第十六章:嘘から出た実
伸也はため息をつき、ソファの横にしゃがみ込んだ。
「……なあ。正月、お祖父様の前で俺のこと庇った時、なんて言ったか覚えてるか?」
拓海が、クッションの隙間から片目だけで伸也を見る。
「……え?」
「『伸也は調べ物のセンスがすごい』って言ったよな」
伸也は拓海のビジネスバッグから、ポンとノートパソコンを引き抜いた。
「俺を誰だと思ってる。万年引きこもりのネット民だぞ。……その漏洩したデータの特徴と、お前をハメたっぽい怪しい奴の名前、全部教えろ」
拓海の目が、パチクリと見開かれた。
「……伸也、お前、まさか」
「いいから早くしろ! 俺の専属シェフがクビになったら、明日から俺の飯はどうなるんだよ!」
勢いよくタンカを切ってパソコンを開いたものの、現実はそう甘くはなかった。伸也がモニターに向き合う部屋には、重い沈黙と、エナジードリンク特有の甘ったるい匂いが立ち込めていた。
午前一時。伸也の部屋のゴミ箱には、すでに空のエナジードリンクの缶が三つ転がっている。
「……くそっ、ガード固てえな」
伸也は充血した目を擦りながら、キーボードを叩き続けた。拓海を陥れたと目される社員――仮にAとする――は、ITリテラシーがそれなりに高く、本名のアカウントには当たり障りのないビジネス系の投稿しかない。
裏アカウントを特定しようと、Aの趣味や出身地、過去の断片的な情報から検索をかけるが、ヒットするのは無関係なスパムや別人のアカウントばかりだ。時間が経つにつれ、伸也の焦燥感は募っていく。
午前三時。
伸也の背中と腰が悲鳴を上げ、カフェインの過剰摂取で動悸が激しくなってきた。
画面を見つめる視界がぼやける。正直、もう投げ出したかった。いつもなら「俺には無理だ」と諦めて、さっさと布団に潜り込んでいる時間だ。それでも、伸也の指はキーボードの上で止まらない。
「……なんで俺、こんな他人のために必死になってんだよ」
ぼやきながらリビングへ飲み物を取りに行くと、ソファで死んだように眠っている拓海が目に入った。寝苦しいのか、眉間にシワを寄せ、うなされている。
あんなに堂々としていて、伸也を振り回してばかりの、憎たらしいほど眩しかった完璧超人。そいつが今、理不尽な悪意に折られて、ボロ雑巾みたいになっている。伸也の胸に、かつてないほどの激しい怒りが湧き上がった。
「……あのクソ野郎、絶対に許さねえ」
伸也は冷水を一気飲みし、自分の頬を両手で思い切り張った。バチン!という乾いた音で強制的に脳を叩き起こし、彼は再びパソコンの前に座る。眠気と疲労を、憎しみが一時的に凌駕していた。
午前五時。
窓の外が白み始めてきた頃、伸也は執念の末に、一つの匿名掲示板の書き込みにたどり着いた。夜明け前の薄い光が、モニターの光と混ざり合う。
『うちのインターンの大学生、マジで生意気。顔がいいだけでチヤホヤされやがって。近いうちに絶対泣かしてやる』
一週間前の投稿。文脈、使用している端末の機種情報、そしてわずかな口癖。これまでの調査結果と照らし合わせる。……間違いない、Aの書き込みだ。
伸也はそこから、過去の書き込み履歴を遡り、ついに紐付けられた画像投稿用のアカウント(鍵なし)を発見した。
「……見つけた、けど」
決定打がない。愚痴の書き込みだけでは、データ漏洩の証拠にはならないのだ。伸也の心臓が、ドクドクと不規則なリズムを打つ。
伸也は祈るような気持ちで、そのアカウントに投稿されている数百枚の画像を、一枚一枚、限界まで拡大して検証し始めた。
目が痛い。ドライアイでコンタクトが眼球に張り付いている。マウスを握る手は腱鞘炎になりそうだ。身体は悲鳴を上げている。
それでも、拓海のあの絶望した顔を、これ以上見たくなかった。その一心で、彼は光の差さない小さな手がかりを追い続けた。




