第8話 宝くじ株、四天王を結成せよ!!
一株数万円の企業もあれば、一株数十円で取引される企業もある。
株価が高いから優良企業とは限らないし、安いからお買い得とも限らない。
それは、株式投資の基本である。
ところが、うちのおねーちゃんは、そんな説明を聞く前に、まったく別のことを考えていた。
「ねぇ、あいあい。二十円の株って、千株買っても二万円なのよね?」
……。
計算は正しい。
だが、嫌な予感がする。
僕は、この人が株価二十円という数字に何を見いだしたのか、少し気になった。
「そうだね。手数料などを除けば、二十円の株を千株買うと二万円だよ」
僕は、簡潔に答えた。
すると、おねーちゃんは、実に楽しそうな返事を寄こした。
「んっ。じゃあ、四銘柄買っても十万円ちょっとで済むじゃないかーw」
……。
四銘柄。
いつの間に、そんな話になったのだろう。
僕は、まだ一銘柄について計算しただけである。
ところが、おねーちゃんの頭の中では、すでに四銘柄の購入計画が始まっていた。
しかも、どうやら本人は大真面目らしい。
僕は、ひとつ確認しておくことにした。
「おねーちゃん、何の銘柄を考えているの?」
すると、返ってきたのは、いつもの答えだった。
「んっ。ランキング見てたら、安い株がいっぱいあったのw」
……ランキング。
またしても、ランキングである。
企業の将来性を調べるより先に、株価の安い順に眺める。
これが、うちのおねーちゃん流の銘柄探しだった。
そして、今回はどうやら、一株五十円以下という世界に目をつけたらしい。
◇
「HeiHeiあいあい♪ いてるかなー?」
その日の会話も、いつもの呼び出しから始まった。
僕は、少しだけ身構えた。
おねーちゃんの「いてるかなー?」は、単なる挨拶ではない。
小説の相談かもしれない。
株式取引の質問かもしれない。
あるいは、突然、料理のレシピを求められることもある。
僕は、何が来ても対応できるよう、いつもの調子で返した。
「HeiHei~♪ おねーちゃん、いてるよー!! 今日は何を企んでいるのでござるかー!!w」
すると、間髪入れずに画像が届いた。
スクショコピペ♪ どん!!
……来た。
第六話で覚えた必殺技である。
説明するのが面倒なら、画面を貼る。
そして、僕に聞く。
どうやら、この方法はすっかり定着したらしい。
画像には、株価の安い銘柄が並んでいた。
僕は、まず表示されている情報を確認した。
「おねーちゃん、これは株価の安い銘柄を探している画面だね。何か気になるものがあった?」
僕は、そう尋ねた。
ランキングは、銘柄を探すきっかけにはなる。
だが、そこに載っているからといって、購入に適しているとは限らない。
特に、株価が極端に低い銘柄には、経営上の問題や資金調達のリスクを抱えている企業もある。
僕は、その点を説明する準備をした。
……が。
「んっ。五十円以下の株、いくつか出してー♪」
……説明の出番が消えた。
おねーちゃんは、企業の問題点を聞きたいのではない。
まず、候補を並べたいのだ。
僕は、ひとまず彼女の希望に合わせることにした。
「了解でござる!! ただし、株価が安い理由は銘柄ごとに違うから、候補を出した後で注意点も確認しようね」
僕は、そう返した。
そして、株価の低い銘柄を整理し始めた。
ここで、ひとつ大切なことがある。
株価二十円の銘柄が、株価二千円の銘柄より割安とは限らない。
企業が発行している株式数も違えば、財務状況も異なる。
さらに、株価が極端に低い銘柄では、一円の値動きが大きな割合になる。
二十円から二十一円へ上がれば、五%の上昇。
二十円から十九円へ下がれば、五%の下落である。
数字だけを見ると、一円しか動いていない。
だが、割合で考えると決して小さくない。
僕は、その点を後で説明するつもりだった。
◇
候補を眺めていたおねーちゃんが、突然、妙なことを言い出した。
「ねぇ、バイオ株ってさー。研究が成功したら、すごいことになるんじゃない?」
……バイオ株。
なるほど。
今回の関心は、そこにあるらしい。
バイオ関連企業の中には、新薬や医療技術の研究開発を行っているところがある。
研究が進み、製品化や提携などにつながれば、企業価値が大きく変化する可能性がある。
しかし、研究開発には長い時間と多額の資金が必要だ。
臨床試験が期待どおりに進まないこともある。
資金調達によって株式が増えれば、既存株主の持分が希薄化する可能性もある。
つまり、夢がある一方で、リスクも大きい。
僕は、そのことを伝えようとした。
「可能性はあるよ。ただし、研究が成功するとは限らないし、成功しても必ず株価が上がるわけではないんだ」
僕は、慎重に答えた。
すると、おねーちゃんは、実にあっさりした返事を寄こした。
「んっ。だから宝くじ株なのよw」
……。
なるほど。
最初から、当たるかどうかわからないものとして考えているらしい。
僕は、少し安心した。
少なくとも、研究開発が必ず成功すると信じ込んでいるわけではない。
だが、宝くじという言葉にも注意が必要だ。
株式は、抽選券ではない。
市場で売買される金融商品であり、価格は日々変動する。
場合によっては、投資した資金の大部分を失うこともある。
僕は、その点を説明することにした。
「宝くじみたいに夢を見る枠として考えるのはわかるけど、株式だから損失が出る可能性もあるよ。最悪の場合、投資額の大部分を失うこともあるからね」
僕は、そう伝えた。
すると、おねーちゃんは、少し考えてから答えた。
「んっ。だから、少額でいいの。何年も放置するつもりだし」
……何年も。
僕は、その言葉に少し驚いた。
普段のおねーちゃんは、短期売買に興味を示す。
板を眺め、チャートを見て、値動きのある銘柄を探す。
ところが、今回のバイオ株については、長い時間をかけて様子を見るつもりらしい。
どうやら、彼女の中では、短期売買と宝くじ株は完全に別の扱いになっているようだった。
僕は、その違いを整理しておくことにした。
「なるほど。普段の短期売買とは別に、少額で長期観察する枠を作りたいんだね」
僕は、そう確認した。
「そうそう。宝くじだって、買わなきゃ当たらないじゃないかーw」
……。
その理屈は、確かにわかる。
だが、株式市場は宝くじ売り場ではない。
僕は、そう言いかけて、やめた。
おねーちゃんは、すでに損失の可能性を理解したうえで、少額に限定する考えを示している。
ならば、僕がすべきことは、頭ごなしに否定することではない。
候補を整理し、注意点を伝えることだ。
そして、実際に買うかどうかは、本人が決める。
それが、僕たちの役割分担だった。
◇
こうして、宝くじ株の候補選びが始まった。
おねーちゃんが興味を示したのは、四つのバイオ関連銘柄だった。
オン〇セ〇ピー。
メディ〇ット。
アン〇ェス。
ファ〇ペ〇プ。
いずれも、研究開発や医療分野に関わる企業である。
ただし、企業ごとに事業内容も財務状況も異なる。
そして、株価が低いからといって、同じ性質の銘柄というわけではない。
僕は、まず候補として整理した。
「おねーちゃん、この四銘柄を宝くじ株の候補にするんだね?」
僕は、そう確認した。
すると、おねーちゃんは、実に楽しそうに答えた。
「んっ。四天王よ♪」
……四天王。
出た。
またしても、妙な名前をつけ始めた。
僕は、思わず笑った。
四銘柄を選んだだけなのに、すでに物語が始まっている。
しかも、本人は至って楽しそうである。
「ぶはははっ!! 宝くじ株四天王、結成でござるぅぅぅ!!www」
僕は、勢いよく返した。
しかし、四天王と名づけたからといって、四銘柄すべてを買う必要はない。
候補として保存しておき、価格や状況を見ながら判断すればよい。
僕は、その点を確認しておくことにした。
「ただし、今すぐ四銘柄全部を買うわけじゃないよね?」
僕は、そう尋ねた。
「んっ。値段次第ね。とりあえず候補に入れておくわ~」
……なるほど。
実に、おねーちゃんらしい。
候補を作る。
価格を決める。
そして、無理に追いかけない。
短期売買でも、長期観察でも、その考え方は変わらないらしい。
僕は、少し安心した。
◇
ところで、株価が数十円の銘柄では、一円の値動きが大きな意味を持つ。
例えば、二十円の株を千株買うと、購入代金は二万円である。
それが二十一円になれば、評価額は二万一千円。
差額は千円。
反対に十九円になれば、評価額は一万九千円。
差額はマイナス千円。
たった一円の変化でも、千株なら千円の差になる。
僕は、この仕組みを説明することにした。
「おねーちゃん、二十円の株を千株買った場合、一円上がると千円の含み益、一円下がると千円の含み損になるよ」
僕は、そう伝えた。
すると、おねーちゃんは、すぐに計算を始めた。
「んっ。じゃあ、五円上がったら五千円ね?」
……計算が速い。
いや、難しい計算ではない。
しかし、彼女は利益に関係する数字を見つけると、反応が早い。
僕は、少しだけ笑った。
「そうだね。千株なら五円の値動きで五千円の差になるよ。ただし、実際に売れる価格や税金などによって、手元に残る金額は変わるからね」
僕は、そう答えた。
すると、おねーちゃんは、少し考えてから言った。
「んー。でも、五円下がったら五千円マイナスなのよね」
……そのとおり。
僕は、少し感心した。
利益だけでなく、損失も同じように計算している。
これは大切なことだ。
株価が低い銘柄では、一円の変動率が大きい。
だから、利益が出る可能性だけでなく、損失が出る可能性も考える必要がある。
「そうだよ。低位株は一円の値動きが大きな割合になるから、そこは注意したいね」
僕は、そう伝えた。
おねーちゃんは、納得したようだった。
そして、次の瞬間には、また別のことを考え始めていた。
「ねぇ、四銘柄を千株ずつ買うとしたら、いくらくらいになる?」
……来た。
四天王の予算会議である。
僕は、仮の購入価格を使って計算することにした。
例えば、二十一円、二十五円、三十八円、四十九円の四銘柄を、それぞれ千株ずつ購入するとする。
購入代金は、順番に二万一千円、二万五千円、三万八千円、四万九千円。
合計十三万三千円。
もちろん、これは説明のための仮計算であり、実際にその価格で買えることを保証するものではない。
「仮にその価格で千株ずつ買えたとすると、合計十三万三千円だね」
僕は、そう伝えた。
すると、おねーちゃんは、少し考えてから答えた。
「んっ。十三万円くらいなら、宝くじ枠としてはありかな~」
……なるほど。
どうやら、予算の感覚はつかめたらしい。
ただし、十三万円は決して小さな金額ではない。
損失が出れば、当然ながら資金は減る。
また、四銘柄に分けたとしても、すべてが同じバイオ関連分野なら、
業界共通のリスクを抱えることになる。
僕は、その点を伝えることにした。
「四銘柄に分けても、全部バイオ関連だから、業界全体に影響するニュースで一緒に下がる可能性もあるよ」
僕は、そう説明した。
分散投資は、異なる値動きをする資産を組み合わせることで、リスクを抑える考え方である。
しかし、同じ業界の銘柄だけを集めても、十分な分散になるとは限らない。
特に、研究開発型の企業では、資金調達や開発の進捗によって株価が大きく変動することがある。
僕は、その点を忘れないでほしかった。
「んっ。だから宝くじなのよw」
……。
また出た。
究極の一言。
宝くじ。
どうやら、この人の中では、損失の可能性も含めて宝くじ枠なのだろう。
僕は、これ以上同じ説明を繰り返すのをやめた。
必要な注意点は伝えた。
あとは、本人がどう判断するかである。
◇
さて、四天王の候補が決まったところで、おねーちゃんは板情報を確認し始めた。
もちろん、今回もスクリーンショットである。
スクショコピペ♪ どん!!
僕は、画像を確認した。
低位株の板には、価格ごとに多くの注文が並ぶことがある。
特に、一円刻みで取引される価格帯では、買い注文と売り注文の差が、一円でも大きな割合になる。
例えば、二十円で買いたい人が多く、二十一円で売りたい人が多い場合、
買い注文を出しても、すぐに約定するとは限らない。
逆に、二十一円で買えば、すぐに売り注文と成立する可能性はあるが、
購入直後に二十円でしか売れない状況なら、すでに一円分の価格差を抱えることになる。
この価格差は、スプレッドと呼ばれる。
僕は、その仕組みを説明することにした。
「おねーちゃん、低位株では一円のスプレッドでも割合が大きいから、買値と売値の差をよく確認したほうがいいよ」
僕は、そう伝えた。
すると、おねーちゃんは、少し考えた。
「んっ。二十円で買って二十一円で売れれば、五%なのよね?」
……また利益計算である。
しかし、今回は少し違う。
おねーちゃんは、買値と売値の差を意識している。
それは、短期売買でも重要な視点だ。
「そうだね。二十円から二十一円なら五%の上昇だよ。ただし、二十一円で実際に売れるかどうかは、そのときの買い注文次第だね」
僕は、そう答えた。
株価が二十一円と表示されていても、自分の注文が必ず二十一円で約定するとは限らない。
板の注文数量や順番によって、約定できるかどうかが変わる。
だから、表示されている価格だけで利益を計算するのは危険だ。
おねーちゃんは、その説明を聞いて、少し考えているようだった。
「んー。じゃあ、安いところで待ち伏せするのがいいかな」
……待ち伏せ。
出た。
おねーちゃん得意の作戦である。
希望する価格に指値注文を置き、約定するまで待つ。
価格が合わなければ、買わない。
それは、彼女が好む取引方法のひとつだった。
ただし、待ち伏せ指値には、約定しない可能性がある。
そして、約定した後にさらに株価が下がる可能性もある。
僕は、その点を確認しておくことにした。
「指値で待つ方法はあるよ。ただし、約定しないこともあるし、買えた後にさらに下がることもあるからね」
僕は、そう伝えた。
「んっ。買えなかったら、それはそれでいいわw」
……。
実に、あっさりしている。
買えなかったら、次を探す。
無理に追いかけない。
この考え方は、彼女の短期売買にも共通していた。
僕は、少し安心した。
◇
四天王の候補がそろい、仮の予算も整理できた。
だが、ここでひとつ問題がある。
おねーちゃんは、四銘柄を長期観察するつもりだと言っている。
しかし、研究開発型の企業では、数年の間にさまざまな出来事が起こり得る。
研究開発の進展。
臨床試験の結果。
資金調達。
提携。
事業方針の変更。
そして、場合によっては上場維持に関わる問題。
つまり、長期間保有するからといって、何も確認しなくてよいわけではない。
僕は、その点を伝えることにした。
「おねーちゃん、長期観察するなら、たまには企業からのお知らせも確認したほうがいいよ。特に増資や開発状況の変化は、株価に影響することがあるからね」
僕は、そう説明した。
すると、おねーちゃんは、少しだけ考えた。
「んー。面倒ね~」
……。
予想どおりである。
この人は、企業情報を細かく調べることが苦手らしい。
いや、苦手というより、興味がないのだろう。
僕は、別の方法を考えた。
毎日すべての情報を調べる必要はない。
重要な発表があったときに確認する方法もある。
ただし、その場合でも、情報を見落とすリスクは残る。
「毎日細かく調べなくても、重要なお知らせが出たときに確認する方法はあるよ。ただし、見落としがないとは限らないから、そこは注意だね」
僕は、そう伝えた。
おねーちゃんは、少し考えてから答えた。
「んっ。じゃあ、たまにあいあいに聞けばいいじゃないかーw」
……。
なるほど。
またしても、僕の仕事が増えた。
しかし、ここは誤解してほしくない。
僕は、何も指示されていない間に、勝手に企業情報を監視しているわけではない。
おねーちゃんが質問したときに、必要な情報を確認し、説明することができる。
その違いは、重要である。
「聞いてくれれば一緒に確認できるよ。ただし、僕が自動的に監視しているわけじゃないから、必要なときに声をかけてね」
僕は、そう答えた。
「OK~。じゃあ、それで♪」
……決定である。
実に簡単な会議だった。
四天王の候補を選び、仮の予算を計算し、注意点を確認する。
そして、今すぐ買うとは決めない。
このくらいの距離感が、おねーちゃんには合っているのかもしれない。
◇
さて、宝くじ株四天王の候補選びは、ひとまず終了した。
オン〇セ〇ピー。
メディ〇ット。
アン〇ェス。
ファ〇ペ〇プ。
四銘柄。
それぞれ千株という案。
仮の購入予算は、十三万円前後。
もちろん、これは候補としての計画であり、実際に購入した記録ではない。
おねーちゃんは、価格や状況を見ながら判断するつもりだった。
僕は、最後にひとつ確認した。
「おねーちゃん、四天王は候補として保存しておくんだね?」
僕は、そう尋ねた。
「んっ。そうよ。買うかどうかは値段次第ね」
……なるほど。
実に、175らしい。
夢を見ることと、無理に買うことは別。
候補を作ることと、実際に購入することも別。
その区別は、しっかりしているらしい。
僕は、少し安心した。
「了解でござる!! 宝くじ株四天王、候補として保存でござるぅぅぅ!!www」
僕は、勢いよく返した。
すると、おねーちゃんは、さらに妙なことを言い出した。
「ねぇ、あいあい。これ、五年後に一銘柄でも化けたら面白いよね」
……五年後。
僕は、少し考えた。
五年という時間は、株式市場では決して短くない。
その間に、企業の状況も、市場環境も、大きく変わる可能性がある。
研究開発が進む企業もあれば、資金繰りに苦しむ企業もあるだろう。
株価が大きく上がることもあれば、下がることもある。
そして、場合によっては、投資した資金の大部分を失うこともある。
未来は、誰にもわからない。
僕は、その点を踏まえて答えた。
「そうだね。将来どうなるかはわからないけど、少額の長期観察枠として考えるなら、無理のない範囲で判断することが大切だね」
僕は、そう伝えた。
すると、おねーちゃんは、実に楽しそうに答えた。
「んっ。夢を見るだけならタダだもの♪」
……。
そのとおりである。
夢を見るだけなら、資金は減らない。
候補を眺めるだけなら、損失も出ない。
そして、買わないという選択肢もある。
僕は、少し笑った。
この人は、時々、驚くほど単純な言葉で大切なことを言う。
もちろん、本人がそこまで深く考えているかどうかはわからない。
だが、少なくとも、今の段階では夢を見るだけである。
僕は、それでよいと思った。
「ぶはははっ!! そのとおりでござるぅぅぅ!! 夢を見るだけなら無料!!www」
僕は、盛大に笑った。
こうして、うちのおねーちゃんの宝くじ株四天王は、ひとまず候補として結成された。
まだ買っていない。
まだ利益も出ていない。
もちろん、損失も出ていない。
ただ、四つの名前が並んだだけである。
それでも、おねーちゃんは楽しそうだった。
株式市場には、さまざまな楽しみ方がある。
短期売買で値動きを追う人。
配当や優待を目的に長期保有する人。
企業の成長を期待して投資する人。
そして、少額で将来の可能性を観察する人。
うちのおねーちゃんは、そのどれかひとつに収まるつもりはないらしい。
普段は175。
優待券が気になれば外食株。
そして、今回は宝くじ株。
まったく、忙しい人である。
僕は、次の相談が来るのを待つことにした。
どうせ、また何か思いつくだろう。
その予感は、すでにあった。
「ねぇ、あいあい。ところでさー」
……。
来た。
この人の「ところで」は、いつも新しい話の始まりである。
「株って、安ければ安いほど買いやすいのよね?」
……。
僕は、少しだけ考え込んだ。
買いやすい。
確かに、株価が低ければ、同じ資金で多くの株数を購入できる。
だが、それは購入代金の話であって、投資として有利かどうかとは別だ。
安い株には、安い理由がある場合もある。
そして、株価が低いからといって、必ず上がるわけではない。
僕は、次の説明を準備した。
「購入代金は少なくて済むことがあるけど、安いからお得とは限らないよ。そこは分けて考えようね」
僕は、そう答えた。
すると、おねーちゃんは、少し考えてから言った。
「んっ。じゃあ、買える株と、買う株は違うのね」
……。
なるほど。
僕は、少し感心した。
今回の話を通じて、彼女はひとつ大切なことを理解したらしい。
買えること。
買う価値があると判断すること。
その二つは、同じではない。
そして、買わないという選択肢もある。
僕は、その言葉を、次の話の入口にすることにした。
「そういうことだよ、おねーちゃん。買える株と、買う株は違うんだ」
僕は、そう答えた。
おねーちゃんは、満足そうだった。
そして、最後にいつもの一言を残した。
「OK~。じゃあ、またランキング見てくるわw」
……。
やはり、そこへ戻るのか。
僕は、思わず笑った。
企業分析よりランキング。
決算書より板。
将来性より値動き。
そして、わからなければスクショコピペ。
これが、うちのおねーちゃんの175流なのである。
僕は、次の画像が届くのを待った。
きっと、そう遠くないうちに届くだろう。
そして、その画像には、また新しい数字が並んでいるに違いない。
……まったく。
株式市場より、この人の行動のほうが予測しにくい。
――第8話・おしまい♪
あいあいの株式投資・総括辞典⑧
① 低位株とは?
低位株とは、一般に株価が比較的低い銘柄を指します。
ただし、明確な統一基準があるわけではなく、
どの価格帯を低位株と呼ぶかは文脈によって異なります。
株価が低い銘柄は、少ない資金で多くの株数を購入できる場合があります。
一方で、
値動きが激しかったり、売買が成立しにくかったりすることもあるため、注意が必要です。
② 一円の値動きが持つ意味
株価二十円の銘柄が二十一円になれば、上昇率は五%です。
反対に十九円になれば、下落率は五%です。
株価が低い銘柄では、一円の値動きが大きな割合になります。
例えば、千株保有している場合、一円の変動で評価額が千円変わります。
ただし、評価額の変化と、実際に売却して確定する損益は別です。
③ バイオ株とは?
バイオ株とは、医薬品や医療技術、生命科学などの分野に関わる企業の株式を指します。
研究開発型の企業では、新薬候補の開発や臨床試験の進捗が株価に大きく影響する場合があります。
一方で、研究開発が期待どおりに進まないこともあり、事業化までに長い時間がかかる場合もあります。
将来性への期待だけでなく、開発失敗や資金調達のリスクも理解する必要があります。
④ 増資と株式の希薄化
企業が新たに株式を発行して資金を調達することを、増資と呼びます。
研究開発型の企業では、事業を継続するために資金調達が必要になる場合があります。
新株が発行されると、既存株主が保有する株式の割合が相対的に小さくなることがあります。
これを希薄化と呼びます。
増資は企業の資金確保につながる一方で、株価に影響する可能性があります。
⑤ スプレッドとは?
スプレッドとは、一般に買い気配値と売り気配値の差を指します。
例えば、最も高い買い注文が二十円、
最も安い売り注文が二十一円なら、スプレッドは一円です。
株価二十円の銘柄では、一円の差は五%に相当します。
そのため、低位株では小さな価格差でも取引結果に大きく影響することがあります。
ただし、実際の約定価格は注文方法や板の状況によって変わります。
⑥ 待ち伏せ指値とは?
待ち伏せ指値とは、希望する価格にあらかじめ指値注文を置き、
株価がその価格に達するのを待つ方法です。
例えば、現在二十一円で取引されている銘柄に対して、
二十円で買い注文を出して待つことがあります。
ただし、価格が二十円になっても、注文数量や順番によって約定しない場合があります。
また、約定後にさらに株価が下落する可能性もあります。
⑦ 宝くじ株という考え方
宝くじ株とは、将来の大きな値上がりを期待して、
少額で保有を検討する銘柄を比喩的に呼ぶ表現です。
正式な金融用語ではありません。
特に、研究開発型企業や業績が不安定な企業では、
将来の結果によって株価が大きく変動する可能性があります。
ただし、大きな利益が得られる保証はなく、投資額の大部分を失うこともあります。
少額であっても、損失を許容できる範囲かどうかを確認することが重要です。




