エピローグ:桜の咲く頃に
それから、一ヶ月後。
商店街の桜並木が見事な満開を迎えた日、「ナツメ書房 & 紙修復室」は無事にグランドオープンを迎えた。
開店と同時に、店内は懐かしい人々や新しいお客さんで賑わった。
子供たちが文房具を選び、大人が本を手に取り、奥の工房では結衣が訪れた客の「大切な思い出の本」の修復相談に乗っている。
蓮はカウンターに立ち、お客さん一人ひとりに笑顔で声をかけていた。
ふと、店の入り口のガラス戸が開く。
春のあたたかな風とともに、ひとりの老婦人が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
蓮が声をかけると、老婦人は少し不思議そうな、けれどどこか懐かしそうな目で店内を見渡した。
「あの……すみません。昔、この場所に『ナツメ堂』という文房具屋さんがあったと思うのですが……」
蓮と結衣は顔を見合わせ、優しく微笑んだ。
「はい。ここが、ナツメ堂の跡地です。……私が、夏目勝造の孫です」
老婦人は胸の前で手を合わせ、感極まったように瞳を潤ませた。
「そうでしたか……。実は私、若い頃にこちらで文房具を買ったことがあって。ずっと遠くに住んでいたのですが、ふと思い出して来てみたのです」
老婦人は鞄の中から、年季の入った一冊のノートを取り出した。
それは、ナツメ堂の刻印が入った、古い和紙のノートだった。
「私の青春の思い出が、このノートに詰まっているんです」
「……ようこそお越しくださいました」
蓮はカウンターから出て、老婦人を温かく迎え入れた。
「どうぞ、奥のテーブルへ。美味しいお茶と……このノートのお話を聞かせていただけますか?」
結衣が奥からあたたかいお茶を運んでくる。
老婦人の笑顔と、満開の桜の木から舞い散る花びらが、ガラス窓越しに輝いていた。
言葉は、想いを運ぶ。
紙は、記憶を繋ぐ。
春が立ち、新しい季節が巡るたびに、この場所でたくさんの「愛する言葉たち」が紡がれていく。
いつまでも、どこまでも――。




