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価値なき石の拾い主 〜ガラクタ好きのおっさんと、記憶を失った小さなゴーレム〜  作者: でう


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第十話:精霊の加護

 腕試しが終わったあとも、訓練場の空気はしばらく落ち着かなかった。


 白札の俺が、青札のダリオの札を落とした。おみやげブレードは一瞬だけ本物の短剣みたいになった。グレン支部長は面白そうに笑っているし、イオナは何か言いたげな顔をしている。


 そして当の俺はというと、勝ったという実感がまったくなかった。尻は痛い。肩も痛い。足も少し震えている。立っているだけで、体のあちこちが「お前は運動不足だ」と訴えてくる。


 それでも、ダリオの青札は落ちた。俺は立てなくなっていない。降参もしていない。つまり、条件だけで言えば、俺の勝ちだった。


(勝った!!……と言っていいのか!?いや、勝ったらしい!!勝ったらしいけど、体感は完全に負け試合!!)


 ダリオは切れた留め具のついた青札をポケットにしまい、相変わらず気だるげに笑っている。


「いやあ、面白かったな、大将」

「その呼び方はやめてくれ」

「嫌だね」

「即答か」

「気に入ったからな」


 イオナが横からため息をついた。


「ダリオ、一度気に入るとしつこいのよ」

「今実感してる」

「まだ数回しか会ってないのに理解が早いわね」

「被害者だからな」

「大げさだな、大将」

「その呼び方が被害なんだが」


 シューシュは俺の肩の上で、胸のコアをぱかぱか明るくしていた。


「ジン、大将です!」

「違う」

「勝った大将です!」

「勝った気はしない」

「でも勝ちました!」

「それは……まあ、そうなんだが」


 シューシュは嬉しそうだ。俺より勝利を信じている。


 グレン支部長は腕を組み、にやにやとこちらを見ていた。


「いい腕試しだったな」

「本当にそうですか?」

「ああ。白札が青札相手に力比べで勝てるわけがねえ。だが、お前は力比べに持ち込まなかった。そこは悪くない」

「褒められてるんですか?」

「褒めてる」

「最近、褒め言葉がわかりにくい人が増えた気がします」

「それは周りの問題か、ジンの受け取り方の問題かしらね」


 イオナが真顔で言う。


「両方だな」

「意外と冷静ね」

「自覚はある」


 ダリオが短刃を鞘に収めた。風切りの白い揺らめきは消えている。その動作だけ見ると、さっきまで俺を吹き飛ばしかけていたとは思えないほど自然だった。


「で、大将」

「何だ」

「俺も入れろよ」

「何に?」

「パーティ」


 俺は一瞬、返事に詰まった。


「……急だな」

「そうか?」

「そうだろ」

「面白そうだからな」

「理由が軽い」

「十分だろ」

「本人が十分ならいいのか……?」


 イオナが眉をひそめた。


「ちょっと待ちなさい。勝手に決めないで」

「勝手には決めてねえよ。入れろって言ってるだけだ」

「相談もなしに言い出すのが勝手なの」

「じゃあ正式に頼む。俺もパーティに入れてくれ」

「そういう問題じゃないわよ」


 シューシュが勢いよく手を挙げた。


「仲間が増えます!」

「まだ決まってない」

「でも増えそうです!」

「シューシュ、そういう時だけ感知が早いな」

「仲間センサーです!」

「そんな機能あったか?」

「今作りました!」

「作るな」


 ダリオは楽しそうに笑い、俺を見る。


「前衛、足りてねえだろ」

「前衛」

「ああ。イオナは探査と判断。シューシュは収納と変な解析。大将は……」

「俺は何だ?」

「拾う係」

「役職として弱いな」

「あと、土壇場で変なことをする係」

「褒めてるのか?」

「褒めてるって」

「やっぱりわかりにくい」


 ダリオは肩をすくめた。


「ま、真面目に言えば、戦えるやつが一人いた方がいい。大将、発想は悪くねえけど体の使い方が危なっかしい。イオナ一人で全部守るのはきついだろ」

「それは……」


 俺はイオナを見る。


 イオナは少しだけ不機嫌そうな顔をしていたが、否定はしなかった。


「……戦力として必要なのは認めるわ」

「だろ?」

「でも、あんたは面倒」

「それも認める」

「認めればいいってものじゃない」


 ダリオは気にしていない。


 俺は少し考えた。戦力としてダリオが入るのは、正直かなり心強い。さっきの腕試しだけでも、ダリオの強さは嫌というほどわかった。


 だが、簡単に「いいぞ」と言っていいことでもない。パーティを組むなら、共有しておくべきことがある。


「ダリオ」

「あ?」

「入るなら、先に話しておくことがある」

「何だ。借金か?」

「借金はない。金もないけどな」

「それはそれで問題だろ」

「今はその話じゃない」

「じゃあ何だ」

「俺とシューシュのことだ」


 肩の上で、シューシュが首を傾げた。


「私ですか?」

「ああ」


 俺はシューシュを見た。


「シューシュは、ただのアーティファクトじゃない」

「私は相棒です!」

「それもある」

「相棒です!」

「そこは譲らないんだな」

「はい!」


 俺は小さく息を吐いた。


「シューシュは、自分を精霊だと言っている」

「精霊?」


 ダリオの目が少しだけ細くなった。グレン支部長も、面白そうだった表情を少し引っ込めた。


「おとぎ話のやつか」

「そうらしい」

「そうらしいって何だよ」

「本人も、記憶が曖昧なんだ」


 イオナが横から補足した。


「私は前に聞いてるわ。シューシュの説明だと、小型ゴーレムみたいに見えるこの身体は憑代。中に宿っているのが精霊、ということらしいわ」

「らしい、が多いな」

「仕方ないでしょ。本人も『たぶん』って言うんだから」


 シューシュは胸を張った。


「私は精霊です! たぶん!」

「そこに自信を持てないのか」

「でも、記録にはそうあります!」

「記録か」


 ダリオはシューシュをじっと見る。


「確かに、ただのアーティファクトにしちゃよく喋る」

「私はよく喋ります!」

「それはわかる」

「褒められました!」

「褒めたか?」

「たぶん!」

「便利だな、そのたぶん」


 シューシュは嬉しそうに胸のコアを光らせた。


 俺は少しだけ視線を落とす。ここからが問題だ。俺がこの世界の人間ではないことは、まだ誰にも話していない。話すべきなのかもしれない。でも、今はまだ怖い。


 信じてもらえるかもわからない。面倒を呼ぶかもしれない。利用されるかもしれない。イオナを信じていないわけではない。ダリオも、グレン支部長も悪い人ではないと思う。


 それでも、今ここで全部を話す気にはなれなかった。だから俺は、嘘になりすぎない形で言うことにした。


「俺は、気がついたら緑灯窟にいた」

「……あそこで目ぇ覚ましたのか?」


 ダリオの表情が少しだけ変わった。

 緑灯窟は、俺がこの世界で最初に目を覚ました旧遺跡だ。


「手元には光る石があって、その石が洞窟の奥を指していた」

「それで?」

「進んだ先に、シューシュがいた。胸のくぼみに、その石がぴったりはまった。そこから、シューシュが動き出した」


 シューシュは自分の胸のコアに手を当てた。


「ジンが起こしてくれました!」

「結果的にはな」

「はい! 起こしてくれました!」

「……まあ、そういうことにしておく」


 イオナは黙って聞いていた。グレン支部長が腕を組み直す。


「その前の記憶は?」

「……少し曖昧です」


 本当は違う。


 俺には元の世界の記憶がある。会社員だったことも、部屋にガラクタを集めていたことも、コンビニ弁当も、スマホも、革靴も覚えている。


 けれど、それを今ここで話す気にはなれなかった。


「気づいたら洞窟。手元に石。奥に精霊を名乗る小型ゴーレム、か」


 ダリオが笑う。


「面白すぎるだろ」

「俺としては笑えない」

「いや、だいぶ笑える」

「人の境遇で笑うな」

「悪い悪い」


 全然悪いと思っていない顔だった。


 グレン支部長はしばらく黙ってから、俺を見た。


「今は、それ以上聞かねえでおく」

「いいんですか?」

「言いたくなったら言え。言えねえ事情があるやつなんざ、ハンターには珍しくねえ」

「……ありがとうございます」


 グレンの声は、いつもより少しだけ低かった。


 俺は少しだけ肩の力を抜く。


 イオナは何も言わなかった。ただ、こちらを一度見て、小さく頷いた。


「それで、ジン」

「何だ?」

「ダリオを入れるなら、ただの人数合わせにはできないわよ」

「人数合わせ」

「前衛が足りないから入れる。それだけでも理由にはなる。でも、あんたたちには調べたいことがあるんでしょ」

「……そうだな」

「なら、ちゃんと言いなさい。このパーティで、何を一番にするのか」


 正論だった。


 俺はシューシュを見る。


 シューシュは何も言わず、俺を見上げている。胸のコアが淡く光っていた。


 俺は、ゆっくり言葉を選んだ。


「まずは、シューシュの記憶を取り戻したい」

「私の記憶ですか?」


 シューシュの声が少しだけ小さくなる。


「ああ。お前が何者なのか。アーカイブ・コアが何なのか。精霊の声が消えた理由も、たぶん関係している」

「精霊の声?」

「前に、シューシュが言ってた。昔は風にも土にも水にも、精霊の声があった。でも今は静かだって」

「……そうね。聞いたわ」


 イオナの表情が真剣になる。


「精霊は、この世界ではおとぎ話みたいな存在よ。昔話には出てくるけど、今、本気で信じている人はほとんどいない」

「だろうな」

「でも、シューシュがそう言うなら……何かはあるのかもしれない」


 シューシュは胸のコアを両手で押さえた。


「私、思い出したいです」

「ああ」

「でも、怖い気もします」

「怖い?」

「はい。何を忘れているのか、わからないので」

「……そうか」


 俺は少しだけ黙った。


 記憶がないというのは、たぶん怖い。何を失くしたのかもわからない。大事なものだったのか、辛いものだったのかもわからない。


 それでも、シューシュは知るべきだ。そして、俺も知りたい。


 あの石がなぜ俺を導いたのか。なぜシューシュの胸にはまったのか。なぜ俺の部屋にあったものが、アーカイブ・コアの中にあるのか。


 その先に、俺がここに来た理由もあるのかもしれない。帰る方法も、あるのかもしれない。


 帰る。


 その言葉を頭の中で転がすと、少しだけ胸が重くなった。俺は元の世界に帰りたいのか。


 当然、帰りたいと思うべきだろう。仕事も部屋もあった。棚に並べたガラクタもあった。あの生活が嫌いだったわけじゃない。


 でも、この世界を見て、怖いと思った。危ないと思った。面倒だと思った。それと同時に、少しだけ先が見たいと思ってしまった。そのことは、まだ誰にも言えない。


「だから、シューシュの記憶を探す。それが、今の一番の目的だ」


 俺はそう言った。シューシュの胸のコアが、ぱっと明るくなる。


「ジン……!」

「泣くな」

「泣いてません! 感動発光です!」

「便利な発光だな」


 ダリオが口の端を上げた。


「おとぎ話の精霊の記憶探し、か。いいじゃねえか」

「軽いな」

「軽くねえよ。面白そうってだけだ」

「それを軽いと言うんだ」

「でも、俺は嫌いじゃねえ」


 イオナは少し考えてから、静かに言った。


「なら、ダリオが入るなら、ちゃんと登録を更新した方がいいわね」

「やっぱり書類か」

「当然でしょ」

「書類からは逃げられないな」

「どこの世界でもそうかは知らないけど、少なくともこの街ではそうよ」

「重い現実だ」


 グレン支部長がにやりと笑った。


「なら、受付に行くか。ダリオを入れるなら、仮パーティ登録も更新だ」

「ダリオが入ると、何か変わるんですか?」

「変わる。パーティランクは今でもイオナがいるから青札扱いだ。だが、青札が二人になれば組合からの信用は上がる。受けられる依頼も少し広がるだろうな」

「俺は白札なのに」

「お前が青札になるわけじゃねえ。青札パーティにいる白札だ」

「肩書きだけ急に強くなった気がする」

「中身は変わらねえから安心しろ」

「安心していいのか、それ」


 ダリオが俺の肩を軽く叩いた。


「大将は大将だろ」

「その肩書きも認めてない」

「そのうち慣れる」

「慣れたくない」


 俺たちは訓練場を出て、組合の受付へ向かった。




 受付の女性は、俺たちを見て一瞬だけ目を丸くした。


 無理もない。昨日仮パーティ登録をしたばかりなのに、今日はメンバー追加と名前登録だ。しかも俺は土まみれで、ダリオは青札の留め具が切れている。


「……腕試しは、終わったんですね」

「はい。何とか」

「何とか、ですか」

「本当に何とかでした」


 受付の女性は苦笑しながら、書類を取り出した。


「本日はどうされましたか?」

「仮パーティにダリオを追加したいの」


 イオナが前に出て言うと、受付の女性は書類を確認してから、小さく頷いた。


「承知しました。では、メンバー追加ですね。メンバーを追加されるのでしたら、そろそろパーティ名も決めておきますか?」

「パーティ名?」


 俺が聞き返すと、受付の女性は苦笑した。


「はい。仮登録のままでも依頼は受けられますが、青札パーティとして継続して活動されるなら、名前があった方が何かと便利です」


 そこで、全員の動きが止まった。そういえば、名前を決めていない。


「……名前」

「そこまで考えてなかったのね」


 イオナが呆れたように言う。


「今から決めればいい」

「そういうところよ」

「じゃあ、私が考えます!」


 シューシュが元気よく手を挙げた。


「精霊の記憶探し隊!」

「長い」

「では、シューシュ記憶回収隊!」

「そのまますぎる」

「小型ゴーレムと仲間たち!」

「前に似たようなのを却下しただろ」

「難しいです!」


 ダリオが腕を組む。


「大将と精霊」

「却下」

「早えな」

「俺を前に出すな」

「じゃあ、大将と愉快な……」

「最後まで言わなくていい」

「面白そうなのに」

「面白そうだから止めたんだ」


 グレン支部長が笑いをこらえている。受付の女性も、少しだけ口元を押さえていた。


 イオナがこめかみを押さえる。


「真面目に考えなさい」

「考えてる」

「どこがよ」

「じゃあ……精霊と、拾ったものの……何か」

「何かで終わらないで」

「精霊と拾いもの隊!」

「だいぶ雑になったわね」

「拾いものは大事だろ」

「大事でも名前にそのまま入れると安っぽいのよ」


 俺は少し考えた。


「じゃあ、欠片とか」

「欠片?」

「シューシュの記憶の欠片を拾う。壊れた遺物も、拾われなかったものも、欠片ならまだ残ってる感じがする」

「……それは、悪くないわね」


 イオナは腕を組み、少しだけ考え込んだ。


「でも、登録名としてはもう少し整えたいわ」

「整える」

「精霊の記憶を探す。あんたは石に導かれてシューシュに出会った。シューシュのコアは、あんたたちを何度も助けてる」

「そうだな」

「なら……精霊の加護、はどう?」


 その場が少し静かになった。


「精霊の加護」


 俺は口の中で繰り返す。加護。守り。導き。あの緑の石が俺をシューシュへ導いたこと。シューシュが光って、収納して、無茶苦茶な方法で俺たちを助けていること。


 そして、そのシューシュが精霊を名乗っていること。


 悪くない。なんかいい。


「私は加護ですか?」

「調子に乗らない」

「加護ります!」

「動詞にしない」


 シューシュの胸のコアは、かなり明るくなっていた。


 ダリオはにやりと笑う。


「いいんじゃねえの。大将っぽくはねえけど」

「どういう意味だ」

「大将が考えたら、もっと変な名前になりそうだろ」

「否定できない自分が悔しい」

「なら決まりだな」


 イオナが受付へ向き直る。


「パーティ名は、精霊の加護でお願いします」


 受付の女性は、少しだけ目を丸くした。


「精霊の加護、ですか」

「はい」


 受付の女性は、羽ペンを持ったまま、少し困ったように俺たちを見た。


「本当にいいんですか? 精霊は、おとぎ話の存在ですし……少し、変わった名前として扱われるかもしれません」

「変わった名前」

「はい。もちろん登録自体は可能です。ただ、精霊を名乗るパーティはかなり珍しいので」


 イオナは俺を見る。ダリオも俺を見る。シューシュは、胸のコアを両手で押さえたまま、俺を見ていた。


 俺は、少しだけ息を吐く。おとぎ話でもいい。シューシュが自分を精霊だと言うなら、少なくとも俺たちの中ではそう扱えばいい。否定する理由はない。それに、あの石が俺を導いたのも事実だ。


 俺は受付の女性に向き直った。


「それでお願いします」


 迷わず言うと、シューシュのコアがぱっと強く光った。


「ジン!」

「光りすぎるな。受付が眩しい」

「嬉しいです!」

「それはよかった」


 受付の女性は少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。


「わかりました。では、パーティ名を登録します」


 羽ペンが紙の上を走る。俺には文字は読めない。だが、その紙に今、俺たちの名前が書かれているのはわかった。


「代表者はイオナさんのままでよろしいですか?」

「ええ」

「追加メンバー、青札ハンター、ダリオさん。登録アーティファクト、シューシュ。白札ハンター、ジンさん」

「私は相棒です!」

「書類上は登録アーティファクトです」

「書類上です!」

「はい」


 受付の女性はもう慣れた様子だった。


 受付の女性が、書類を整えた。


「登録を更新しました。追加メンバーはダリオさん。パーティ名は、精霊の加護ですね」

「精霊の加護……」


 シューシュが小さく繰り返す。


「ジン、私たち、精霊の加護です!」

「ああ」

「かっこいいです!」

「イオナに感謝だな」

「イオナ、すごいです!」

「べ、別に。名前を整えただけよ」


 イオナは少しだけ視線を逸らした。


 ダリオが面白そうに言う。


「照れてんのか?」

「照れてない」

「そうか?」

「照れてない」

「二回言うと怪しいぞ」

「うるさい」


 グレン支部長が楽しそうに笑った。


「いい名前じゃねえか。精霊の加護。おとぎ話みたいで、覚えやすい」

「支部長まで面白がってますね」

「当たり前だろ。面白いものは面白い」

「隠す気がない」


 登録が終わり、俺たちは受付から少し離れた。


 精霊の加護。口に出すと、少しむず痒い。だが、不思議と嫌ではなかった。




 その後、ミラさんに影針とおみやげブレードを見せることになった。


 影針の方は、刃の根元に残った黒い糸模様を見て、ミラさんが目を細めた。


「定着してますね。完全に元には戻らないでしょう」

「やっぱりですか」

「はい。探査機能の方は問題なさそうです。ただ、影を留める力はまだ扱いが難しいですね。しばらくは無理に連続使用しないでください」

「ほら、言ったでしょ」


 イオナが俺を見る。


「俺が使うわけじゃない」

「あんたの周りで変なことが起きるのよ」

「否定しきれない」


 続いて、おみやげブレードだ。


 俺は剣のキーホルダーを手に持ち、さっきの感覚を思い出そうとした。


(お土産屋で見つけた時、最高にかっこいいと思った。届け、と思った。あの感じだ。あの感じをもう一回……)


 俺は真剣に握り込む。


「……」


 何も起きない。


「ジン?」

「待て。今、やってる」

「頑張ってください!」

「頑張ってる」


 さらに力を込める。


「……届け」

「小声で何か言ってるわね」

「言うな。集中が切れる」


 キーホルダーは、ほんの少しだけ淡く光った。


 だが、すぐに消えた。


「……駄目だな」

「駄目ですか」

「さっきみたいにはならない」


 ミラさんは興味深そうにキーホルダーを見ていた。


「条件付きの一時変化かもしれませんね」

「条件?」

「強い感情、危機、明確な目的、対象との結びつき。そういったものが重なった時だけ反応するタイプかもしれません」

「つまり、普通に出そうとしても出ないと」

「今のところは、そう見えます」

「不便だな」

「でも、危険な力がいつでも出るよりは安全です」


 シューシュは俺の肩で真剣に頷いた。


「ジンの思いが足りません!」

「足りないと言われると傷つく」

「もっと届けー!です!」

「それを常時やるのはきついな」


 イオナがため息をつく。


「とにかく、これも無理に使わないこと。いい?」

「わかった」

「本当に?」

「努力する」

「約束」

「……無理に使わない」

「よろしい」


 ミラさんへの報告が終わる頃には、俺の体はかなり重くなっていた。


 もう今日は何もしたくない。そう思ったところで、ダリオが俺の肩に手を置いた。


「で、大将」

「嫌な予感しかしない」

「明日から朝練な」

「なぜ」

「あんた、体の使い方がひどい」

「勝った直後に言うことか」

「勝ったから言ってんだよ」


 ダリオは真顔で言った。


「あれは発想で勝っただけだ。足運び、重心、受け身、全部危なっかしい。あのまま遺跡に入ったら、敵より先に地面に負ける」

「地面に負ける」

「今日も何回か負けかけてたろ」

「否定できない」


 イオナが横から頷いた。


「それは私も思ってた」

「イオナまで」

「昨日からずっと思ってた」

「結構前からだった」


 シューシュも手を挙げる。


「ジン、よく転びます!」

「味方がいない」

「味方だから言ってるのよ」

「正論だな」


 ダリオはにやりと笑った。


「明日の朝、組合の訓練場に来い。まずは立ち方と転び方からだ」

「転び方?」

「受け身だよ。転ばないのが一番だが、転ぶなら怪我しないように転べ」

「実用的すぎる」

「ハンターはそういうもんだ」


(異世界四日目、朝練決定!!会社員時代より健康的!!でもたぶん死ぬ!!)


「それと」


 今度はイオナが言った。


「夜は読み書きね」

「夜?」

「あんた、依頼書も読めないでしょ。パーティとして動くなら、最低限の文字くらい覚えてもらうわ」

「朝は訓練、夜は勉強か」

「そうよ」

「急に生活が学生みたいになってきたな」

「学生?」

「いや、こっちの話だ」


 イオナは腕を組んだ。


「文字が読めないと、依頼内容も報告書も契約も確認できない。毎回私が読むわけにもいかないでしょ」

「正論だな」

「だから、夜に少しずつ教える」

「助かる」

「べ、別に。必要だからよ」


 シューシュが胸を光らせた。


「私も勉強します!」

「お前は読めるのか?」

「たぶん読めません!」

「仲間だな」

「はい! 文字仲間です!」

「そこは胸を張るところじゃないわよ」


 ダリオが笑った。


「朝は俺、夜はイオナか。大将、忙しくなるな」

「仕事より忙しい気がしてきた」

「仕事?」

「いや、こっちの話だ」

「逃げるなよ」

「読み書きからもか?」

「もちろんよ」


 イオナとダリオの声が、ほぼ同時に重なった。


「逃げ道がない」


 俺が呟くと、シューシュが元気よく手を挙げた。


「ジン、頑張りましょう!」

「他人事みたいに」

「一緒に勉強します!」

「なら少し心強い」


 イオナが少しだけ口元を緩めた。


「まずは自分の名前を書けるようにするところからね」

「小学生みたいだな」

「何それ」

「いや、こっちの話だ」


 俺は深くため息をついた。その時、ふと別の現実が頭をよぎった。


「……問題は、宿代だな」

「宿代?」


 イオナが聞き返す。


「昨日の報酬で中古ブーツを買ったから、財布がかなり心細い。朝練して、依頼を受けて、夜に勉強して……となると、宿に戻る余裕も金もあまりない」

「そういえば、あんた本当にお金ないのよね」

「本当にない」

「胸を張るところじゃないわよ」


 その時、グレン支部長が腕を組んだまま言った。


「なら、しばらくここに寝泊まりするか?」

「ここ?」

「組合だ。裏に空き部屋がある。物置みてえなもんだが、雨風はしのげる」


 俺は思わずグレンを見た。


「いいんですか?」

「勘違いするなよ。宿屋じゃねえ。飯は出ねえし、寝具も自分で何とかしろ。掃除もする。邪魔になったら追い出す」

「条件が現実的ですね」

「タダほど高いものはねえからな」


 グレンはにやりと笑った。


「その代わり、訓練場は好きなだけ使え。朝でも夜でもな。どうせダリオにしごかれるなら、近い方がいいだろ」

「逃げ道がなくなってませんか?」

「最初から逃がす気はねえよ」


 ダリオが面白そうに笑った。


「よかったな、大将。朝起こしに行く手間が省ける」

「まったくよくない」

「寝坊したら叩き起こす」

「やめてくれ」

「訓練だ」

「寝起きまで訓練にしないでくれ」


 シューシュが胸を光らせた。


「組合暮らしです!」

「暮らしというほど快適ではなさそうだが」

「秘密基地みたいです!」

「その言い方は少し惹かれるな」

「惹かれないで」


 イオナが呆れたように言った。


「でも、悪くないと思うわ。宿代を浮かせられるし、朝練にも夜の勉強にも都合がいい」

「夜の勉強もここでやるのか」

「その方が早いでしょ。組合なら依頼書もあるし、文字の教材にも困らない」

「教材が全部実務書類なのか」

「実用的でいいじゃない」

「急に社会人研修感が出てきた」

「何それ」

「いや、こっちの話だ」


 俺は少し考えた。


 宿の白鹿亭はありがたい場所だ。だが、今の俺には金がない。これから装備も必要になる。読み書きも覚えないといけない。体も鍛えないといけない。


 そう考えると、組合に寝泊まりできるのはかなり助かる。ただし、確実に逃げ場はなくなる。


(朝はダリオ!!夜はイオナ!!寝床は組合!!異世界生活、急に合宿になった!!)


「……お願いします」


 俺が頭を下げると、グレンは満足そうに頷いた。


「よし。なら後で空き部屋を案内してやる」

「ありがとうございます」

「感謝するなら、ちゃんと働け。組合に置く以上、こっちも面倒を見る代わりに働いてもらう」

「雑用ですか?」

「雑用もだ。掃除、荷運び、依頼書の整理。文字の勉強にもなるだろ」

「逃げ道がさらに消えた」

「いいことじゃねえか」


 グレンは豪快に笑った。俺は笑えなかった。


 朝はダリオの基礎訓練。夜はイオナの読み書き講座。寝床は組合の空き部屋。そして合間に雑用。


(ファンタジー感どこ行った!?)


 それでも、一人ではない。


 肩の上にはシューシュがいる。隣にはイオナがいて、少し離れたところでダリオが面白そうに笑っている。グレン支部長は、たぶん面倒を見る気があるのか、面白がっているだけなのか、その両方なのかわからない。


 この世界で何をしたいのか。まだ全部はわからない。でも、ひとまず決まったことがある。


 シューシュの記憶を探す。精霊の加護として、遺跡を歩く。


 そして明日は、朝から転び方を覚える。


(やっぱり平和は遠い!!)


 こうして俺たちの仮パーティは、少しだけ形を変えた。青札パーティ、精霊の加護。


 名前だけ聞けば、ずいぶん立派だ。


 中身はまだ、白札の俺と、精霊を名乗る小型ゴーレムと、世話焼きの青札と、面白がりの青札。


 それでも、一人ではない。


 そのことだけは、確かだった。

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