第一章:隅に沈む影
一月二日。
世間が新しい一年の始まりを寿ぎ、華やいだ祝祭の空気に包まれる中、藤堂本家に集まる正月の集いは、伸也にとって毎年、張り詰めた緊張を強いる残酷な「儀式」であった。
東京郊外に広大な敷地を構える藤堂本家は、築百年の歴史を誇る重厚な日本家屋だ。黒ずんだ漆喰の壁、幾代にもわたって磨き上げられた欅の柱。一歩足を踏み入れれば、そこには下界とは切り離された、淀んだ独自の時間が流れている。
しかし、その格式張った古めかしい空間の中央には、あえて歴史を無視するかのように、場違いな巨大シャンデリアが天井から吊り下げられ、煌々と輝いていた。幾千ものクリスタルが乱反射させる黄色い光は、この家が積み上げてきた莫大な資産と権威を、息苦しいほどの威圧感と共に誇示している。その光に照らされると、自分の内面にある卑屈さや、一族にそぐわない「濁り」までもがすべて白日の下に暴き出されるような錯覚に陥る。
現在二十歳、大学二年生の伸也にとって、ここはただ呼吸を許されない、酸素の薄い閉鎖された場所であった。
親族の中での伸也の立ち位置は、常に「物静かで影が薄い、三男の息子」という、存在しないに等しいキャラクターだ。
藤堂家という巨大な樹木において、本家や有力な分家の息子たちは、幹を太らせ、華やかな花を咲かせる役割を担っている。
対して、三男の家系という末端に位置する伸也は、その木陰に落ちる動かない影のようなものだった。目立つことも、期待されることもない。ただ、一族の「格」を下げないためだけに、そこに静止していることを求められる。伸也はそんな自分の役割を正確に理解し、あえて自分から色彩を消し、ひっそりと生きる術を身につけていた。
広大な大広間からは、いとこたちの賑やかな声が波のように押し寄せ、廊下にまで響いてくる。
エリート銀行員としての将来を期待され、すでに大人の立ち居振る舞いを身につけている本家の長男、一真。その傍らで、スポーツマンらしい快活さで場を盛り上げる次男、冬馬。そして、太陽のような明るさと華やかさを持ち、親戚の大人たちから「藤堂家の宝物」のように可愛がられる女子高生の美希。
あまりにも完璧な「スペック」と、一点の曇りもない未来を持つ親族たちの中で、伸也は自分の居場所を見失っていた。彼らが笑うたび、その輝きは伸也の輪郭を鋭く削り取り、彼をただの「背景」へと変えていく。自分だけがこの一族の中で、何の価値も生み出せない不良品であるかのような感覚。その劣等感から逃れるように、伸也は大広間の喧騒から距離を置いた。
彼は廊下の突き当たりにある、薄暗い縁側へ身を引き、深く、重い息を吐いた。
建付けの悪い窓ガラスが、冬の冷たい風に打たれて小さく、カタカタと震えている。伸也はその冷えたガラスに映る、自分の姿をじっと見つめた。
烏の羽のように真っ黒な自分の前髪。それは、この屋敷のいたるところで放たれる、まばゆすぎる一族の光から己を隠すための、唯一の、そして心許ない防具であった。
この黒い幕を垂らし、視線を床に落としていれば、誰とも目を合わせずに済む。自分の内側にある、泥のように澱んだ感情を、外の世界から守ることができる。しかし、その防護壁はあまりにも頼りない。シャンデリアの黄色い光は容赦なく隙間から差し込み、伸也という存在を「無」へと追いやっていく。
磨き上げられた廊下は、冬の冷気を吸い込んで足の裏から体温を奪い去るほどに冷たかった。伸也はその冷たさにむしろ安堵を感じながら、自分が消えてなくなるのを待っていた。
ふいに、屋敷の玄関で大きな喧騒が起こった。
重厚な引き戸が開く音。それと同時に、凍てつくような外の冷気と共に、すべてを塗り替えるような圧倒的な「陽」のオーラが、この重々しい屋敷になだれ込んできた。
――彼が、来た。
伸也の心臓が、不規則に警鐘を鳴らす。その存在がもたらす皮膚を刺すような、それでいて甘やかな煩わしさに、彼は深くため息を漏らした。




