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鍛冶屋から一歩も出ていないのに、気づいたら国を救っていた件 〜鍛冶屋アルダーの年代記〜  作者: 鈴野シン


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第三十一話 戦士たちの、目覚めの時間

夕暮れだった。


祭りが行われている広場を囲む建物の裏手——人通りが少ない石畳の路地を、男たちが進んでいた。


足音を殺している。五十人が一列に近い隊列を組んで、細い道を静かに動いていた。ヴォルターの部下が事前に下見をした道で、ここを通れば広場の人波に気づかれることなく、王宮の方向へ出られる。鎧からは紋章が剥がされ、布で関節が覆われ、金属の鳴る音が出ないように念入りに処理されていた。男たちは誰も振り返らなかった。互いの背中だけを見て、前へ進んだ。呼吸の仕方まで揃っていた。長く息を吐き、短く吸う。五十人分の呼吸が一つの生き物のように動いていた。


路地の上を、夕焼けの橙色の光が斜めに走っていた。その光は男たちの肩の上をかすめて、石畳の角に細く落ちた。肩が光を浴びる一瞬だけ、鎧の表面に乾いた傷がいくつも浮かび上がった。古い戦場の跡を身につけたまま、新しい戦場へ向かう男たちだった。


誰も見ていないと、思われていた。



教会の庇の部分に、フェンリルは胡座をかいていた。


目が閉じ、うとうとしていた。


正確には、半分起きていた。感覚というものは、目を閉じていても働く——とりわけ鼻と耳は。今日の広場は肉の焼ける匂いと汗の匂いと花の匂いとが混じり合っており、その全部が教会の高さまで上がってきている。音楽も来ている。笛の音が思ったより遠くまで飛ぶ種類の楽器らしく、庇の高さまでちゃんと届いた。


不快ではなかった。


少し目が重かった。


だから閉じていた。


夕暮れの風が、帽子の端に触れるたびに犬の耳がわずかに動いた。耳の動きは意識とは別のところで起きている。眠っているときの方がむしろよく働く種類の動き。広場の音は大きすぎて、逆に一つ一つの音の輪郭をぼかしていた。フェンリルはその音の海に身を任せていた。子供の頃、似たような海を渡った覚えがあった。名前はもう思い出せないが、匂いだけ残っている海——。


それが——。


耳がぴくりと動いた。


右耳だけが、先に動いた。それから左耳が追いかけた。


音だ。


広場の音ではなかった。音楽でも、人の声でも、売り子の声でもない。もっと低い場所から来る音——足音だ。整然とした足音。隊列を成した大勢の足音が、石畳の上を通っている。広場の賑わいの下に隠れているが、耳を澄ませれば聞こえる。足音は揃いすぎていた。祭りに浮かれている者は、あんな揃い方はしない。


フェンリルが頭を上げた。


金色の目が開いた。


眠気がすっと退いていった。退いた、というより、内側の別の部屋に片付けられた感覚だった。必要なものだけが表に出てきて、不要なものは奥に仕舞われる。これは長い年月で身についた切り替えの作法だった。


庇の端まで進んで、下を見た。


裏路地だ。人波は見えない。しかし——確かに動いている。木の陰に、建物の角に、影が流れていた。鎧の金属音が低くかすかに混じっていた。布で覆っているのに完全には消しきれていない、細い擦れの音。訓練された耳でなければ聞き逃すだろう音。


フェンリルは数えた。


五十。あるいはそれ以上。全員が鎧を着ており、進む方向は一定だ。広場ではなく、王宮だ。祭りの夜に、広場ではなく王宮へ向かう五十人——その意味が何であるかを、フェンリルはあえて言葉にしなかった。言葉にするまでもないことだった。


「なるほど」とフェンリルは一人で言った。声は低かった。


立ち上がった。足が庇の石の上に揃った。


懐から骨の剣を引き抜いた。白い刃が夕暮れの光を受けて輝いた。天に向かって真っ直ぐに掲げた。風がざっと来た。帽子の端から犬の耳がぴんと立った。尻尾が一度だけ大きく振れた。


剣の刃をひと舐めした。金属の味はしない。骨の味がした。古い、深い、何かの記憶の味。舐めた瞬間、舌の奥に遠い年代の匂いが蘇った。戦の前に立っていた誰かの汗、戦の後に残っていた土の匂い、名前も忘れた場所の空気。全部がこの刃の中に眠っていて、舐めるたびに少しだけ起こされる。今日は——全部起こしてもいい日らしかった。


フェンリルは庇から飛び降りた。


着地した足が石畳を叩いた音が、壁に短く反射した。振り返らずに走った。


路地を抜ける。広場の端を通り過ぎる。人の流れを縫うように進む。フェンリルの体格は人間の中でも大きい方ではないが、動きが速すぎて視線を捉えにくい——市場の人々は彼がそこを通ったことに気づかなかった。後ろを振り返った者がいたとしても、風が一つ通り過ぎただけのように見えただろう。


そして——路地の端に、それがあった。


正確には、それが石畳の上に横たわっていた。


大人の男が、酒瓶を胸の上に大事そうに抱えて、仰向けに寝ていた。


フェンリルは一瞬だけ足を止めた。


それからそのまま踏んだ。顔を。


「ふぐ」


ガランが声を出した。しかし目は開かなかった。


フェンリルは振り返り、寝ているガランを見下ろした。


「しっけい」とフェンリルは言った。「戦いが待っておる。いざ参る」


言い終えた瞬間には、もうその場を離れていた。足音が路地に響いて、遠ざかった。


ガランはまた寝続けた。


しばらくの間。


それからゆっくりと、片目だけが開いた。


開いて、閉じた。


また開いた。今度は両目が開いた。


石畳の冷たさが背中から伝わってきた。空が見えた。深い青だった。西の端にまだ橙の光が残っていたが、それが急速に消えていくのが目に入った。夕暮れが終わろうとしている。ガランはゆっくりと体を起こした。腰を曲げ、膝を立て、あぐらをかく形で座った。頭の芯にまだ酒の重さが残っていたが、それとは別の何かが、体の奥をゆっくり起こし始めていた。


何かがおかしい。


空気だ。祭りの匂いと、その下に何かが混じっている。金属の匂い。鎧の匂い。まだ血が出ていない鉄の匂い——戦場に近い空気の匂いだ。


この匂いを知っている。


長い間嗅いでいない。しかし体の方が先に思い出す種類の匂いだった。鼻が震え、背筋の古い場所が硬くなり、膝の内側の腱が目を覚ました。酒で鈍らせてきた何十年が、この一つの匂いの前でくたりと緩んだ。


ガランは壁に手をついた。立ち上がろうとして——手の下の石が、ずれた。壁だった。石の壁の、少し緩んでいた部分が、ガランの手の圧力に押されてずれた。石が一つ、内側に引っ込んで——穴が開いた。大人の手が入るほどの穴。ガランの忘れ去られた隠し場所だ。


ガランは少し驚いた顔をした。それから、何かを思い出したように顔が変わった。


胸に抱えていた酒瓶を、丁寧に穴の中に入れた。大切に。酒瓶を入れる仕草は、儀式のように丁寧だった。長年の相棒を、しばらく預けるような仕草だった。


それからもう一度、腕を穴の中に入れた。


今度は——長いものが出てきた。


布で覆われていた。布は古く、乾いており、埃がついていた。しかし下の形ははっきりしていた。柄があり、鞘がある。長剣だ。


ガランは布を解かずに、まず手の中でその感触を確かめた。


重さがある。


ただの重さではない。これを知っている。これを持って立ったことがある。この重さと共に走ったことがある。この重さが手に馴染むまでに何年かかったか——あの頃の記憶が、柄の感触と一緒に、手の平から流れ込んでくる。記憶は映像ではなかった。筋肉の記憶だった。どこで踏ん張るか、どう振り抜くか、どの瞬間に息を止めるか——全部が、重さの中に畳まれて戻ってきた。


ガランは布を解いた。


剣が出てきた。


刃こぼれはない。錆もない。誰かが丁寧に手入れをして、この壁の中に入れておいたのだ。二度と手に取ることはないと思っていた。しかし今はしっかりと手に取っている。ちゃんと手にあった。手が覚えていた。そして手が覚えているものは、体の他の場所も遅れて思い出すものだった。


ガランは立ち上がった。


背筋が伸びた。


胸が張られた。垂れていた頭が持ち上がった。目が変わった——さっきまでの、酒飲みの半開きの目ではなく、すべてが澄んだ目になった。何十年もかけて磨かれ、何十年もかけて封じ込めてきたものが、剣の重さと一緒に戻ってきた。風が路地を抜けて、ガランの前髪を一度だけ持ち上げた。前髪の下の額に、細い古傷が見えた。いつの戦場で負った傷だったかも、もう思い出せない。しかし傷の方はずっとそこに在り続けていた。


ガランは剣を一度鞘に収めた。腰に差した。


騒がしい方向を確かめた。


足音が遠ざかっていった方向。フェンリルが走っていった方向。金属の匂いがしてきた方向。全部が一致していた。


ガランは短く息を吐いた。酒の最後の重さが、その息と一緒に路地の石畳に落ちた。


ガランは走り始めた。

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