表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
価値なき石の拾い主 〜ガラクタ好きのおっさんと、記憶を失った小さなゴーレム〜  作者: でう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/14

第九話:白札の腕試し

 イオナが組合へ向かったあと、俺とシューシュは組合の裏手にある訓練場へ向かった。


 影針の変化をミラさんに報告することも気になっていたが、今はそれどころではない。何より考えるべきなのは、この後行うダリオとの腕試しだ。




 組合の訓練場は、建物の裏手にあった。固く踏み固められた土の広場。木製の的。訓練用の棒や、刃を落とした練習用の武器が壁際に並んでいる。


 ダリオはすでにそこにいた。いつものようにだるそうに立っている。だが、腰の短刃に手をかけている。


 その隣には、なぜかグレン支部長までいた。


「見物人がいるんですが」

「面白そうだからな」


 グレンが笑った。


「支部長、仕事は?」

「してるぞ。白札の腕試しを見るのも立派な仕事だ」

「本当ですか?」

「もちろんだ。ちゃんと骨は拾ってやる」

「帰りたくなってきた」


 ダリオが気だるげに手を上げた。


「あー、来たな」

「できれば忘れていてほしかった」

「忘れるわけねえだろ」

「だろうな」


 ダリオは首元に指を入れ、服の内側から青札を引っ張り出した。黒い革紐の先で、青い札が胸元に揺れる。


「勝ち負けは簡単にしようぜ。こいつを落としたら、あんたの勝ち」

「札を?」

「ああ。俺を倒せ、なんて言っても無理だろ」

「それは否定できない」

「だろ。だから、こいつを落とせたら、あんたの勝ちでいい」


 青札は、革紐の先にぶら下がっている。札そのものは小さい。だが、札と紐をつなぐ金具なら、狙う余地がありそうだった。


「俺が負ける条件は?」

「立てなくなるか、降参って言ったら俺の勝ち」

「かなり現実的だな」

「白札相手に殴り倒すわけにもいかねえだろ」

「それでも十分怖い」


 ダリオは腰の短刃を抜いた。刃は幅広で短い。だが、刃の縁がかすかに白く揺れている。


「それがアーティファクトか?」

「ああ。風切り。ちょっとだけ間合いが伸びる」

「ちょっとが怖い」

「安心しろよ。刃は当てねえ。峰と風圧だけだ」

「それでも怖いものは怖い」


 ダリオはにやりと笑った。


「正直でいいな」


 俺は少し考えた。


「少し準備してもいいか」

「あ?」

「このまま始めたら、一瞬で終わる」

「正直だな」

「正直に怖い」

「いいぜ。逃げなきゃな」

「逃げたい気持ちはある」

「あるのかよ」

「ああ、かなり」


 ダリオは肩を揺らして笑った。


「いいぜ。待っててやる」


 俺はシューシュを連れて、訓練場の隅へ移動した。




「シューシュ、今使えそうなものを確認したい」

「はい!作戦会議です!」

「小声で」

「はい!ひそひそ作戦会議です!」

「だから小声だって」


 シューシュは俺の前に立ち、胸のコアに両手を当てた。

 淡い光がこぼれ、いくつかの小さなものが俺の手のひらに落ちる。


 金属片や小さなクリップ。広告マグネット。そして、見慣れた剣のキーホルダー。


 俺はそれらを見下ろし、使えそうなものと、使えなさそうなものを分けた。


「ダリオに勝つのは無理だ」

「無理なのですか?」

「正面からはな」

「では、横から勝ちますか?」

「言い方は変だが、方向性は合ってる」


 ダリオは俺を倒したいわけではない。反応を見たいのだ。なら、こちらも倒す必要はない。勝ち方を間違えなければいい。


 さっき見えた青札の形を思い出す。手で札そのものを取るのは不可能だろう。狙うなら、革紐と札をつなぐ小さな金具だ。普通に狙えば、ダリオに避けられる。


 だったら、その瞬間を作るしかない。


「シューシュ」

「はい」

「合図したら、言ったものをすぐ出せるか」

「できます!たぶん!」

「たぶんか」

「でも頑張ります!」

「頼む」


 俺は思いつく限りの作戦を頭の中でシミュレーションして、深く息を吐いた。


(勝てるわけがない!!でも、何もできずに終わるのは嫌だ!!三十八歳、白札、元会社員!!せめて一つくらい、年下に嫌な顔をさせてやる!!)


「行くか」

「はい!腕試しです!」

「できれば試されずに帰りたい」

「でも行きます!」

「ああ。行く」


 俺がダリオの前へ戻ろうとした時、訓練場の入口から足音が聞こえた。


「……間に合ったわね」


 振り返ると、イオナが立っていた。報告を終えて急いで来たのだろう。少しだけ息が上がっている。


「報告は?」

「終わらせたわ。ミラさんにも影針のことは伝えた。詳しく見るのは後でいいって」

「早いな」

「あんたたちを放っておいたら、ろくなことにならないでしょ」


 イオナは俺とダリオを見比べて、腕を組んだ。


「始める前でよかった」

「できれば、このまま中止になってほしい」

「なら自分で言いなさい。降参するなら止めないわ」

「それはそれで悔しい」

「でしょうね」


 イオナは小さく息を吐き、それからダリオを睨んだ。


「ダリオ、本当に刃を向けないでよ」

「わかってるって」

「わかってない顔してるのよ」

「信用ねえな」

「ないわ」


 俺はシューシュを肩に乗せ直し、ダリオの前へ戻った。




「待たせた」

「逃げなかったな」

「逃げたい気持ちはあると言っただろ」

「まだあるのか」

「ある」

「ぶれないな」


 ダリオが短刃を軽く回す。


「じゃ、始めるか」


 次の瞬間、ダリオが一歩踏み込んだ。距離が消えた。


(速い!!思ったより全然速い!!これ、アニメで見るやつじゃなくて、実際に向けられると普通に怖いやつ!!)


 風切りが俺の肩先を払うように振られる。刃ではない。峰と風圧だとわかっていても、体が勝手にすくむ。


 俺は反射的に後ろへ下がった。足がもつれかける。


「危なっ!」

「へえ。今ので倒れねえのか」


 ダリオの声が近い。だが、俺は何とか踏みとどまった。


「シューシュ、マグネット!」

「はい!」


 胸のコアが光り、俺の手に広告マグネットが現れる。狙うのは青札そのものではない。札と革紐をつなぐ、小さな金具。


 金具が、ほんの少しだけこちらを向いた。だが、ダリオは軽く首を傾けただけで、その引きを外した。


「お、今のは札狙いか?」

「……ばれたか」

「面白いけど、その程度じゃ足りねえな」


 金具は動くが、対象が小さすぎて、マグネットの引きが弱い。


 ダリオがまた踏み込む。


 俺は左へ逃げようとする。だが、風切りの白い揺れが半歩先まで伸びた。短刃の距離ではない。風が来る。


「うわっ」


 風に押され、俺の体が傾く。


「ジン!」

「まだ大丈夫!」


 まだ立っている。降参もしていない。俺は何とか体勢を戻した。


(足元は大事。今日、嫌というほど学んだばかりだ)


 ダリオを倒す必要はない。足を止める必要もない。ほんの一瞬、踏み込みを乱せばいい。


「シューシュ、金属片!」


「はい!」


 小さな金属片が、俺の足元に落ちた。俺は広告マグネットを握り込み、それをダリオに向けて走らせる。狙うのは、ダリオの足ではない。踏み込み先。


 金属片が土を削りながら、ダリオの前へ走った。


「……っ」


 ダリオの足が、ほんの少しだけ外へ逃げた。転んではいない。これくらいで、転ぶわけがない。さすがに、そんな簡単な相手ではない。


 だが、踏み込みの勢いが一瞬だけ死んだ。


「足元が狙いか」

「今日、学んだばかりでな」

「悪くねえ」


 ダリオは笑った。面白がっている。そして、少しだけ目の色が変わった。


「あー……なるほどな」


 だるそうに肩を回す。


「ちょっと本気出すか」

「今まで本気じゃなかったのか」

「白札相手に最初から本気出すほど、大人げなくはねえよ」

「今から出すのは大人げあるのか?」

「面白くなってきたからな」


(やめろ!!面白くなるな!!俺は面白くなくていい!!平和に終わってほしい!!)


 次の瞬間、ダリオの姿がぶれた。速い。さっきまでより、明らかに速い。


 風切りの刃先が、白く薄く揺れている。半歩どころではない。一歩分、遠いところから風が来る。俺は反射的に後ろへ下がる。だが、逃げきれない。


 ダリオが踏み込む。速い。見えない。反応できない。だが、風切りの刃は俺に当たらない。当てないために、ダリオは刃を返す。


 代わりに、峰と風圧が肩に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 痛い。普通に痛い。手加減されているのはわかる。だが、手加減されてなお、体が持っていかれる。


 足が滑る。腰が落ちる。このままなら、立てなくなる。


 負ける。


 でも。


 俺は、左手を握り込みマグネットに力を込めた。さっきとは違い、地面を滑らせて目立たないように引き寄せていた金属片を、青札の下をかすめるように一気に跳ね上げた。


 ダリオは下から突き上げてくる金属片に気付き、とっさに上体を起こしてかわす。


 その瞬間、首元の青札だけがふわりと遅れて浮いた。


「ここだ!シューシュ、ブレード!」

「はい!」


 手の中に現れたのは、見慣れたおみやげブレードだった。安っぽい名前。頼りない見た目。普通のハンターなら、きっと笑う。


 けれど、俺は違う。


(お土産屋でお前を見つけた時、俺は最高にかっこいいと思ったんだ!!)


 銀色の小さな刃。無駄に派手な意匠。冒険譚に出てくる英雄の短剣みたいで、見た瞬間に心を掴まれた。


(安っぽいとか、飾りだとか、そんなの関係ない!!)


 ちょっと光って縄が切れるくらいの小さな剣のキーホルダー。使い道なんて、その時は考えていなかった。


 ただ、こういうものが好きだった。


(お前はただの土産物じゃない!!俺の棚の中で、ちゃんと主役だった!!)


 今しかない。


(見せてくれ、おみやげブレード!!お前なら、もっとできるはずだ!!)


 俺は腕を伸ばした。おみやげブレードの光が少し伸びる。だが、まだ足りない。


 指先が震える。肩が軋む。それでも腕を伸ばす。


(届け、届け、届け――!!)


 ぶわり、と手の中で熱が走った。


「……っ!?」


 次の瞬間、おみやげブレードの姿が変わる。


 小さな玩具のようだった刃が、すっと伸びた。銀色の刀身は澄んだ光を帯び、柄には深い赤の宝石が埋め込まれている。

 鍔元から刀身にかけて、細く流れるようなドラゴンの紋様が浮かび上がった。


 まるで最初からそういう武器だったみたいに。おみやげの剣は、一振りの短剣へと変わっていた。


「おいおい……」


 ダリオの声が、初めてわずかに揺れた。刃は振り抜いた軌道の先で、さらにひと息ぶんだけ伸びた。届かないはずの金具へ、銀の切っ先が届く。


 狙うのは青札と革紐をつなぐ、細い金具。切っ先が、浮いた青札の根元をかすめた。


 小さな金属音が鳴り、金具の細い輪が切れた。青い札が、地面へ落ちる。その直後、俺は尻もちをついた。


 腰に衝撃が走る。息が詰まった。一瞬の静寂の後。


「……立てるか?」


 ダリオが見下ろしながら言った。俺は地面に落ちている青札を見て、それから自分の足を見た。


(届いた!?勝ったのか!?でも青札は落ちてる!!そして俺は、まだ立てる!!)


 俺は地面に片手をつき、シューシュに袖を引っ張られながら、ゆっくり立ち上がった。


「なんとか立ってるぞ」

「見りゃわかる」


 シューシュが叫んだ。


「ジンが勝ちました!」

「勝った気はしない」

「でも青札が落ちました!」

「それは見えてる」

「ジン、立っています!」

「ギリギリだけどな」


 ダリオは少し黙った。それから、ゆっくり笑った。


「あー……やられた」

「勝ちでいいのか?」

「いいだろ。条件は条件だ」


 ダリオは地面に落ちた青札を拾い上げた。


「俺が条件を出したのに、その条件だけをきっちり持っていかれたな」

「倒せるわけないだろ」

「だろうな」

「納得されると複雑だな」

「でも、勝ち筋を間違えなかった。そこは悪くねえ」


 ダリオは手の中の青札を見下ろした。切れた留め具を指で弾き、口の端を上げる。


「修理代、勝者持ちにするか?」

「やめてくれ」

「冗談だよ。条件を出したのは俺だ」


 ダリオは青札をポケットにしまい、俺に手を差し出した。


 握手だと思って手を握ったら、ぐっと引き寄せられ、肩を組まれた。


「面白えな、大将」

「大将?」

「ああ。妙な手を使いやがって、勝ち筋だけ通しやがった」

「褒めてるのか?」

「褒めてる」

「なら受け取っておく」

「やっぱ大将は面白え」

「大将はやめてくれ」

「嫌だね」


 シューシュが胸をぱっと光らせた。


「ジン、大将です!」

「違う」

「大将相棒です!」

「混ぜるな」


 イオナが少し複雑そうな顔をして聞いた。


「……なんで大将なのよ」

「なんとなく」

「なんとなくで変な呼び方しないで」

「いいだろ。しっくり来たんだから」

「しっくり来るの?」

「来る」


 ダリオは満足そうに答えた。


 様子を見ていたグレン支部長が豪快に笑った。


「いいじゃねえか。白札が青札の札を落とした。面白い噂になるぞ」

「やめてください」

「無理だな」

「だろうな」


 俺はため息をついた。どうやら勝ったらしい。実感はない。尻は痛いし、肩も少し痛い。勝ったというより、ぎりぎり何かが引っかかっただけだ。


 それでも。年下の青札ハンターに、何もできずに終わったわけではない。


(三十八歳、意地だけは少し守れた!!たぶん!!)


 シューシュが俺の肩で嬉しそうに跳ねる。


「ジン、大将です!」

「だから違う」

「でも勝ちました!」

「勝った気はしない」

「でも勝ちました!」


 俺は手の中の短剣を見下ろした。銀色の刀身。赤い宝石。ドラゴンの紋様。


 さっきまでのおみやげブレードとは、まるで違う。


「……これ、戻らないのか?」


 そう言った直後だった。銀色の刀身は縮み、深い赤の宝石は安っぽい赤いプラスチックに戻る。ドラゴンの紋様も、ただの印刷のような装飾へ変わっていった。


 後に残ったのは、見慣れた剣のキーホルダーだった。


「戻ったな」

「戻りました!」

「今のは何だったんだ」

「ジンの思いが通じました!」

「思いが通じた結果、一瞬だけああなったのか」

「たぶんです!」

「たぶんか」


 イオナが小さく息を吐いた。


「また、ミラさんに見せるものが増えたわね」

「でも、今は戻ってるぞ」

「支部長が見てるのよ。見せないわけにはいかないでしょ」

「それは……確かに」

「ミラさんの前でも試すことになるわね。できるかは別として」

「できる気がしない」

「でしょうね。でも、試さないわけにはいかないでしょ」


 イオナが小さく笑った。


「まあ、少しは頑張ったんじゃない?」

「少しなのか」

「調子に乗らないように、少しだけ」

「厳しいな」

「でも、無茶はしたわ」

「そこはよかったじゃないのか?」

「よくないわよ。攻撃を受ける前提の作戦なんて、普通は止めるから」

「正論だな」

「次からは先に言いなさい」

「言ったら止められそうだ」

「止めるわよ」

「だろうな」


 イオナは少しだけ呆れたように、でもどこか安心したように俺を見た。


「でも、それでもちゃんと考えてたんでしょ」

「少しは」

「なら、今回は十分よ」


 その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。俺は落ちた土を払いながら、訓練場の青空を見上げた。


 魔力草の採取。影針の新しい力。ダリオとの腕試し。一瞬だけ変わったおみやげブレード。そして、よくわからない大将呼び。


 異世界三日目も、やはり静かには終わらなかった。


(明日は平和がいい!!本当に平和がいい!!でも、たぶん無理な気がする!!)


 その横で、ダリオが気だるげに笑った。


「よろしくな、大将」

「だから、その呼び方はやめろ」

「嫌だね」


 こうして俺は、また一つ変な呼び名を背負うことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ