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価値なき石の拾い主 〜ガラクタ好きのおっさんと、記憶を失った小さなゴーレム〜  作者: でう


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六話:拾われなかったもの

【イオナ視点】


 私は、最初から仁を信用していたわけじゃない。むしろ、最初の印象は最悪に近かった。


 緑灯窟の外で見つけた、妙な服の男。旧遺跡から出てきたというのに、足元は黒い革靴。装備らしい装備もなく、腰に武器もない。


 その肩には、喋る小型ゴーレム型アーティファクト。


 怪しい。危なっかしい。面倒ごとになる。


(革靴で旧遺跡から出てくる人なんて、普通じゃないもの)


 そう思っていた。そして仁は、他にも妙なところで普通じゃなかった。


 組合で、グレン支部長がシューシュの扱いについて話した時のことだ。書類上では、シューシュは所有アーティファクト。それが一番通りがいい。珍しくても、喋っていても、動く道具である以上、そう扱うのが普通だった。


 なのに仁は、少しも迷わず言った。


「相棒扱いでお願いします」


 私は、その言葉を聞いた時、意味がわからなかった。


 相棒。


 ただの道具に、そんな言葉を使う人間は珍しい。少なくとも、私の周りにはあまりいなかった。シューシュは嬉しそうに胸のコアを光らせていた。


 羨ましい、と思ったわけじゃない。たぶん。ただ、胸のどこかが小さく引っかかった。




 鉄鍋亭で食事をした時も、そうだった。仁は変だった。ああいう金属片を本当に集めていたのかと聞けば、あっさり「ああ」と答える。


「何のために?」


 私がそう聞くと、仁は少しも迷わず言った。


「眺めるため」


 また意味がわからなかった。金になるからでもない。武器になるからでもない。修理に使えるからでもない。


 ただ、眺めるため。


(本気で言ってるのよね。格好つけてるわけでも、ふざけてるわけでもなくて。本当に、そう思ってる)


「形が良いものは、眺めていて飽きない」


 仁は、そんなことまで言った。やっぱり意味はわからない。でも、変に嘘っぽくなかった。


「ベルカだから、まだ変な趣味で済むと思う。でも、王都や教会都市なら、そういうのはあまり良く見られないわよ」

「そういうの?」

「役に立たないものを溜め込むこと。壊れたものを捨てないこと。使い道のないものに執着すること」


 私は、いつも通りのことを言ったつもりだった。役に立たないものは邪魔になる。壊れたものは場所を取る。使い道のないものに執着すれば、判断が鈍る。

 少なくとも、私はそう思っていた。


「使えないものは捨てるべき、か」


 仁はそう言った。


「場所も取るし、管理も面倒だし、危険なものかもしれない。だったら処分した方がいい」

「合理的だな」

「でしょ」


 私は少しだけ安心した。仁にも、それくらいはわかるのだと思った。けれど、次の言葉で、その安心は崩れた。


「だが、少し寂しいな」


 寂しい。その言葉が、妙に耳に残った。


「寂しい?」

「ああ」


 仁は、煮込みの中の豆をスプーンで転がしながら言った。


「使えないから捨てる。危ないから管理する。効率が悪いから省く。全部、間違ってはいないんだろうな」


 間違っていない。そう。間違っていないはずだった。


「でも、それだけで全部決めるなら、拾われないものが多すぎる」


 私は、その言葉を聞いた瞬間、返事が少し遅れた。


 拾われないもの。その言葉が、胸の奥に沈んだ。昔の声が、かすかに蘇る。役に立たないものを抱えていたら、全員が死ぬ。かつて一緒に組んでいたパーティのリーダーに言われた言葉だった。


 私は、戦うことが得意じゃなかった。危険を見つけることも、道を選ぶことも、魔力溜まりの気配に気づくこともできる。けれど、強くはなかった。


 だから、より危険な遺跡へ進もうとする仲間たちの中で、私の慎重さは次第に邪魔になった。足を止めるな。判断を鈍らせるな。臆病者はいらない。


 最後には、はっきりと必要ないと言われた。私は反論できなかった。自分が弱いのは事実だったから。役に立てなかった場面があったのも事実だったから。


(私は、いらなかった。そういうことにした方が楽だった。……なのに、今さら揺らさないでよ)


「あんた、変なこと言うわね」


 私は、そう返すのが精一杯だった。本当は、少しだけ動揺していた。


(本当に変な人。……でも、嫌じゃない。嫌じゃないのが困る)




 初依頼の日、仁はやっぱり危なっかしかった。足元は相変わらず革靴で、遺跡の歩き方もまだぎこちない。石喰い鼠を見れば、当然のように顔が引きつる。


 弱い。はっきり言って、弱い。


(見てないと転ぶ。止めないと変なものを拾う。放っておいたら、本当にすぐ死にそう。……もう、手がかかるんだから)


 けれど、仁は変なところで目が利いた。草に隠れた小さな歯車片を見つけた時もそうだ。


「この割れた面だけ、汚れ方が違う」


 そんな細かいところを見る人間は、そういない。売れるものかどうかではない。危険かどうかでもない。ただ、気になるから見る。仁の目は、そういう目だった。


 金目の物を見る目ではない。危険だけを見る目でもない。拾われなかったものを見る目。


(こういうところだけ、妙に鋭いのよね。弱いくせに。何も知らないくせに。……ちょっとだけ、すごいと思うけど)


 石喰い鼠の群れが出た時も、そうだった。仁は戦えない。怖がっていた。それでも、よくわからない道具で金属片を集め、石喰い鼠の注意を逸らした。偶然なのか、計算なのかはわからない。


 そして、石喰い鼠の注意が逸れた瞬間、仁は走ろうとした。いや、走ろうとして、すぐにつまずきかけた。革靴のつま先が、地面の石に引っかかったのだ。


「危なっ!」


 私は反射的に、仁の腕を掴んで引っ張った。


(もう、本当に危なっかしいんだから。見てなかったら転んでたじゃない)


 腹が立った。怖かった。そして、少しだけほっとした。ちゃんと掴めた。間に合った。この人を、転ばせずに済んだ。


「こっち!」

「助かる!」


 仁はそう言って、素直に私についてきた。


(……そういうところは素直なのよね)


 その素直さが困る。守らなきゃいけない気になる。私がいなければ、きっとすぐに足元をすくわれる。そんなふうに思ってしまう。


 でも、嫌ではなかった。仁は弱い。けれど、ただの足手まといではない。逃げるために考える。怖がっているくせに、変なところで手を打つ。


(怖がってるのに、ちゃんと見てる。逃げたいはずなのに、考えてる。……そういうところ、ずるい)


 危なっかしい。でも、目を離せない。そんな人間を、私は見たことがなかった。




 シューシュが記憶を少し取り戻した時、私は黙って聞いていた。


 昔は、壊れたものをすぐに捨てなかったらしい。直せるものは直し、直せないものは別のものに使う。子どもたちも、石や部品を拾って集めていたという。


 それは、今の教会の教えとはずいぶん違う世界だった。

 無駄は堕落。力は管理されるべきもの。危険なものは登録し、使えないものは処分する。


 ずっと、そう聞いてきた。


(でも、本当にそれだけなの? 使えないものは、全部いらないものなの?)


 仁は違う。


 壊れたものを見てもすぐには捨てない。役に立つかどうかわからない欠片を拾う。シューシュを道具ではなく、相棒だと言う。


 そして、初依頼の後。中古のブーツを買った後も、仁は古い革靴を捨てなかった。


「初日に一緒に生き延びた靴だ。捨てづらい」


 その言葉を聞いた時、私はまた返事が遅れた。たかが靴だ。もう遺跡には向かない。底も痛んでいる。ハンターの装備としては、役に立たない。


 なら、捨てればいい。そう思うのが普通だ。なのに仁は、当たり前のように持って帰ると言った。


(たかが靴に、そんな顔するのね。そんなふうに、大事そうにするのね)


 変な人。本当に変な人。そう思った。でも、胸の奥が少しだけ痛かった。

 

 もし、自分も役に立たなくなった時、そんなふうに言ってもらえていたら。そんな考えが浮かんで、私はすぐに打ち消した。馬鹿みたいだ。自分は靴ではない。ガラクタでもない。拾われるものでもない。


(でも、もし。もしもこの人だったら……)


 けれど、どうしても考えてしまう。もし仁なら、自分をどう見るのだろう。役に立たないと切り捨てるだろうか。それとも、変な顔をして、こう言うのだろうか。まだ使えるだろ、と。捨てづらいな、と。


 そこまで考えて、私は自分の頬が少し熱くなるのを感じた。違う。そういうことではない。仁は危なっかしいから、目を離せないだけだ。放っておけば、また変なものを拾う。危ないものに近づく。困った顔をしながら、それでも前へ進もうとする。


 支部長にも頼まれている。シューシュのこともある。教会に目をつけられたら面倒だ。理由なら、いくらでもある。


(そうよ。理由はある。だから見てるだけ。だから気になるだけ。……それだけのはず)


 でも本当は、少し違う。仁がまた変なものを拾うところを、見ていたい。シューシュが嬉しそうに胸を光らせるところを、隣で見ていたい。


 そして、できることなら。自分も、その隣にいていい理由がほしい。だから、私がそばにいる。止めるために。守るために。あの人が、また拾わなくていいものまで拾ってしまわないように。


(……そういうことにすれば、私は隣にいていい。うん。きっと、そう)


 そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。




 その日の夜、私は自分の部屋で装備を手入れしていた。短剣の刃を布で拭き、鞄の中身を確認し、明日の予定を考える。


 仁は、明日もきっと何かを拾う。シューシュは、それを嬉しそうにアーカイブ・コアへ入れようとする。そして仁は、困った顔をしながら、それでも危ない方へ進もうとする。


 放っておけない。本当に、放っておけない。


(あの人、絶対またやる。止めても拾う。危ないって言っても近づく。……だから、私が見てないと。仕方ないわよね)


 仕事だから。支部長に頼まれたから。白札の面倒を見るのも、青札の役目だから。そう言えば、全部説明できる。


 けれど、私はもう知っていた。それだけではない。仁がまた変なものを拾うところを、見ていたい。


 そして、できることなら。自分も、その隣にいていい理由がほしい。


 シューシュは相棒だと言われた。あの子は、それを心から喜んでいた。


 私は短剣を拭く手を止める。


(相棒、か。いいな。……って、何考えてるの、私)


「……別に、羨ましくなんてないけど」


 誰に聞かせるわけでもなく、そう呟いた。だが、その声は少しだけ弱かった。


 相棒。その言葉が、胸の奥に残っている。


(相棒なんて言われたいわけじゃない。ただ、隣にいてもいいって、そう思いたいだけ。……でも、相棒って響きは、ちょっといいかも)


 だから、別の言い方をすることにした。仕方ないから。危なっかしいから。白札一人では心配だから。


 明日、仁に言おう。しばらく、パーティを組んであげる、と。


(そうよ。私が組んであげるの。あの人が困らないように。死なないように。変なものを拾っても、ちゃんと止められるように)


 私はそう決めると、短剣を鞘に戻した。拾われなかったものが、自分から誰かの隣へ行ってもいいのなら。


 それは、少しだけ。悪くないことのように思えた。


(……明日、ちゃんと言えるかしら)

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