第三十三話 絶えない波に、裂かれる陣
城壁の外側、暗闇に身を潜めていた戦士たちは息を殺して待っていた。
夜空に花火の爆音が轟いた刹那——誰かが叫んだ。
「今だ!」
それが指揮官の命令だったのか、誰かの本能が弾けた声だったのか、後から誰も答えられなかった。ともかく花火とその叫びが引き金になり、雄叫びがひとつ起き、それが伝播し、数十人の声が混じり合って波になった。アンデッドの群れに向かって、人間たちが突っ込んでいった。波のように、しかし波よりも固く、突き刺さるような形で。
グロームは右翼の端で剣を抜き、走りながら前を見た。
最初の衝突は、思ったよりうまくいった。最前列のアンデッドは動きが遅く、剣で頭を打てばそのまま崩れた。人間の一撃に耐えるほどの力も、まともな防御もない。十体、二十体、次々と斬り倒していく中で、グロームは一瞬、これなら行けるかもしれないと思った。剣が当たるたびに、腐った肉が地面に散った。匂いはひどかったが、戦いが始まれば鼻は勝手に慣れる。グロームの体は、慣れる順番を知っていた。
その考えは三十秒で吹き飛んだ。
倒したはずのアンデッドが起き上がってきた。
頭を割っても、腕を斬っても、完全に動かなくなるまでに何度も打ち込まないといけない。そして後ろからは次が来る。休む間もなく次が来る。数が多すぎた。倒す速さより、前進してくる速さの方が速かった。剣を振るたびに、一拍の遅れが生まれる。その一拍の積み重ねが、少しずつ、戦線を後ろへ押し戻していった。
さらに悪いことが起きた。
前列の兵士のひとりが悲鳴を上げた。見ると、アンデッドの持っていた錆びた剣が真ん中から折れ、その破片が兵士の肩に刺さっていた。錆びた鉄の破片は、新しい刃よりもある意味で性質が悪い。不規則な形で皮膚に食い込み、引き抜くのも一苦労だった。傷口の周りに、茶色い粉がこびりついていた。錆の粉だった。傷口に錆が入るとどうなるか、グロームは戦場で何度も見てきた。
「破片、気をつけろ!」グロームは怒鳴った。「武器、全部腐ってる。砕ける!」
声は届いたかもしれないし、届かなかったかもしれない。戦場の喧騒の中では、自分の声がどこまで伝わっているか確かめる余裕もなかった。大きな声を出すということは、それ自体が一種の呼吸法だった。肺を空にして、また吸う。呼吸のリズムが戦闘のリズムを作る。
波は続いた。倒しても倒しても、次が来た。アンデッドは痛みを感じない。怯まない。疲れない。人間の側だけが、じわじわと体力を削られていった。汗が鎧の内側を伝い、革の裏地に重さを加えていった。鎧が重くなるというのは、体が疲れているという信号だった。
◆
グロームは状況判断のため後方の支援線に一度戻った。ここでは別の戦いが続いていた。
ダガー投げは彼の得意技のひとつだった。狙いは頭だ。頭に当たれば致命傷になる。少し外しても倒れはしないが、アンデッドの動きを一瞬乱すことができる。その一瞬が、前線の兵士に息継ぎの時間を与えた。グロームは腰のダガーを三本、順に抜き、短い弧を描いて投げた。三本とも狙い通りの位置に刺さった。命中率というより、長年の手癖だった。
弓使いと数少ない冒険者の魔法使いも同じように後方から支援していた。矢が飛び、炎の玉が炸裂した。直撃を受けたアンデッドが崩れ、燃え上がる。だがそれでも、波は止まらなかった。火に包まれたままのアンデッドが、前へ歩き続ける。痛みを感じないということは、火すら抑止にならないということだった。燃える体が、なお前進する——それを見た若い兵士の数人が、瞬きを忘れた顔で立ち尽くした。
トッドは戦列の間を走り回っていた。
彼の役割は戦闘ではなく、物資の運搬と怪我人の搬送だった。包帯を持って走り、水を運び、動けなくなった兵士を安全な場所まで引きずっていく。本来は後方でやるべき仕事だが、戦場はどんどん広がっていて「後方」という概念が薄れつつあった。
「こっちです、こっち!」トッドが叫びながら走った。包帯を持った手が震えていたが、足は止まらなかった。震える手と動く足——それが今のトッドを支えている二つの軸だった。震えていても、足が動いている限り、仕事は続けられる。
問題は、アンデッドが横に回り込み始めていることだった。
正面の波が食い止められている間に、アンデッドの群れが左右に広がり、支援線の後ろにも侵入し始めていた。安全のはずだった後方に、ふらふらと歩いてくる影が現れる。弓使いのひとりが悲鳴を上げた。魔法使いが杖を向けながら後退した。
後方が崩れ始めると、全体が崩れる。グロームはそれを知っていた。古い戦場の教訓のひとつだった。死ぬのは前線ではなく、後ろから崩れた側だ——傭兵時代、年長の仲間から何度も聞かされた言葉だった。
◆
前線が揺れたのは、大型のアンデッドが現れてからだった。
人間の二倍ほどの体格のアンデッドが、五体、森の奥から出てきた。装備は原始的だ。巨大な木製のクラブを引きずるように持ち、のしのしと歩いてくる。地面を引きずる木の音が、他のアンデッドの足音とは違う低さで響いた。
それだけなら対処できたかもしれない。問題は、彼らが味方も敵も関係なく薙ぎ倒すことだった。
先頭の一体がクラブを横に振った。アンデッドが三体、まとめて吹き飛んだ。同時に、逃げ遅れた人間の兵士が二人、その余波で弾き飛ばされた。正騎士団の一個分隊が一瞬、動きを止めた。止まる、というのは戦場で最も危険な種類の反応だった。
「散れ!固まるな!」どこかから声が飛んだ。
正騎士団は訓練が行き届いていた。すぐに立て直し、大型アンデッドを孤立させるように回り込み始めた。だがそれは前線から戦力を引き抜くことを意味した。引き抜かれた分だけ、正面の突破口が広がった。戦場の算術は常に残酷だった。どこかを埋めれば、どこかが薄くなる。
グロームは歯を食いしばった。
状況は好転していない。むしろ悪くなっている。前線は薄くなり、後方は侵食され、大型の敵が新たに加わった。人間の数は最初から少なかったが、今や明らかに追いつかなくなっていた。
彼は腰に手をやり、アルダーが作った武器に触れた。
指先が金属の縁に触れた瞬間、手のひらが妙に静かになった。アルダーの仕事は、手で触れるだけで何かの答えを返してくる道具が多い。この武器も、その一つだった。
死ぬ前に使わないのは勿体無いと、調理器具の武器を手に取った。
◆
城門の小窓を叩く音がした。
小さな音だった。戦場の轟音の中では消えそうなほど小さな音だったが、グロームはなぜかそれを聞いた。たまたま近くにいたからかもしれないし、あるいは何かが彼の足を止めさせたのかもしれない。戦場で長く生きた人間は、ときどきそういう「聞くべき音」を拾う耳を持っている。理屈ではない。理屈ではないから、余計に信じるに値する。
「グロームさん、グロームさん」
可愛らしい声だった。戦場にまったく似つかわしくない、穏やかで落ち着いた声だった。どれだけの轟音が周りを満たしていても、その声の輪郭だけが不思議に揺れなかった。
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