幕間 クリーニング店
藤崎浩二の依頼から三日後、明里は片桐のワイシャツを持ってクリーニング店に来ていた。
椅子の修理でついた油汚れが、袖口に残っていたのだ。
本人は「洗えば落ちる」と言った。
洗っても落ちなかった。
そのため、明里が預かってきた。
「まったく、片桐さんは」
商店街の端にある小さなクリーニング店は、ガラス戸を開けると、洗剤とアイロンの匂いがした。奥では、年配の女店主が伝票を書いている。
「いらっしゃい」
「お願いします。ワイシャツ一枚なんですけど」
明里がカウンターにシャツを出すと、店主は袖口を見て、あら、と声を上げた。
「派手につけたねえ。領収書の宛名は?」
「便利屋片桐でお願いします」
店主は伝票に書きかけた手を止めた。
「あんた、片桐さんとこの人かい?」
明里は少し驚いた。
「はい。今、少し手伝ってまして」
「ああ、そうかい」
店主は懐かしそうに目を細めた。
「片桐さん、元気にしてる?」
「元気……だと思います。たぶん」
「たぶんって」
店主は笑った。
「あの人、昔から無理する人だったからねえ」
「昔から、ですか」
「うん」
店主はシャツに札をつけながら言った。
「昔、なんでだったかねえ。よく覚えてないんだけど、あそこの事務所に行ったことがあるんだよ」
明里は黙って聞いた。
「何を相談したかは、よく思い出せないんだけどね。でも、片桐さんが話を聞いてくれたことは覚えてる」
「片桐さんが」
「うん」
店主は、少しだけ遠くを見るような顔をした。
「泣いても急かさないし、余計なことも言わなかった。こっちが言葉を探すまで、ずっと待ってくれた」
明里は何も言えなかった。
「いやあ、懐かしいねえ。なんかあれですっきりして、旦那と仲直りしようって思ったの、覚えてるんだ」
少しだけ迷ってから、明里は答えた。
「……今も、聞いてくれます」
「そうかい」
「でも」
明里は、受け取った伝票の端を指でなぞった。
「今の片桐さんは、待ってる間に、余計なことを言います」
店主は目を丸くしたあと、声を出して笑った。
「へえ。あの片桐さんが」
「はい。かなり言います」
「たとえば?」
「女性に、少し太りましたかって聞きます」
「ああ、それは駄目だねえ」
「駄目です」
明里が真面目に頷くと、店主はまだおかしそうに笑っていた。
「でも、そうかい。余計なことを言うのかい」
その声が、少しだけ静かになった。
「まったく、おっさんになるとろくなもんじゃないねえ」
明里は、伝票を持つ手に少しだけ力を込めた。
「そうなんです。デリカシーってものを、どこかに置いてきたみたいで」
「あはは。探してやんな」
「はい。私が、しっかり本人に返します」
明里が握りこぶしでそう言うと、店主は笑った。
明里は笑顔で店から出ると、照り付ける太陽に目を細めた。
「はあ、もう随分暑くなってきたなあ」
六月の始め、湿った空気が重苦しくまとわりついてくるようだった。




