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価値なき石の拾い主 〜ガラクタ好きのおっさんと、記憶を失った小さなゴーレム〜  作者: でう


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二話:旧遺跡の少女

「……あんたたち」


 声がした。俺とシューシュは、ほとんど同時に振り返った。岩場の上に、一人の少女が立っていた。


 年は十代後半くらいだろうか。 髪は赤に近い茶色で、肩甲骨あたりまである長さを後ろでざっくりと束ねている。きっちり整えているわけではなく、前髪や横髪が少し無造作にこぼれていて、風に揺れていた。


 肌は日に焼けて健康的で、体つきは細身だが引き締まっている。 動きやすそうな生成りのインナーシャツの上に、短丈の濃い色のジャケット。胸元には軽い革の防具。 腰には短剣といくつもの道具袋が下がり、背には弓と矢筒。 足元の編み上げブーツはかなり使い込まれていて、いかにも野外を走り回っていそうな格好だった。


 可愛い、というよりは、実用的で格好いい。生き残るための装備をそのまま着ている、という印象だ。


(異世界の人!!しかもめちゃくちゃそれっぽい!!弓!!短剣!!道具袋!!完全に冒険者って感じだ!!)


 少女は俺を見た。 次に、俺の横にいるシューシュを見た。

 そして、もう一度俺を見た。


 眉間にしわが寄る。


「その格好で、ラフェル旧遺跡から出てきたの?」

「……ラフェル旧遺跡?」


 俺が聞き返すと、少女は少し怪訝そうに目を細めた。


「ハンターの間じゃ“緑灯窟”って呼ばれてるけど」

「緑灯窟……」


 シューシュがきょとんと首を傾げる。


「ここは、そういう場所なのですか?」

「……そういう場所って、どういう意味?」

「ええと……洞窟です!」

「見ればわかるわよ」


 少女の視線がシューシュに固定された。


 沈黙。…わりと長い沈黙。


「……喋った」

「喋ります!」


 シューシュは妙に得意げに胸を張った。


「いや、そこを誇らしげに言われても」

「すごいことです!」

「まあ、すごいけど」


 少女は額に手を当てた。


「ちょっと待って。状況を整理したいんだけど」

「奇遇だな。俺もしたい」

「こっちの台詞よ」


 少女は岩場から軽やかに飛び降りた。着地に一切の無駄がない。 地面を踏む音も軽い。


(身軽!!この高さを普通に降りるのか!!こっちは洞窟を出るだけで必死だったのに!!やっぱりプロだ!!)


 少女は俺たちから少し距離を置いた位置で止まり、片手を腰の短剣に添えた。


「登録証は?」

「登録証?」

「トレジャーハンターの」

「持ってない」

「じゃあ密掘り?」

「密掘りって何だ」

「質問で返さないで」

「知らないものは答えられないだろ」

「……本当に何も知らないわけ?」


 疑いの目だった。当然だ。むしろ、かなり穏当な反応だと思う。


 知らない洞窟から、スーツ姿の男と喋る小型ゴーレムが出てきたのだ。俺でも怪しむ。


「怪しいわね」

「否定はしにくいな」

「しなさいよ」

「無理がある」

「自覚あるのね」


 少女は今度はシューシュを見た。


「で、その小さいのは何?」

「小さいのではありません。シューシュです!」

「名前じゃなくて、種類を聞いてるの」

「種類……」


 シューシュは少し考えたあと、胸を張って言った。


「精霊です!」


 少女の表情が止まった。


「……精霊?」

「はい!」

「精霊って、あの精霊?」

「あの、がどの精霊かわかりませんが、私は精霊です!」


 少女はゆっくりと俺を見た。


「この子、壊れてるの?」

「再起動したばかりだから、多少は曖昧なんだと思う」

「ジン!」


 シューシュが俺を見上げる。


「私は壊れていません! 少し欠けているだけです!」

「それを壊れてるって言うんじゃないか?」

「言い方の問題です!」

「言い方か」


 少女はため息をついた。


「精霊なんて、おとぎ話でしょ」


 その言葉に、シューシュの目の光がかすかに揺れた。


「おとぎ話ではありません」

「でも、あたしは見たことないわ」

「今、見ています!」

「喋る小型ゴーレムがそう言ってるだけじゃない」

「ゴーレムではありません!」


 シューシュは小さな拳を握る。


「私は精霊です!」


 その瞬間、少女――イオナはまだ名乗っていない少女が、少し慌てたように手を上げた。


「待って。そういうの、ここではまだいいけど、街の中では絶対に言わないで」

「なぜですか?」

「本当に面倒なことになるから」

「面倒?」

「そう。かなり面倒」


 俺は眉をひそめる。


「何があるんだ」

「神律教会がうるさいの」

「神律教会」


 初めて聞く言葉だった。


「教会?」

「秩序神オルディアを祀ってる教会。まさか、それも知らないの?」

「知らない」

「……どこの田舎から来たのよ」

「かなり遠いところだ」

「どこの?」

「かなり遠い」

「怪しい」

「もうそれは認める」


 少女は呆れたように肩を落とした。シューシュが小さく手を挙げる。


「オルディアとは、どなたですか?」

「神様よ」

「神様…」

「秩序を与えて、アーティファクトを人に授けた神。……って、教会では教えてる」


 最後の一言に、少しだけ引っかかりがあった。


「教会では?」


 俺が聞き返すと、少女は肩をすくめる。


「あたしはトレジャーハンターだから、教会の言うことを全部そのまま信じてるわけじゃない。でも、世の中ではそういうことになってる」


「アーティファクトを人に授けた…神…」


 シューシュが小さく呟く。


「違う、と思います」

「違う?」

「うまく思い出せません。でも、神様のものではなかったはずです。もっと…みんなのそばにあったものです」


 少女は黙ってシューシュを見た。俺も黙る。さっきまでの軽いやり取りとは少し違う空気が流れた。


「…ますます変ね」


 少女はそう言ったが、さっきよりは刺々しくなかった。


「それで」


 少女は仕切り直すように言った。


「あんたたち、本当にラフェル旧遺跡の中から出てきたの?」

「そうなるな」

「入口から入ったわけじゃなく?」

「気づいたら中にいた」

「気づいたら…?」

「ああ」

「それで生きて出てきたの?」

「なんとか」

「……運が良いのか悪いのかわからないわね」


 少女は俺の格好を見た。


 ワイシャツ。スラックス。革靴。汚れと擦り傷だらけではあるが、遺跡探索用装備ではないのは明白だ。


「その格好で緑灯窟に入るなんて、自殺志願者でももう少し考えるわよ」

「だから、入った覚えはないんだ」

「出てきた時点で同じ」

「厳しいな」

「旧遺跡は厳しいの」


 少女は当然のように言った。


「ここはベルカ近郊のラフェル旧遺跡。昔のアーティファクトや魔石が出る場所よ。ついでに魔物も出る」

「魔物…」

「出会わなかった?」

「石を食う鼠みたいなのには会ったな」

「石喰い鼠ね。初心者が群れに囲まれたら普通に死ぬわ」

「普通に言うな」

「事実だもの」


 シューシュが胸を張る。


「ジンは、おみやげブレードで切り抜けました!」

「おみやげ……何?」

「おみやげブレードです!」


 少女が俺を見る。


「何それ」

「聞くな」

「気になるでしょ」

「俺もまだ受け止めきれてない」


 俺は手の中の小さな剣キーホルダーを見る。

 今はもう、ただの小さな土産物に戻っている。


 少女はしばらくそれを見ていた。


「それ、アーティファクト?」

「たぶん」

「たぶん?」

「さっき光った」

「説明が雑すぎるわね」

「理解も雑だからな」


 少女は額を押さえた。


「……本当に何も知らないのね」

「言っただろ」

「よく生きて出てきたわね」

「俺もそう思う」


 シューシュが元気よく言った。


「私もそう思います!」

「お前はもう少し自信を持て」

「はい! 次から持ちます!」

「次があってたまるか」


 少女は短剣から手を離した。完全に警戒を解いたわけではないが、少なくとも今すぐ敵扱いはしないらしい。


「名前は?」

「九楼仁」

「クロウ、ジン?」

「ああ。仁でいい」

「変わった響きね」

「そっちではそうかもな」


 少女は少し眉を上げた。


「そっち?」

「……言葉の綾だ」

「怪しい」

「戻るな、その評価に」


 少女は自分の胸を軽く叩いた。


「あたしはイオナ。ベルカを拠点にしてるトレジャーハンターよ」

「トレジャーハンター…」


 俺はその単語に反応した。


(来た!!肩書きが強い!!トレジャーハンター!!つまり宝探しのプロ!!ロマン職!!)


「旧遺跡に潜って、アーティファクトや魔石を回収する仕事」

「危険そうだな」

「危険よ」

「なのに人気なのか?」

「人気ね。儲かる時は儲かるし、一発当てれば人生が変わる。でも、運が悪ければ一発で死ぬ」

「落差がひどいな」

「そういう仕事だから」


 イオナはさらっと言った。


「ただし登録制。組合に登録しないで遺跡から発掘品を持ち出すと、面倒なことになるわ」

「組合?」

「トレジャーハンター組合。ベルカにも支部がある」


(組合!!来た!!それっぽい施設!!異世界といえば組合!!)


「登録すると何ができる?」


 俺が聞くと、イオナは少し意外そうな顔をした。


「食いつくのね」

「確認しているだけだ」


(めちゃくちゃ食いついてます!!)


「登録すれば、旧遺跡の探索許可が出る。発掘したものを組合で鑑定してもらえるし、売ることもできる。一部のアーティファクトは申請すれば所持も認められる」


「拾ったものを合法的に持てる職業ってことか?」

「言い方は悪いけど、だいたいそう」

「詳しく聞こう」


 イオナが俺をじっと見た。


「……あんた、急に目が変わったわよ」

「気のせいだ」

「気のせいじゃない」

「たぶん気のせいだ」

「シューシュみたいなこと言わないで」

「ジン、私みたいですか?」

「嬉しそうにするな」


 イオナの話によると、この世界ではアーティファクトの扱いがかなり厳しいらしい。


 生活用の魔道具は一般にも出回っている。明かりを灯すもの。水を温めるもの。荷運びを助けるもの。


 だが、武器になるものや強力な効果を持つものは、国や貴族、教会が基本的に管理している。一般人が勝手に持てば没収。悪質なら罰則。


 ただし、トレジャーハンターだけは例外で、発掘したものの一部を登録の上で所持できる。


「便利そうなのに、不自由なんだな」


 俺が言うと、イオナは短く答えた。


「不自由だから安全なのよ」


 その一言が、妙に重かった。


「昔、大きな戦争があったって言われてる。魔法やアーティファクトが好き勝手に使われて、たくさん死んだ。だから今は、力は管理されるべきって考えが普通」

「教会の教えか?」

「それもあるわね」


 イオナは遠くを見ながら言った。


「オルディアの教えでは、無駄は堕落。秩序は善。力は正しく管理されるべき。そう教わる」

「無駄は堕落、か」

 

 俺は小さく呟く。胸の奥に、少しだけざらつくものが残った。


(嫌な言葉だな!!無駄を一括で悪者にするな!!無駄には無駄の味があるんだよ!!しょうもないものを愛する自由くらい残しとけ!!)


 シューシュは黙っていた。


 いつもならすぐ口を挟みそうなのに、胸のコアに手を当てて、じっとイオナの話を聞いている。


「魔法は?」


 シューシュが小さく聞いた。


「魔法?」

「魔法は、もう使えないのですか?」


 イオナは少し困った顔をした。


「魔法なんて、今はほとんど昔話よ。少なくとも、普通の人間が手を振って火を出すようなものは存在しないわ」

「精霊魔法は?」

「だから、精霊が昔話だって」

「昔話……」


 シューシュの声が小さくなる。


「精霊の声は、聞こえないのですか?」

「聞こえないわ。聞こえるって言う人がいたら、教会に連れていかれるか、酒場で笑われるかのどっちかね」


 シューシュは俯いた。


 胸のコアの光が、ほんの少し弱くなった気がした。


「……そう、ですか」


 さっきまで、空が青いだけであんなに喜んでいたのに。その落差が、少しだけ痛かった。


「シューシュ」


 俺が呼ぶと、シューシュはぱっと顔を上げた。


「はい! 大丈夫です!」

「まだ何も言ってない」

「でも、ジンが心配そうでした!」

「……そうか」

「私は大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけです」


 たぶん、その“ちょっと”は嘘だ。でも、今はそれ以上言わなかった。イオナも追及はしなかった。


 ここまでで、俺が理解できたことは三つだった。


 ひとつ。ここは、俺の知っている世界ではない。ふたつ。この世界では、魔法や精霊は昔話になっている。そして、三つ。


 俺は今、完全に無一文だ。


(最後が一番現実的に痛い!!)


「それで、どうするの?」


 イオナが言った。


「どうする、とは?」

「このままここにいる気? 旧遺跡の近くは夜になると危ないわよ」

「できれば避けたいな」

「なら、街に行くしかない。ベルカまで歩いて半日もかからない」

「半日」


(遠っ!!普通に遠い!!異世界一日目で徒歩半日はきつい!!でも街!!拠点!!行くしかない!!)


 シューシュが俺を見上げる。


「ジン、街に行きます!」

「ああ」

「人がいます!」

「たぶんな」

「ごはんもありますか?」

「俺は欲しい」

「私は食べませんが、見るのは好きかもしれません!」

「食レポだけするタイプか」

「しょくれぽ?」

「忘れろ」


 イオナは俺たちのやり取りを見て、少し呆れたように息を吐いた。


「……本当に変な二人ね」

「二人扱いでいいのか?」

「一人と一体?」

「私は一体ではありません!」

「じゃあ一人と一精霊?」

「はい!」


 イオナは肩をすくめた。


「街でそれは言わないこと。小型ゴーレム型アーティファクトってことにしなさい」

「でも私は精霊です」

「教会に聞かれたら面倒って言ったでしょ」

「……面倒は嫌です」

「ならゴーレム」

「小型ゴーレム型アーティファクトです!」

「切り替えが早いな」

「生存は大事です!」

「正しい」


 イオナは俺たちを見比べてから、少しだけ真面目な声で続けた。


「それに、無登録で旧遺跡から出てきた人間を見逃したなんて知られたら、あたしの方が組合に怒られるのよ。教会に先に拾われても面倒だし」

「つまり、善意だけじゃないと」

「当たり前でしょ」

「正直だな」

「現場では正直な方が長生きするの」


 その言い方に、俺は少しだけ納得した。


 イオナは親切だ。 だが、ただのお人好しではない。自分が面倒に巻き込まれないためにも、俺たちを組合に連れて行く必要がある。その方が、彼女の行動として自然だった。


 出発前に、イオナは俺の格好を上から下まで見た。


「その靴で歩ける?」

「歩くしかないだろ」

「ベルカに着いたら、まず靴を変えた方がいいわね」

「金があればな」

「お金くらい――」


 イオナがそこで止まった。俺も止まる。


 沈黙。


「……あんた、お金は?」

「ある」

「あるの?」

「ああ」


 俺は財布を取り出した。


 中には日本円。千円札と小銭。ポイントカード。レシート。


 イオナはそれを見て、眉を寄せた。


「何これ」

「金だ」

「紙じゃない」

「紙幣だ」

「紙じゃない」

「そうだな」


 小銭を一枚つまみながら、イオナはますます怪しいものを見る顔になる。


「どこの貨幣?」

「日本」

「ニホン?」

「かなり遠いところだ」

「またそれ?」

「便利な表現なんだ」


 シューシュが覗き込む。


「ジン、この世界では使えなさそうです!」

「見ればわかる」


(終わった!!現地通貨ゼロ!!異世界生活、最初の壁が生活費!!現実的すぎる!!)


 イオナは頭を抱えた。


「本気で無一文なの?」

「この世界基準では、そうなるな」

「どうやって生きる気だったのよ」

「今考えている」

「考えるのが遅い」

「こっちに来た初日なんだ。大目に見てくれ」

「こっち?」

「……言葉の綾だ」

「怪しい」

「もう何回目だ」

「怪しいものは怪しいの」


 イオナは腕を組んで考えた。


「何か売れそうなものは?」

「売れそうなもの……」


 俺は持ち物を確認する。スマホ。財布。ハンカチ。家の鍵。 おみやげブレードこと剣キーホルダー。そして、シューシュの胸のコア。


 売れるもの。少なくとも、スマホは売りたくない。財布も鍵も論外。おみやげブレードも、さっき命を救ってくれたので、売る気になれない。


 シューシュが胸のコアに手を当てた。


「収納領域に物品があります!」

「俺のコレクションか」

「はい! ジンのおうちのものです!」


 イオナが反応する。


「コレクション?」

「……まあ、いろいろだ」

「どんな?」

「石とか、ネジとか、金属片とか」

「……それ、売れるの?」

「俺に聞くな」

「持ち主でしょ」

「価値はある」

「金になる価値?」

「そこが問題だ」


 イオナは呆れた顔になった。


「とりあえず組合で鑑定してもらえば? 遺跡由来の物じゃなくても、素材価値くらいは見てもらえるかもしれないし」

「旧遺跡由来ではないんだが」

「じゃあ何由来なのよ」

「俺由来」

「何それ」

「俺にもわからん」


 シューシュが元気よく言った。


「ジンの大切なガラクタです!」

「おい、ガラクタと言い切るな」

「でもジンがそう言っていました!」

「俺が言うのとお前が言うのは違う」

「難しいです!」


 イオナは少しだけ笑った。


「本当に変ね、あんたたち」

「褒めてるのか?」

「半分くらい」

「残り半分は?」

「呆れてる」

「だろうな」


 俺たちはベルカへ向かって歩き出した。最初はシューシュも自力で歩いていたが、しばらくすると足取りが怪しくなった。


 カタ、カタ、カタ。音がだんだん遅くなる。


「大丈夫か?」

「大丈夫です!」


 カタ。


「たぶん!」


 カタ。


「シューシュ」

「はい」

「乗るか?」

「乗る?」

「肩」


 俺がそう言うと、シューシュの目の光がぱっと明るくなった。


「いいのですか?」

「歩くより早いだろ」

「ジンの肩に乗ります!」


 俺はしゃがんでシューシュを持ち上げる。


 本来なら石と金属の塊だ。

 だが、持ってみると驚くほど軽い。


「……軽いな」

「精霊の加護です!」

「便利だな」

「はい! 私は軽量型です!」

「自分で言うのか」


 肩に乗せると、シューシュはちょこんと収まった。


「ジンの肩、高いです!」

「人を展望台みたいに言うな」

「移動する高台です!」

「悪化したな」


 イオナが横目で見ながら言う。


「……それ、目立つわよ」

「だろうな」

「街では喋るのを少し控えた方がいいかも」

「私、控えめに喋ります!」

「控えめに喋る時点で喋ってるのよ」

「難しいです!」

「でしょうね」


 シューシュは肩の上で周囲をきょろきょろ見回していた。完全に観光気分だ。だが、ときどきふと黙る。


 風が吹くたび。草が揺れるたび。空を見上げるたび。何かを探しているように見えた。


 精霊の声。俺には何も聞こえない。けれど、シューシュにはこの世界の静けさが寂しいのだろう。


 道中、イオナはいくつかこの世界のことを教えてくれた。

ここはベルカ近郊。旧遺跡が多く、トレジャーハンターが集まる土地。ベルカは、王都や教会都市ほど信仰が深い街ではないらしい。


「教会はあるけど、ベルカじゃ鐘の音よりハンターの靴音の方がうるさいわ」


 イオナはそう言った。


「信仰が薄いってことか?」

「薄いというより、現場が濃すぎるのよ」

「現場」

「遺跡に潜る人間は、教義だけじゃ生き残れないから」


 それは少しだけ、イオナ自身のことを言っているようにも聞こえた。教会の教えは知っている。けれど、全部を鵜呑みにしているわけじゃない。


「ベルカなら、あんたたちみたいな変なのも……まあ、ギリギリ何とかなると思う」

「ギリギリなのか」

「ギリギリね」

「私は変ではありません!」


 肩の上でシューシュが抗議する。


「喋る小型ゴーレムが一番変よ」

「小型ゴーレム型アーティファクトです!」

「もう覚えたのね」

「生存は大事です!」

「賢いじゃない」

「はい! 私は賢いです!」

「そこは謙遜しろ」

「けんそん?」

「後で教える」


 やがて、遠くに街が見えてきた。


 城壁に囲まれた街。門の上には見張り台。外壁には補修の跡がいくつもある。周囲には荷車や旅人、武装した人間たちが行き来していた。大きな荷物を背負う者。短剣を腰に差した者。奇妙な器具を抱えている者。


 街の上には、煙突から細い煙が上がっている。門の近くには、青白い光を放つ街灯のようなものが立っていた。


「……あれは?」

「魔灯よ。生活用魔道具」

「魔道具」


(うひょー!! 街灯が魔道具!! いい!! こういう生活感のあるファンタジー道具、大好きだ!!)


 シューシュも目を輝かせている。


「魔力の流れが、とても細く整えられています!」

「わかるのか?」

「はい! ちょっと窮屈そうです!」

「窮屈?」

「魔力が、きれいに並ばされている感じです」


 イオナが肩をすくめた。


「安全に使うためよ。暴走したら困るでしょ」

「でも、ちょっと苦しそうです」

「魔道具に苦しいも何もないわよ」

「あります」


 シューシュは小さく言った。イオナは返事をしなかった。


 門に近づくと、門番がイオナに気づいて手を上げた。


「イオナか。戻ったのか」

「ええ。ついでに変なの拾った」

「拾った?」


 門番の視線が俺に向く。 次に、肩のシューシュへ。


「……それは?」

「小型ゴーレム型アーティファクト」


 イオナが即答する。シューシュも小声で続いた。


「小型ゴーレム型アーティファクトです」

「なんで本人が名乗ってるんだ」


 俺が小声で突っ込むと、シューシュは小声で返す。


「練習です!」


 門番は一瞬怪訝な顔をしたが、イオナの顔を見ると深く追及しなかった。


「組合に通すのか?」

「そのつもり」

「なら早めに登録させろよ。最近、教会の巡回が少し増えてる」

「わかってる」


 教会の巡回。その言葉に、イオナの表情が少しだけ硬くなった。俺も覚えておくことにした。


(教会、やっぱり面倒そうだな!! 今のところ絶対に深く関わりたくない組織ナンバーワンだ!!)


 門を抜ける。そこには、活気のある街並みが広がっていた。石畳の道。軒先に並ぶ道具。屋台の匂い。金属を叩く音。人の声。


 あちこちに、見慣れない道具がある。光る板。少し浮いている荷台。水を出す管のようなもの。歯車と魔石が組み合わさった看板。


(うひょー!!情報量が多い!!全部見たい!!全部触りたい!!でも今やったら完全に不審者だ!!)


「ジン!ジン!」


 肩の上でシューシュが俺の髪を軽く引いた。


「見てください! あの看板、少し回っています!」

「見てる」

「あっちは水が出ています!」

「見てる」

「あちらの人は、大きなパンを持っています!」

「それも見てる」

「ジン、目が足りません!」

「本当にそうだな」


 イオナが振り返る。


「観光客みたいにはしゃがないで」

「はしゃいでない」

「目がはしゃいでる」

「目の制御は難しい」

「言い訳が独特ね」


 その時、腹が鳴った。かなりはっきりと。ぐう、と。シューシュがぴんと背筋を伸ばした。


「ジンのお腹が鳴りました!」

「実況するな」


 イオナが呆れ半分で笑う。


「そういえば、あんた何も食べてないんでしょ」

「コンビニ弁当を食べ損ねた」

「コンビニ?」

「忘れてくれ」


 屋台から焼いた肉の匂いがする。正直、かなりつらい。


「何か食べる?」


 イオナが聞く。


「金がない」

「そうだったわね」

「……ない」


 イオナはため息をついた。


「じゃあ、先に組合ね。売れるものがあるか鑑定してもらう。それで少しでも金になれば、食事と宿くらいはどうにかなるでしょ」

「助かる」

「ただし、借りにするから」

「現実的だな」

「現実的じゃないと死ぬ仕事なの」


 シューシュが俺の肩の上で小さく頷く。


「イオナはしっかりさんです!」

「あなたに言われると不思議な気分ね」

「私はシューシュです!」

「知ってるわよ」


 イオナは街の中央通りを進みながら、顎で前を示した。


「あれがベルカ・トレジャーハンター組合」


 視線の先には、周囲の建物より一回り大きな建物があった。石造りの重厚な外壁。広い両開きの扉。

 入口の上には、交差した探索具と魔石を模したような紋章。出入りする人間はみな、どこか武装していて、空気が違う。遺跡帰りらしい汚れた者。大荷物を抱えた者。仲間と何かを言い争っている者。騒がしい。雑多だ。なのに、不思議と居心地が悪くない。


(うひょー!!組合だ!!本当に組合だ!!それっぽい人がいっぱいいる!!完全に冒険の拠点だろここ!!)


「ついてきて」


 イオナが言う。


「売れるものがあるか、まず見てもらいましょ。それから今後のことを考える」

「ああ」


 俺は肩のシューシュを落とさないように支えながら、組合の建物を見上げた。


 知らない世界。知らない街。知らない制度。そして現地通貨ゼロ。状況としてはかなりまずい。


 けれど、胸の奥では奇妙な高揚感が膨らんでいた。俺のガラクタが、この世界では価値があるのか。


 それを確かめるために――

 俺たちは、ベルカ・トレジャーハンター組合の扉の前に立った。

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