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鍛冶屋から一歩も出ていないのに、気づいたら国を救っていた件 〜鍛冶屋アルダーの年代記〜  作者: 鈴野シン


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第十一話 何を清めるかは、まだ知らない

夜になった。


工房の炉は落ち着いた音で燃えていた。昼間の張りのある炎ではなく、夜の仕事に合わせて低く抑えた火だ。窓の外の街はもう静かで、聞こえるのは炉の呼吸と、木造の天井が夜気を吸って小さく軋む音だけだった。


浄化の弓に使う素材を、作業台に並べた。四つある。


銀樹の樹皮<ぎんじゅのじゅひ>——北の高地に生える樹木の、内側の樹皮だ。銀色がかった白で、乾燥させると薄い板状になる。小さなナイフで削ると、削り粉が星の形をして光る。光はすぐに消えるが、その瞬間だけ、工房が冬の夜空みたいな色になる。アルダーは一定の厚みになるよう、慎重に削った。削りすぎると弓の骨格が弱くなる。削り粉は指先に冷たい。高地の空気をそのまま含んだ冷たさだ、とアルダーは思った。


黒曜繊維<こくようせんい>——黒曜石を高熱で引き伸ばした繊維で、普通は鋭くて触れれば切れる。水に浸すと柔らかくなる。一日かけて水の中で糸状にする。乾かすと、今度は触れても切れない——ただし、強度は増す。弓弦の芯に使う。水から引き出した糸を指先で感じながら、弦に通す。太すぎると弓が重くなる。細すぎると切れる。指の感覚で調整する。水を吸った繊維は、まだ少しだけ切れる時の記憶を残している。指先に浅い引っ掛かりがある。乾くまでの間に、その記憶を抜いてやる必要があった。


琥珀金の樹脂に封じられた羽根——透明に近い黄色の塊の中に、一枚の羽根が閉じ込められている。どんな鳥の羽根かは知らない。羽根の先端から根元にかけて、色が白から金色に変わっている。作業台に置くと、灯りを受けて塊の中の羽根がわずかに動いたように見える。実際には動かない。光の屈折がそう見せているだけだ。


火の精に声をかけた。


火の精は炉の中でゆらりと起き上がり、作業台によじ登った。炉から離れると光が弱くなる。琥珀金の塊の前に座って、しばらく見つめた。塊の中の羽根を、首を傾げるようにして眺めていた。


「溶かせるか」


少し困った仕草を見せる精霊。


「時間をかけていい」


火の精は塊に両手を当てた。炎の手が琥珀に触れて、表面から少しずつ熱が入っていく。均等に、少しずつ。精霊は急がなかった。急ぎすぎると内部の羽根が傷む——そのことを知っているかのように。炎の色は、普段より細く、落ち着いていた。精霊の肩がときどき小さく震える。集中の震えだった。


やがて琥珀が溶け、羽根が取り出された。


乾いた布で羽根の表面を拭いた。樹脂が薄く残っていたが、それはそのままにした——乾いた後に、弓の接合部に薄く塗ることができる。羽根の軸を指で挟んで持ち上げると、思ったより軽い。長い間閉じ込められていたわりに、羽根そのものは一度も傷んでいなかった。


最後に雨玻璃<あめはり>——雨が降った後の石畳に溜まる水が、まれに固まることがある。雨玻璃はその固まりを採取したものだ。見た目は曇ったガラスに似ているが、光に透かすと虹色になる。美しいから使うわけではなく——雨玻璃は月光を集める性質がある。弓の握り部分に嵌め込む。嵌め込むための窪みを、銀樹の骨格に丁寧に彫る。深すぎても浅すぎてもいけない。雨玻璃の裏側が、木部とぴたりと合うように。


弓を組み上げるのに夜半までかかった。銀樹の樹皮を削って弓の骨格を作り、黒曜繊維を弦に通し、羽根を要所に縛り付け、雨玻璃を握り部分に固定する。接合部には琥珀金の樹脂を薄く塗った。樹脂が固まると、弓全体がわずかに輝いて見えた。四つの素材が、互いを否定せずに一つの形に収まっていた。


完成に近い。しかしまだ一つ足りない。


アルダーは天井を見た。


工房の天井に、小さな丸い窓がある。普段は空が見えるだけだ。夜は星が見える。今夜は雲が多い。だが月が出ていた——雲の隙間から、細い光が差し込んでくることがある。


アルダーは弓を抱えて、窓の真下に立った。


待った。


雲が動く。光が揺れる。工房の隅に落ちた影が、そのたびにわずかに形を変える。時間の感覚が鈍くなってきた頃に、雲が薄くなった。待つことには慣れていた。鉄を扱う者は、温度と色の変化を待つ時間を、一日のうちに何度も繰り返している。


窓から一筋の光が落ちてきた。


弓に当たった瞬間、雨玻璃が光を集めた。その光が弓全体に広がった——じわりと、ゆっくりと、銀樹の骨格に沿って光が走った。骨格の節目ごとに光が小さく留まり、そして次の節へ移る。黒曜繊維の弦が震えた。音はなかった。光だけがあった。


そして収まった。


弓は今、ただの弓に見える。しかし手に持つと、重さが変わっていた。軽くはなっていない。むしろ落ち着いた重さで、掌に馴染んでいる。何かが宿った、という感覚がある。


作業台に置いた。


火の精が炉の中からうっとりした声を出した。


「きれいか」


小さい頭を上下に振る。


「機能も充分だ」


火の精はそれをわかっているような顔で、炉の奥に引っ込んだ。



翌日、セレニティーが来た。


弓を見た瞬間に、動きが止まった。戸口からカウンターまでの数歩が、途中で止まった、という止まり方だった。


両手で受け取って、持ち上げた。光に透かした。弦を指で弾いた。澄んだ音がした。弓が振動の余韻を穏やかに吸収していく。一度鳴った音が、弓の木部にすっと吸われて消える。


「……これ」


「浄化機能がある。腐敗に晒されると、ある程度浄化できるようになっている。効果についてはいろいろ試してみる必要はある」


「十分」セレニティーは弓を抱えた。頬に当てた。照れているわけでも感傷的なわけでもなく——弓の温度を確かめているような仕草だった。「本当に何でも作れるんだね」


「作れるかどうかは、やってみるまでわからない」


「でも作れた」


「今回は作れた」


セレニティーは笑った。


「また来るね」


「いらっしゃい」


セレニティーは弓を背負って店を出た。



街の大通りを、セレニティーは歩いていた。新しい弓を背負い、足取りは軽い。「浄化しそうな出来だわ、これは」と独り言を言いながら歩いていた。振り返るたびに弓の重みが肩に気持ちよく乗り直す——その感触を確かめながら歩いている。


その足元に、男が寝ていた。


ガランだ。酒瓶を抱えて、大通りの端の石畳の上で眠っていた。昨日からいたのか今朝来たのか、石畳の上には彼がいた。


セレニティーはガランに気づいていなかった。手元の弓に夢中で足元を見ていなかった。


足が引っかかった。


前に倒れ込みながら、弓が振れた。弓の先端がガランの肩に当たった。


その瞬間、弓が光った。


光は一瞬だったが、ガランに伝わった——酒の臭いと街の汚れで灰色になっていたガランが、光に包まれた。光が引くと、ガランから酒の匂いが消えた。肌色も若干本来の色を取り戻していた。髭にまで染みていた酒の匂いが、きれいに抜けていた。


セレニティーは体勢を立て直した。ガランを見た。


「——合格。腐敗の範囲が曖昧だけど」


それだけ言って、歩き去った。


しばらくして、ガランが目を覚ました。


体の感覚がおかしい。


酔いが、ない。完全に、一滴も残っていない。素面だ。なぜ。


視界が明瞭すぎる。石畳の目地が一本ずつはっきり見える。遠くの声まで聞こえる。自分の呼吸の音が、耳のすぐそばにある。


理由はわからなかった。わからなかったが、問題はあった——素面でいるのは落ち着かない。ガランは抱えた酒瓶の蓋を開けた。一気に飲んだ。体の奥から、馴染んだ重さが戻ってきた。視界が少しぼやけ、音が遠くなり、呼吸が自分の内側に戻っていく。


ガランは目を閉じた。


石畳の上で、また眠った。


鍛冶屋の看板が、大通りの風にわずかに揺れていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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