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エピローグ:その先の距離

「……相変わらずだな」

コーヒーを受け取りながら、伸也は小さく呟いた。

「何が」 隣で、スーツ姿の拓海が当然のように返す。

「その顔」

「どの顔」

「外用のやつ」 軽く笑うと、拓海も少しだけ肩をすくめた。

「仕事だからな」

数年。

環境は変わった。

拓海は正式に配属され、忙しい日々を送っている。

伸也も大学を卒業し、自分の進む道を選んだ。

住む場所も、伸也の実家での「居候」から、二人きりのマンションへと変わった。

それでも―― 「今日、早く帰れる?」 何気ない問い。

「調整すれば」

「じゃあ、飯作っとく」

「助かる」

それだけの会話。

でも、そこに迷いはない。


夜。

「ただいま」

「おかえり」


自然に交わされる言葉。

靴を脱ぐ音、鞄を置く音。

そのすべてが、もう“当たり前”になっている。


「……疲れた」

ソファに座ると同時に、拓海が軽く息を吐く。

昔より少しだけ低くなった声。


「顔に出てる」

「出してる」

即答。


「お前の前だから」

変わらない部分。

「飯、できてる」

「ありがと」

テーブルに並ぶ食事。

派手じゃない、普通のもの。


でも、それがいい。


「今日さ」

食べながら、伸也がぽつりと言う。

「職場のやつに聞かれた」

「何を」

「恋人いるのかって」


一瞬、間。


「で?」

「いるって言った」


箸が止まる。


「へえ」

短い反応。


でも、その奥にあるものは隠せていない。


「詳しくは言ってないけど」

「まあ、そこまではいいだろ」

「うん」


少しの沈黙。

「……隠してないんだな」

拓海が静かに言う。

「前みたいには」

「そっか」


それだけ。

でも、十分だった。


食事を終えて、片付けも済ませて。

ソファに並んで座る。


距離は、昔と変わらない。


いや、

少しだけ自然になっている。


「……なあ」

「ん?」

「最初の頃さ」

「うん」

「なんであんな遠回りしてたんだろうな」


小さく笑う。

「必要だったんだろ」

「そうか?」

「お前がちゃんと選ぶために」

即答。


伸也は一瞬黙って、

それから軽く息を吐いた。

「……今なら分かる」

「何が」

「名前つけて正解だった」


その言葉に、

拓海の目が少しだけ細くなる。

「だろ」

「……調子乗るな」

「乗る」


軽口。


でも、

距離は縮まる。

自然に、肩が触れる。


そのまま、ほんの短くキス。


昔みたいな衝動じゃない。


でも確かにそこにあるもの。


「……外でやるなよ」

「やらないって」

「絶対だぞ」

「たぶん」

「おい」


笑い声。


変わったものもある。


変わらないものもある。


いとこで、

同居人で、

恋人。


その全部が、

もう無理なく同じ場所にある。


特別な何かじゃなくて、

ただの“日常”として。


それが、

二人が選んだ答えだった。


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