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断章 黒い車

明里が事務所を出ると、強い日差しに思わず目を細めた。

雨上がりの通りは、まだところどころ濡れている。

ビルの隙間から差し込む光が、アスファルトに白く跳ねていた。

事務所の前の通りに、黒塗りの車が停まっていた。

少し邪魔だな、と思う。

荷物を抱えて通るには、歩道の幅がぎりぎりだった。

明里は鞄を胸に寄せ、車の横をすり抜ける。

中は見えなかった。

窓が黒く、昼間なのに、夜みたいだった。

「…暑そう」

それだけ呟いて、明里は歩き出した。

今日は、便利屋の仕事で商店の店番だった。

店主が病院へ行くあいだ、二時間だけレジの前に座る。

片桐は別の現場に出ている。

こういう仕事もあるんですね、と最初に言った時、片桐は「便利屋だからな」とだけ答えた。

それはそうだが、説明にはなっていない。

商店の引き戸を開けると、古い鈴がからん、と鳴った。

「こんにちは、便利屋です」

奥から、店主の声がした。

「ああ、明里ちゃん。悪いねえ、暑いのに」

「いえ。片桐さんよりは、店番に向いてますから」

「そりゃそうだ」

「即答ですね」

明里は笑って、レジ横に鞄を置いた。

「片桐さんも、昔は好青年だったんだけどねえ」

「今も、悪い人ではないんですけどね」

明里は、一応フォローを入れる。

「そうなんだけど、年々失礼になってきてるよ、あの人」

店主は可笑しそうに笑っている。

明里は、笑い返そうとして、少し遅れた。

年々、失礼になってきている。

前は、好青年だった。

事務所で見つけた古い手紙。

クリーニング店で聞いた話。

片桐の字で書かれた、古い依頼記録。

それぞれ別々だったものが、ふいに同じ場所へ置かれた気がした。

「明里ちゃん?」

気付くと、店主がこちらを心配そうに見ていた。

「難しい顔してるけど、大丈夫かい?」

「あ、外が暑かったので。水、飲めば大丈夫です」

明里はそう言って、ごまかした。

「さて、お仕事始めますね」

明里は、店主へ笑顔を向けた。

通りの向こうで、黒い車がゆっくり走っていくのが見えた。

さっきの車かどうかは、分からなかった。

同じような車なんて、町にはいくらでもある。

白い日差しが、黒い車体に吸い込まれていくようだった。

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