを運営する経営者代行のおかげである。俺の適当なアドバイスとちょっとした融資だけで、『彼女』は魔界屈指のテーマパークを築き上げたのだ。非常に優秀だ。そして頭が上がらない。
今回のプレミアムチケットの件でもまた彼女には土下座せねばならん。優しい彼女は笑顔で許して、すぐさま厄介な見返りを求めてくるのだが……問題をただ転がしているだけのような気がした。
『間違いは誰にでもある。俺はダスクのそういう話の分かるところはいいと思うぜ!』
『いいでしょう。その誠意に免じて今回のところはこれくらいにしておきましょう。よろしく頼みましたよ』
『……ぶっ殺す』
不満から一転、手のひら返しの評価。ようやくアンデッドどもが大人しくなった。とりあえず一件落着。現金な奴らめ。
アンデッドの文句の合唱が消えて、俺は無心で歩き続けた。正直、これも惰性で歩いているだけで、今思えば睡眠時間を削ってまで強行する必要はまるでない。
すると、クリスが俺の袖を掴んで揺さぶってきた。
「おじさん!聞いているの、おじさん⁉」
「……おじさんって誰だ?」
つまらないとぼけ方をする俺にクリスはしっかりしろとしつこく俺を揺さぶった。
「一人しかいないだろっ!そろそろ夜だよ!」
そこでようやく俺も気付いた。沈みゆく夕日。世界は暗い夜の世界になろうとしている。
「おお、ようやくか」
俺は気力を取り戻した。日中の見えない奮闘で疲れ果てていたが、夜になればこっちのものだった。
「夜はいい。暑くないし、静かだし、注目されにくい」
「え?急にどうしたの?」
「要するにアンデッドの時間ってことだよ。喜べ、少年。これで歩かなくて済むぞ」
クリスが嫌そうに顔を歪めた。
「うわ、またなにかやる気?もういいじゃん、明日でも。今日は早く寝ようよ」
「なんか俺が駄々をこねる問題児みたいに聞こえるんだけど気のせい?」
それに答えずクリスがくあっ、と眠そうにあくびをする。
思えば、この少年もあまり眠れていないはずだ。俺と違ってふて寝していた時間がある分ましだが、それでも足りないはず。とはいえ、だからといってやらない手はない。
「まあ気持ちは分かるが、やらせてくれ。悪い話じゃない」
俺は魔法を発動する。言うまでもなくアンデッド召喚だ。地面に魔方陣が浮かび上がる。地面が盛り上がり、召喚されたアンデッドが形作られる。
そして、そいつは吠えた
『ブモオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』
「ええええええええええええええええええええええええっ⁈」
俺が討伐したヒュージボアが天高く濁った遠吠えを響かせ、クリスは仰天して尻餅をついた。
アンデッドのヒュージボアの見た目はそれなりに酷かった。毛皮は黒く変色した血で汚れ、腐った肉がいたるところで剥き出しになり、片眼は飛び出ている。吐く息は気持ち悪さを覚えるような不自然な荒々しさで、討伐前より妙に力がみなぎっているように見える。そしてちょっと臭い。
うーん、ゾンビタイプかあ。肉体が欲しかったんだろうがやはりグロテスク。
アンデッドのタイプはその魂が求める方向性によって決められる傾向がある。基本、生前と変わらない姿が人気だ。同じ理由で霊体化したレイスもそれなりにメジャーどころ。こっちは肉体を持たないから、好き嫌いが別れるところ。
一方、スケルトンは不人気だ。弱そう、見た目が怖い、没個性になりがち、裸族っぽい感じがする等々。散々な評価がつけられている。正直、この辺のアンデッドの性能はドングリの背比べだ。スケルトンを自分で選ぶような奴は、身だしなみに気を遣わなくて済む、なんて考える効率を求める面倒くさがり屋か解放感がすごいとか変な趣向を持った奴くらいだ。
まあ、なんでもいい、って奴には全部まとめてスケルトンにしている。骨だけだから、一番俺の負担が楽になるのだ。ぶっちゃけて言えば、ゾンビはあまり好きじゃない。臭くて腐った肉が気持ち悪いから。
――どうでもいい話は置いといて。
俺はヒュージボアの毛皮を撫でてクリスに紹介した。
「イノブタちゃんだ。よろしくな」
名前は今付けた。いや、会ったときに付けたような。
「な!え⁈はあああああああああああああああっ⁈――倒したんだよね⁈なんで復活させているんだよ⁉」
「約束したんだ。また会おうってな」
『フガッ!』
イノブタが誇らしげに胸を逸らした気がした。言葉は……少しは通じているはず。自信はない。動物のアンデッドはニュアンスでしか伝わらないのだ。
「……敵、じゃあないんだよね?」
「ああ、そりゃあもちろん。いやあ、お願いしてみるもんだな。快く応じてくれたよ。一生ついて行きますって感じだ。はは、一生は終わったんだけどさ」
というか終わらせたのも俺である。なんでも俺の強さに惚れたらしい。俺からすれば殺された相手によくそんな感情を持てるなと思わなくもないが、一度死を経験したアンデッドは妙なところで寛容になる。とりあえず深く考えずありがたく思っておくことにする。
「…………」
クリスは俺の顔をまじまじと見た。何ともいない気持ちが顔に現れていた。具体的にはいつもの狂人を見るような目をしている。
「あれ、今笑うところなんだけど」
これぞアンデッドジョーク。鉄板ネタだ。
クリスが大きなため息を付いた。
「……いや。ちょっと受け入れるのに時間がかかっただけだよ。ほんっと、おじさんってなんでもありだよね」
不当な評価をもらったような気がしたが、俺は気にしないことにした。
「いいから乗るぞ、少年。歩くよりよっぽど早い」
「うわっ」
俺はクリスを捕まえてイノブタの背中に飛び乗った。イノブタは待っていましたと言わんばかりに雄叫びを上げた。
『フゴオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』
イノブタちゃんは張り切った様子で、夜の大地を全力で走って行った。乗り心地は馬車に比べるとよくはないが、安全性を全く考慮していない向かい風に吹かれてクリスは悲鳴を上げる。
そして、イノブタは人気のない夜の草原を疾走した。エルバドルフはもうすぐそこであった。




