第二十二話 援軍は、炉の奥から来る
「アルダー、トッドを助けてあげて。私は調べてくる」
セレニティーが立ち上がった。外出着のまま、弓を背中に戻し始めながら言った。先程まで「あんた何者?」と詰め寄っていた追及は、いつの間にか消えていた。切り替えが早い、というより、優先順位の付け方が早い娘だ、とアルダーは思った。目の前に火急の話が二つ並んだとき、どちらを先に消すべきかを判断する速さが、たぶん冒険者としてのこの娘の芯の部分にある。
「昨夜の五人組——今思えばあの動き方。エルウィン王子の派遣隊に混じっていた正規軍の人間かもしれない。ヴォルターの騎士団に、変な面子がいる気がしてた」
「店にも来て視察って言って散らかした奴らか」とアルダーが言った。
「だから調べてくるのよ」とセレニティーは扉に向かいながら言った。入口まで来て、修理されたばかりの蝶番を一瞥した。「直したの?」
「途中だが」
「ふーん」と扉を押した。蝶番は問題なく動いた。押し引きの手応えを指先で確かめるような触り方だった。「じゃあ後でね」
扉が閉まった。
工房に、少しの静寂があった。弓を背負って駆けていく足音が、路地を抜けるまで聞こえていた。音が消えたあと、トッドがようやく息を吐いた。
「あの……セレニティーさんはいつも」と言いかけた。
「ああいう人だ」とアルダーは言った。「気にするな」
トッドは曖昧に頷いた。頷いてから、もう一度、今度は小さく頷いた。自分で自分に言い聞かせる頷き方だった。
◆
「本当に作れる?」とトッドが改めて図面を差し出した。さっきから二度目の質問だったが、二度目の方が声が小さかった。
アルダーは受け取り、広げた。
部品の数を数えた。車輪の組み方、アームの構造、各接合部のかみ合い——どれも単純ではないが、材料さえ選べば形は作れる。問題は時間だった。本物と同じ耐久性を持たせるには、鍛造と組み付けで最低でも一週間。だが、トッドが求めているのはそれではない。
「このサイズで急ぎだろ」とアルダーは言った。「そうすると見た目しかできない。ちゃんとした機能は保証できない。それでもいいか」
トッドは一拍だけ間を置いた。迷ったのではなく、確認していたような間だった。
「仕方ないですが、お願いします。最初に発見してから数週間そのままでした。誰も使わないと思います。ただ、観に来たときにないのはまずいです」
「わかった。明日の朝までに用意する」
「ありがとうございます!」
隠せない安堵が、トッドの表情に出た。肩の力が抜けていくような緩み方だった。ここまで走ってきた間、ずっと背中に乗せていた何かを、一度だけ下ろせた顔だった。
「ただ」とアルダーは言った。「それなりの金額はするぞ」
トッドの表情がまた変わった。困った、というより——準備していた顔をした。
「実は」とトッドは立ち上がり、入口の外に向かった。外のカートに行き、すぐ戻ってきた。手に、一本の長細いものを持っていた。
杖だった。
しかし普通の杖ではなかった。木製ではなく、金属と別の何かの複合材で作られている。先端に青みがかった石が嵌め込まれており、柄の部分には細かい装飾が刻まれていた。古い様式の工芸品に見えるが、表面の傷がほとんどない。丁寧に扱われてきたことが分かった。
「倉庫の奥に落ちていたんです。これでどうですか。正騎士団には魔法使いはいないので、なくなったことを誰も気づかないと思います」
アルダーは杖を受け取った。
持ち上げた瞬間、分かった。
軽い。見た目の割に、軽い。金属に見える部分が金属ではない何かで出来ており、石に見える部分も普通の石ではない。素材の正体を即座には特定できなかった。見たことのある組み合わせではない。一度、手の中で転がしてみた。重心が柄の中ほどにあり、振るために設計されていない杖だった。振るのではなく、何かを通すための道具——そういう作り方をされていた。指先に伝わる感触が、鉄でも鋼でもない、しかし金属特有の冷たさを持っていた。
珍しい。
珍しい、というよりも——どこで作られたのかが、まず見当つかない。正騎士団の倉庫の奥に落ちている類の工芸品ではない。落ちているとすれば、理由がある。理由の見当がつかない物を預かるのは、鍛冶屋としては悪くない部類の取引だった。
「問題ない」とアルダーは言った。杖を台の上に置いた。「明日の朝、開店前に来い」
「ありがとうございます!」とトッドは再び言った。今度は大きかった。
◆
トッドが帰った後、アルダーは工房の内鍵をかけた。カチリ、という音が、昼の静けさに一つだけ乗った。
図面を手に取り、広げた。窓の外を見た。昼過ぎの明るさだった。客が来てもおかしくない時間だが、今日はそういう日にしない。
まず、作業スペースを確保する必要があった。
工房の中央は普段、作業台と素材棚で埋まっている。大型の構造物を組み立てるには、床をできるだけ広く使う必要がある。作業台の脚を折り畳み、壁際に押した。木と木が擦れる音。素材の棚を部屋の隅に移動させた。棚の底板が石畳の床を軽く引きずった。工具は一部を吊り下げ式にして天井近くへ移した。使う順番を考えながら並べる。ハンマーは手前、鑿と鋸は左、巻尺と墨壷は奥の釘に。
中央に、人が二人横になれるほどの空間ができた。
素材を選んだ。
今回は機能ではなく外見を作ればいい。本来の投石装置に必要な、高い強度や精密な加工は不要だ。比較的扱いやすい木材と軽量の鉄材で形を作れる。棚の奥から、普段は使わない建材用の木材と細い鉄棒の在庫を引き出した。木材は乾燥具合を確認した。水気が抜けていて加工に問題ない。節の位置も大きく外れていない。鉄材は表面に軽い錆が浮いているが、見た目用なら構わない。どうせ最終的には煤で色を乗せる。
曲木が必要だった。車輪の外周に使う円形の部材だ。棚の奥を探すと、以前別の依頼で余った柔木の細材が数本あった。熱で曲げれば使える。数を数えた。四本——二輪分には、ぎりぎり足りる。
材料が揃った。
床に並べながら、図面をもう一度見た。線を一本ずつ指でなぞる。どこから手をつけるか。どこを後回しにしても、全体の形が崩れないか。頭の中で組み立ての順序を逆から辿った。完成形から遡って、最後の一本の釘はどこに打つか。そこから一つ前の工程は何か。
「これは骨が折れるぞ」
声に出した。誰に言ったわけでもない。
中央の床に向かい合わせに立った。手を擦り合わせた。
「よし、今日は全員の手伝いが必要だ」
炉に向かって言った。
工房が静まり返った。
一拍。
炉の中で、熾火の向こうが動いた。
炎が揺れ——その揺れ方が、風による揺れではない。炉の口の縁で、赤い光がひとつ滲み出た。人の手のひらよりひと回り小さい、炎の塊のような何か。輪郭が定まらず、しかし意思を持った動き方をする。
一体目が炉の縁に出た。次が続く。また次が続く。工房の壁に、十個分の赤い影がゆらめいた。
それぞれが微妙に違った。一番大きいものはアルダーの手のひら二枚分ほど。一番小さいものはその半分。横に広がり気味のもの、縦に細長いもの、先端がわずかに二又になっているもの。性格が形に出ているとしたら、それぞれに個性があった。炉の縁を飛び越えるときの跳ね方まで違う。大きいものは落ち着いた弧を描き、小さいものはぴょこんと跳ねる。縦に細長いものは真上に一度伸びてから、すっと横に滑った。
しかし全員、炉の口から出た瞬間に、床に並べた木材の方へ向かった。
考える間もない、素直な動き方だった。
「急がなくていい。焦ると木が割れる」
アルダーが言うと、一番小さい火の精がぱちりと鳴いた。分かった、という意味か、聞こえなかった、という意味か、区別はつかなかった。
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