番外編:距離バグってますが何か?
「……近い」
朝。キッチンでコーヒーを淹れていると、背中に重み。
「起きてる」
「見れば分かる」
拓海が後ろから抱きついたまま動かない。
「離れろ、邪魔」
「無理」
即答。
「なんでだよ」
「朝だから」
もう何度もやっているやりとりだが、未だに意味が分からない。
「……マジで離れろ」
「じゃあ一回だけ」
「何が」
そのまま、軽くキス。
「はい、満足」
「……朝から何してんだよ」
「充電」
真顔。
「気持ち悪い」
「ひどくない?」
言いながらも、まだ離れない。
「コーヒーこぼすぞ」
「それは困る」
ようやく、少しだけ距離が空く。
(少しだけ)
数分後。
「……なんで横に座る」
ソファ。
明らかにスペースはあるのに、ぴったり隣。
「空いてるけど?」
「詰める必要ないだろ」
「効率」
「何の」
「距離の」
意味が分からない。
「なあ」
「ん?」
「前から思ってたけど」
「うん」
「お前、距離感バグってるだろ」
数秒の沈黙。
「仕様です」
「直せ」
「無理」
即答。
昼。
買い物中。
「……おい」
「ん?」
「カゴ持て」
「持ってる」
「片手じゃなくて両手で」
「なんで」
「手空けんな」
意味が分かる。
「繋ぐ気だろ」
「バレた?」
「当たり前だろ」
周囲の視線がある。
「外ではやらないって言ったよな」
「“たぶん”って言った」
「おい」
「……じゃあいい」
少し考えて、
さりげなく、袖を軽く掴む。
「これなら文句ないだろ」
「……ずるい」
満足そうな顔。
夜。
「……なんでこっち来る」
ベッド。
明らかに自分のスペースがあるのに、
じわじわ侵食してくる。
「寒い」
「さっきまで暑いって言ってただろ」
「今は寒い」
「嘘つけ」
じりじり。
「……おい」
「ん?」
「これ以上来るな」
「無理」
即答。
そのまま、完全に密着。
「……重い」
「安心するだろ」
「しない」
「する」
言い切る。
数秒の沈黙。
「……ちょっとだけな」
小さな声。
それを聞いた瞬間、
拓海が小さく笑う。
「ほら」
「うるさい」
そのまま、
何事もなかったように灯りが消える。
距離ゼロ。
文句は言う。
でも、離れない。
それがもう、
完全に“日常”になっていた。




