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価値なき石の拾い主 〜ガラクタ好きのおっさんと、記憶を失った小さなゴーレム〜  作者: でう


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3/15

一話:石の眠る洞窟

 緑の光を頼りに、俺は洞窟の奥へ進んでいた。


 足元は悪い。壁は湿っている。天井からは時折、水滴が落ち、ぽちゃんという音が、妙に大きく響いた。


「……静かすぎるな」


(怖い!!普通に怖いけど、雰囲気は最高!!洞窟、謎の光る石、奥へ進めという導き!!イベントとしては百点!!ただし当事者としては零点!!)


 俺は手の中の石を見る。淡い緑色の光は、細い糸のように前方へ伸びていた。まるで「こっちに来い」と言っているみたいに。


「……なあ」


 石に話しかけてみる。


「せめて出口を指してくれないか」


 返事はない。それでも、光は奥を指し続けている。


「進むしかないか」


 石の光を頼りに進むが、光量としては心許ない。足元が見えないほどではないが、安心できるほどでもない。


「……もう少し明るくならないか」


 石が、ほんの少しだけ強く光った。


「……え?」


(反応した!?今、反応したよな!?やっぱりただの石じゃないだろお前!!いや知ってたけど!!)


 俺は石を顔の前に持ち上げる。


「……明るくなれるのか?」


 石は、それ以上は光らなかった。


「気まぐれか」


(思春期か!! 石のくせに!!)


 俺はため息をつき、また歩き出した。


 洞窟は、思ったより広かった。自然にできた洞窟というより、どこか人工的な気配がある。壁の一部には、何かの模様のようなものが刻まれていた。


 文字、だろうか。だが、俺の知っているどの文字にも見えない。


「……古代文字っぽいな」


(うわー!! いい!! こういうのいい!! 読めないけど!! 読めないからこそいい!!)


 指で壁の溝をなぞる。冷たい。長い年月を感じさせる、摩耗した線。俺の部屋にあるガラクタとは違う。これは間違いなく、何か大きな意味を持っていたものだ。


 たぶん。いや、知らないけど。


「……写真撮っとくか」


 スマホを取り出し、カメラを起動する。画面は少し乱れたが、撮影はできた。


「よし」


(こういう時、写真は大事!!後で見返してニヤニヤできる!!いや、帰れたらだけど!!)


 撮影した画像を確認しようとした瞬間、画面がちらついた。


「……ん?」


 保存はされている。

 だが、画像の一部が妙に歪んでいる。


 文字の部分だけ、光ったようにぼやけていた。


「……スマホの不具合か?」


 そう思うしかない。そう思うしかないが、さっきから現実的な説明がどんどん苦しくなっている。俺はスマホをしまった。


「……進むか」


 しばらく進むと、洞窟の空気が変わった。狭い通路の先に、広い空間がある。緑の光は、その中央を指していた。


「……着いた、のか?」


 足を踏み入れる。そこは、洞窟の中に作られた小さな広間のようだった。


 壁には崩れた石柱。床には砕けた石板。天井の一部から、細い光が差し込んでいる。


 そして広間の中央に――何かが、倒れていた。


「……なんだ、あれ」


 俺はゆっくり近づく。


 それは、人形のようにも見えた。ただし、人間ではない。


 小柄な体。丸みのある頭部。石と金属が組み合わさったような身体が、苔と土に半分埋もれている。胸の中央には、丸いくぼみがあった。


「……ゴーレム?」


(うおおおおお!!なにこれ!!小型ゴーレム!?古代遺跡の守護者!?朽ちた機械人形!?最高じゃないか!!)


 俺はしゃがみ込んだ。もちろん、警戒はしている。しているが、好奇心の方が勝っていた。


「……動かないよな?」


 指先で、肩のあたりを軽くつつく。反応はない。


「……壊れてるのか」


(いい!! 壊れてる感じもいい!! 完璧に動いてるやつより、こういう“かつて何かだった感”がいい!!)


 顔にあたる部分には、丸い目のような窪みが二つある。表情はない。だが、どこか愛嬌がある。


「……お前、何なんだろうな」


 そう呟いた時だった。手の中の石が、強く光った。


「……ん?」


 光の筋が、まっすぐゴーレムの胸のくぼみに伸びる。


「……はめろってことか?」


 俺は石とくぼみを見比べた。サイズは、どう見てもぴったりだ。


「いやいやいや」


 俺は首を振る。


「普通に考えたら危ないだろ」


(でも!!こんなのはめるしかないだろ!!胸部コア!! 再起動イベント!!絶対そういうやつ!!)


「……危ないよな」


(危ない!!でも見たい!!)


「……やめとくべきだよな」


(やめられるか!!)


 俺は深呼吸した。冷静に考える。


 ここは正体不明の洞窟。目の前には正体不明のゴーレム。手元には正体不明の光る石。正体不明の三点セットだ。


 どう考えても、まともではない。でも俺は…


「……ここまで来たらな」


 俺は石をくぼみに近づけた。

 ぴたり。石は、吸い込まれるように胸部へ収まった。


 次の瞬間、ゴーレムの身体に、緑色の光が走った。


「うおっ!」


 俺は思わず後ずさる。


 カチリ、という音がしたあとに、胸の石が脈打つように光る。ゴーレムの指が、ぴくりと動いた。


「……動いた」


(動いたああああ!!やっぱり動いた!!いや動いたら動いたで怖い!!何してくれてんだ俺!!)


 小型ゴーレムの目に、淡い光が灯る。そして、途切れ途切れの音声が響いた。


「……き、どう……確認……」

「喋った!?」

「魔力供給……極小……憑代損傷……多数……人格核……再接続……」

「待て待て待て」


 俺は両手を前に出す。


「急に専門用語を並べるな。わからん」


 ゴーレムはゆっくりと上体を起こした。土と苔がぱらぱらと落ちる。関節が少し軋んでいる。だが、その動きはどこか生き物じみていた。


「……再起動、完了しました!」


 急に声が明るくなった。そして、少女のような声だった。


「わあ……動きます! 私、動いています!」

「いや、こっちの台詞だが」


 ゴーレムは自分の両手を見つめ、指を開いたり閉じたりした。


「指も動きます! すごいです! ちょっと引っかかりますけど!」

「それはたぶん整備不良だな」

「整備……そうです! 私は整備が必要です!」

「自覚あるのか」


 ゴーレムは俺を見上げた。目の光がぱちぱちと瞬く。


「あなたが、私を起こしてくれたのですね!」

「たぶん、そうなるな」

「ありがとうございます!」


 ぺこり、と頭を下げた。動きが妙に丁寧だ。


「ええと……あなたのお名前は?」

「九楼仁」

「クロウ、ジン?」

「ああ。仁でいい」

「ジン!」


 ゴーレムは嬉しそうに言った。


「いい名前です!」

「そうか?」

「はい! 短くて呼びやすいです!」

「評価基準そこか」

「呼びやすいのは大事です!」


 真面目な声で言う。見た目は石と金属の小型ゴーレム。なのに、喋り方は妙に素直で、明るくて、幼い。


 なんというか。


(かわいいな、おい!!ゴーレムなのに!!声が完全に女の子なんだが!!ギャップがすごい!!)


「お前は?」

「私ですか?」

「ああ。名前」


 ゴーレムは少し考えるように首を傾げた。


「私は……シューシュ、です」

「シューシュ」

「はい! たぶん!」

「たぶん?」

「はい。記憶に、そう残っています!」

「不安な自己紹介だな」


 シューシュは少し考えるように胸のコアへ手を当てた。


「それと、私は精霊です!」

「……精霊?」

「はい! たぶん!」

「またたぶんか」

「でも、そういう記録があります!」


 俺は目の前の小さな身体を見た。

 石と金属でできた丸い頭。ぎこちなく動く関節。胸で光る緑のコア。


「見た目は完全に小型ゴーレムだが」

「これは憑代です!」

「より専門用語が増えた」

「精霊が宿るための身体です! たぶん!」

「つまり、お前は精霊で、その身体はゴーレムみたいな器ってことか」

「はい! ジンは理解が早いです!」

「理解したというより、そういうことにしただけだ」


 シューシュは胸を張った。小さな身体なので、あまり威厳はない。


「でも、シューシュです!」

「そうか。じゃあシューシュ」

「はい、ジン!」


 すごく自然に呼び捨てされた。


「……距離が近いな」

「近い方が聞こえやすいです!」

「そういう意味じゃない」


 シューシュは自分の身体を軽く動かしながら、周囲を見回した。


「ここは……」

「知ってる場所か?」

「……わかりません」

「わからないのか」

「はい。見覚えがあるような、ないような……でも、古いです」

「古いのは見ればわかる」

「とても古いです!」

「強調された」


 シューシュは胸の石に手を当てた。


「このコア……ジンが持っていたのですか?」

「拾った」

「拾った?」

「ああ。道端で」

「道端でコアが拾えるのですか?」

「普通は拾えないな」

「では、ジンはすごいです!」

「たぶん違う」

「でも拾いました!」

「拾ったのは事実だが」


 シューシュは真剣な顔――というか、目の光を強めた。


「この石は、ただの石ではありません」

「それは薄々わかってきた」

「これは、おそらくアーカイブ・コアです」

「アーカイブ・コア」


 聞き慣れない単語だった。


「何だそれ」

「記録、保管、接続、転移補助……いろいろできます!」

「いろいろが雑だな」

「まだ思い出している途中なのです!」

「便利な言い訳だ」

「便利は良いことです!」

「そこは同意する」


 シューシュは胸のコアを軽く叩いた。


「この中に、複数の物品反応があります」

「物品?」

「はい。小さなものがいくつか。分類不能です」

「分類不能?」

「はい。武器のような、道具のような、飾りのような、ゴミのような」

「最後だけ聞き捨てならないな」


 俺は眉をひそめる。


「ゴミではない。たぶん」

「でも、価値判定が難しいです」

「価値ってのは、そう簡単に判定できるもんじゃない」

「おお」


 シューシュが俺を見上げる。


「ジン、今のちょっとかっこいいです」

「やめろ。照れる」


(今の俺、いいこと言ったな!! ちょっと自分でも思った!!)


「その物品たちは、ジンの反応と強く結びついています」

「俺の?」

「はい。ジンが大切にしていたものかもしれません」

「……大切にしていたもの」


 俺は首を傾げた。何かが引っかかるが、まだはっきりとはわからない。


「俺の持ち物が、そこに入ってるってことか?」

「おそらく!」

「なぜ」

「わかりません!」

「元気に言うな」

「でも、調べればわかるかもしれません!」

「調べる時間はあるのか?」


 俺は周囲を見回した。


 洞窟。謎のゴーレム。謎のコア。謎の物品反応。現状、謎しかない。


「まずはここから出たい」

「はい! 外に出ましょう!」

「出口はわかるのか?」


 シューシュはぴたりと止まった。


「……たぶん、こちらです!」

「たぶん?」

「自信は半分くらいあります!」

「低いな」

「半分もあります!」

「ポジティブだな」


 シューシュは歩き出した。カタ、カタ、と小さな音が鳴る。


「……歩きにくそうだな」

「はい! この身体、あちこち固いです!」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫です! たぶん!」

「たぶんが多いな、お前」

「再起動直後なので!」


 シューシュは胸を張る。そのたびに、肩のあたりから小さな砂が落ちた。


「……本当に大丈夫か?」

「ジン、心配してくれるのですか?」

「まあ、今倒れられると困るからな」

「えへへ。困られました!」

「喜ぶな」


 俺たちは洞窟の通路を戻るように進んだ。シューシュの胸のコアが周囲を照らしている。さっきよりも明るい。


「便利だな、そのライト」

「ライトではありません! 私の胸です!」

「言い方」

「胸部コアです!」

「なら最初からそう言え」


 シューシュはしばらく考えてから言った。


「ジンは、胸という言葉が苦手ですか?」

「苦手というか、文脈を選べ」

「ぶんみゃく」

「そう、文脈」

「難しいです!」

「すぐ諦めるな」


(なんだこの会話!!洞窟で迷子なのに、胸部コアの言い方で揉めてる場合か!?でもちょっと楽しい!!)


 しばらく進むと、通路の先から、カリカリと何かを削るような音が聞こえ、俺は足を止める。


「……今の聞こえたか?」

「はい」


 シューシュも声を落とした。


「何の音だ」

「何かが石を食べている音に似ています」

「石を食べる?」

「たぶん」

「またたぶんか」


 カリ、カリ。音は近づいている。緑の光の先で、小さな影が動いた。


 ネズミ、のように見えた。ただし、普通のネズミではない。大きい。犬ほどではないが、かなり大きい。背中には石のような突起。目は薄く光っている。


「……なにあれ」


(いやいやいや!!動物!?ネズミ!?デカくない!? 目、光ってるんだけど!?やっぱり普通の洞窟じゃないだろここ!!)


 シューシュが小さく叫ぶ。


「石喰い鼠です!」

「知ってるのか?」

「名前だけ思い出しました!」

「攻略法は?」

「思い出せません!」

「役に立たないな!」

「ごめんなさい!」


 石喰い鼠がこちらを見る。いや、正確にはシューシュの胸部コアを見ている。緑の石に反応しているようだった。


「……お前の胸、狙われてないか」

「胸部コアです!」

「今そこ大事か!?」


 石喰い鼠が跳ねるように近づいてきた。


「来た!」

「ジン、逃げましょう!」

「言われなくても!」


 俺たちは走った。いや、走ったつもりだった。


 シューシュの足音はカタカタカタカタとうるさい。そして俺の革靴は洞窟の岩場にまったく向いていない。


「くそ、滑る!」


(革靴で洞窟探索は無理!! 装備ミス!! 完全に装備ミス!!)


「ジン! 右です!」

「どっちの右だ!」

「ジンの右です!」

「なら最初からそう言え!」

「ジンの右!」

「もう遅い!」


 俺は壁に手をつきながら曲がる。背後で、石喰い鼠の爪が岩を削る音がした。


 速い。思ったより速い。


「シューシュ、何かできないのか!」

「できます!」

「何が!」

「光ります!」

「もう光ってる!」

「もっと光ります!」


 シューシュの胸部コアがぴかっと強く光った。石喰い鼠が一瞬ひるむ。


「おお!」

「やりました!」

「すごいぞ!」

「はい!」


 次の瞬間、シューシュの光が少し弱まった。


「あ、ちょっと疲れました」

「持久力!」


 ひるんだのは一瞬だけだった。石喰い鼠はまたこちらへ向かってくる。


「他には!?」

「収納領域に反応があります!」

「収納領域?」

「武器らしきものです!」

「武器!?」


 その言葉に、俺は思わず振り返った。


「出せるのか!?」

「やってみます!」


 シューシュが胸のコアに両手を当てる。


「ええと……物品指定……抽出……ジンとの結びつきが強いもの……形状、剣……」


「剣!?」


(剣!? 剣があるのか!? 俺の人生に剣なんて――)


 そこで、嫌な予感がした。シューシュの胸元から緑の光が伸びる。その中から、小さな物体がぽんっと飛び出し、俺は反射的に受け取る。


 手の中にあったのは…銀色の小さな剣。赤いプラスチック宝石。ドラゴン模様。観光地のお土産屋で買った、剣のキーホルダーだった。


「……お前かよ」


(いや好きだけど!!好きだけど今じゃない!!いや今なのか!?今なのかお前!?)


 シューシュが目を輝かせる。


「武器です!」

「キーホルダーだ!」

「形は剣です!」

「サイズを見ろ!」

「気持ちで大きくしてください!」

「根性論か!」


 石喰い鼠が迫る。俺はキーホルダーを握った。


「どう使うんだこれ!」

「強く思ってください!」

「何を!」

「かっこいい感じです!」

「雑!」

「ジンはこれを好きだったはずです!」

「好きだけど!」

「なら、いけます!」

「いけるのか!?」

「たぶん!」

「またたぶん!」


 だが、もう時間がない。俺はキーホルダーを握りしめる。


(来い!!おみやげ剣!!今こそ全力で間違えたかっこよさを見せる時だ!!)


 その瞬間。キーホルダーの剣身から、淡い光が伸びた。


 短い。かなり短い。剣というより、光るカッター。だが、刃だ。


「出た!」

「出ました!」

「短い!」

「かわいいです!」

「褒め方!」


 石喰い鼠が飛びかかってくる。


「うわっ!」


 俺は反射的に光の刃を振った。


 剣術なんて知らない。腰も入っていない。たぶんフォームも最悪だ。だが、刃は石喰い鼠の前足をかすめた。


 鼠が嫌がるように跳ねて後退する。


「効いた!」

「すごいです、ジン!」

「俺がすごいのかこれは!?」

「両方です!」


(うひょー!!光の刃!!めちゃくちゃかっこいい!! でも怖い!!敵が普通に怖い!!)


 石喰い鼠は怯んだが、逃げない。むしろ仲間を呼ぶように、甲高く鳴いた。奥の暗がりで、複数の目が光る。


「……増えたな」

「増えましたね」

「冷静に言うな」

「ジン、戦いますか?」

「無理だな」

「では逃げましょう!」

「同感だ!」


 俺たちは再び走った。だが、今度はただ逃げるだけではない。手には、おみやげ剣――いや、光るカッターサイズの何かがある。


「名前は何ですか!?」


 走りながらシューシュが聞いてきた。


「今それ必要か!?」

「名前があると安定します!」

「そういうものなのか!?」

「たぶん!」

「たぶん禁止!」

「じゃあ、きっと!」

「言い換えただけだ!」


 俺は手元の光るキーホルダーを見る。お土産屋で買った剣。ダサくて、子供っぽくて、でも捨てられなかったやつ。


「……おみやげブレード」

「おみやげブレード!」


 シューシュが嬉しそうに繰り返した。


「かわいい名前です!」

「かわいさは求めてない」

「でもジンっぽいです!」

「それは褒めてるのか?」

「はい!」


 そう言われると、悪い気はしない。


(おみやげブレード!!名前ダサい!!でもいい!!むしろいい!!)


 通路の先に、古い蔦のようなものが垂れ下がっていた。洞窟の中なのに植物があるのは妙だが、今は気にしていられない。その蔦が、道を塞いでいる。


「邪魔だ!」


 俺はおみやげブレードを振る。光の刃が蔦を切った。意外なほど、すぱっと切れた。


「おお!」

「ジン、すごいです!」

「戦闘よりこっち向きだな!」

「便利です!」

「褒め言葉として受け取る!」


 蔦が切れたことで、上から石が崩れた。小さな落石が通路を塞ぎ、追ってきた石喰い鼠たちの足を止める。


「よし!」

「やりました!」


 シューシュが小さく跳ねる。その瞬間、足元の石に引っかかった。


「あ」

「おい!」


 シューシュが前のめりに転ぶ。俺は慌てて腕を伸ばし、どうにか受け止めた。軽い。見た目よりずっと軽い。


「大丈夫か?」

「はい! 今のは地面が悪いです!」

「責任転嫁が早い」

「地面、反省してください!」

「地面に言っても無駄だ」

「では私が反省します!」

「素直だな」


 背後で、石喰い鼠たちが落石を乗り越えようとしている音がする。


「反省は後だ。行くぞ」

「はい!」


 通路の先に、光が見えた。自然光だ。


「出口か?」

「たぶん出口です!」

「今度こそ当たってくれ」

「当てます!」

「気合いで出口は当たらない」


 出口の手前は、狭い隙間になっていた。人間一人がどうにか通れるくらい。シューシュなら余裕で通れそうだ。


「先に行け」

「ジンは?」

「後から行く」

「本当ですか?」

「本当だ」

「約束です!」

「はいはい」


 シューシュが隙間を抜ける。俺も続こうとした時、背後から石喰い鼠が飛びかかってきた。


「っ!」


 俺は咄嗟におみやげブレードを振る。刃は鼠を斬るのではなく、天井から垂れた細い根を切った。すると、出口手前の岩が崩れ、鼠との間に小さな壁ができた。


「ジン!」


 外側からシューシュの声。


「今行く!」


 俺は体を横にして、狭い隙間に滑り込む。服が岩に擦れる。肩が引っかかる。


「くそ、狭い……けど!」


 俺は地面に転がるようにして、外へ出た。どうにか抜け出した瞬間、空気が変わった。湿った洞窟の空気ではない。


「風だ」


 広い場所を渡ってきた、外の風だった。


「……っ、はあ……」


 息を整えながら、顔を上げる。そして、言葉を失った。


 そこには、広大な景色が広がっていた。草原。遠くに連なる山々。空には、見たこともないほど大きな雲。


 そして、その向こうに――巨大な塔のような遺跡が見えた。


 人間が作ったものなのか、自然にできたものなのかもわからない。だが、明らかに俺の知っている建物ではない。さらに空の高いところを、鳥のようなものが飛んでいる。いや、鳥にしては大きすぎる。翼の形も違う。


「……マジか」


(やっぱりそういうやつじゃないか!!これはもうそういうやつだろ!!洞窟だけならギリギリ言い訳できたけど、この景色は無理!!完全に知らない世界!!)


 隣で、シューシュが両手を広げていた。


「外です! ジン、外ですよ!」

「見ればわかる」

「空が青いです!」

「そこから喜ぶのか」

「はい! 青い空は嬉しいです!」


 シューシュは本当に嬉しそうだった。小さなゴーレムの身体で、まるで子どものように空を見上げている。その姿を見ていると、少しだけ胸が緩む。


「……変なやつだな」

「変ですか?」

「まあ、かなり」

「ジンも変です!」

「否定しづらいな」


 シューシュはしばらく空を見上げていたが、やがて小さく首を傾げた。


「……でも」

「どうした?」

「変です」

「俺が?」

「いえ、世界が」


 シューシュの声が、少しだけ静かになった。


「私の知っている世界と、違います」

「……お前も知らないのか」

「はい」


 胸のコアが、淡く揺れた。


「もっと、声がありました」

「声?」

「精霊の声です。風にも、土にも、水にも、たくさんいました」

「私と同じようなものたちの声です」


 シューシュは草原を見つめる。


「でも、今は……とても静かです」


 俺には、その違いはわからない。ただ、シューシュの声が寂しそうなのはわかった。


「……そうか」

「はい」


 少しの沈黙。俺は手の中のおみやげブレードを見る。光の刃はもう消えていて、ただの剣キーホルダーに戻っていた。


 俺の部屋にあった、しょうもないコレクション。それが、さっき俺たちを助けた。


「……なあ、シューシュ」

「はい」

「これ、俺の部屋にあったやつだ」

「お部屋?」

「俺が元いた場所だ」

「ジンの巣ですか?」

「巣ではない」

「では、おうち」

「そうだな。家だ」


 シューシュは胸のコアを見た。


「では、このコアの中には、ジンのおうちのものが入っているのかもしれません」

「……マジか」


(俺のコレクション、こっちに来てるのか!?え、待て!!それは嬉しいような困るような!!いや、嬉しい!!でも部屋の棚はどうなった!?)


「全部出せるのか?」

「今は難しいです」

「なぜ」

「私が起きたばかりだからです!」

「またそれか」

「あと、ジンが思い出せるものの方が出しやすいです」

「思い出せるもの?」

「はい。ジンが『これだ』と思えるものです」

「……なるほど」


 便利なようで、そうでもない。だが、俺らしいとも思った。何を持っていたか。なぜそれを大事にしていたか。それを覚えていなければ、取り出せない。


(つまり俺の記憶と愛着が鍵ってことか!!いい!!すごくいい!!でも不便!!そこがまたいい!!)


 俺はおみやげブレードを見つめる。


「……お前が初陣とはな」


 剣キーホルダーは、当然何も答えない。だが、少しだけ誇らしげに見えた。


「ジン」


 シューシュが俺を呼んだ。


「何だ?」

「これから、どうしますか?」

「……どうするか」


 俺は遠くの景色を見る。


 知らない世界。知らない空。知らない遺跡。帰る方法はわからない。ここがどこかもわからない。


 隣には、精霊を名乗る小型ゴーレム。胸には、俺の拾った緑の石。手には、さっき一瞬だけ光の刃を出したおみやげ剣キーホルダー。状況としては、だいぶ終わっている。


 でも。


(ちょっと、いや、かなり面白くなってきたな!!)


「まずは、人を探す」

「人ですか?」

「ああ。ここがどこなのか、聞かないと始まらない」

「ジン、しっかりしています!」

「しっかりしないと死にそうだからな」

「それは困ります!」

「俺も困る」


 その時だった。


「……あんたたち」


 声がした。俺とシューシュは同時に振り返る。岩場の上に、一人の少女が立っていた。


 赤に近い茶色の長い髪を無造作にまとめ、腰に短剣。背には弓。旅装束のあちこちには、小さな道具が括りつけられている。年齢は二十歳前後か。


 少女は、俺とシューシュを交互に見た。そして、眉をひそめる。


「その格好で、旧遺跡から出てきたの?」


 俺はシューシュを見る。シューシュも俺を見る。


「……旧遺跡?」


 少女は、心底呆れたように息を吐いた。


「あんたたち、もしかして何も知らないわけ?」


 こうして俺は、この世界で最初の人間――いや、正確には人間かどうかもまだわからない少女と出会った。

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