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警部補・栗原剛を逮捕せよ〜沈黙の十二助骨〜  作者: ユタカ
警部補・栗原剛を逮捕せよ〜沈黙の十二助骨〜

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泥中の骸(むくろ)と八雲の暗がり

 降り止まない雨が、ついに大地に隠蔽を諦めさせた。

 栗原と石田がレンタカーの中で「八雲山」という地図上の特異点を見据えていたまさにその時、カーラジオから唐突に流れ出した臨時ニュースのチャイムが、十一年間に及ぶ沈黙の崩壊を告げた。

『――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。本日午後、記録的な豪雨により土砂崩れが発生していた岡山県北部の復旧作業現場から、白骨化した遺体が発見されました。遺体は骨のサイズなどから十代と推測されます。さらに先ほど、広島県庄原市、および島根県西部の山林斜面崩落現場からも、相次いで一部白骨化した遺体が発見されたとの情報が入ってきました!』

 ラジオの向こうで、ニュースキャスターの緊迫した声が上擦る。

『三つの県をまたぐそれぞれの現場から、遺体のそばに共通して「銀色の金属片」……髪飾りのようなものが発見されたとのことです! 警察は、同一犯による広域連続殺人の可能性も視野に入れ、身元の確認を急いでいます――』

 栗原は、レンタカーのハンドルを握ったまま、深く重い息を吐いた。

 恐れていた事態が、最悪の形で実体化した。手ぶらで消えた少女たちは、やはり遠くへ逃げたわけではなかったのだ。

 すでにネットやSNSでは「連続殺人鬼の死体農場か」という無責任な憶測が飛び交い、日本中がにわかに異常な熱狂と恐怖の渦に呑み込まれようとしていた。男は彼女たちの命を奪い、その亡骸を中国地方のあちこちの深い山中へと、点々と埋めて回っていたのである。

 数時間後。島根県警本部の大会議室は、報道陣のフラッシュを外に弾き返しながら、怒号と足音で溢れかえる野戦病院と化していた。

 岡山、広島、そして島根の三県で同時に発見された、同一の遺留品(銀の髪飾り)を持つ十代の遺体。事態は瞬く間に「広域連続猟奇殺人事件」へと発展し、島根県警に合同の特別捜査本部が立ち上げられたのである。

 群がる地元署員たちを割って演台に立ったのは、仕立ての良いダブルのスーツを着こなした、怜悧な目つきの男だった。その後ろには、無造作に掻き上げた長髪に鋭い細縁眼鏡をかけた、長身の刑事がタブレットを手にして控えている。

 警視庁捜査一課・管理官の関川と、その部下である鈴原。

 四年前に東京を震撼させた連続爆破テロ事件において、絶望的な状況下で栗原と共に現場の最前線を戦い抜いた、因縁深き男たちだった。

「静かにしろ。本庁からの特命で、この特別捜査本部の指揮を執らせてもらう」

 関川のマイクを通した声が、騒然とする会議室を完全に制圧した。

「鈴原から、法医学教室の初期報告を伝える」

「警視庁の鈴原です」

 鈴原が眼鏡を中指で押し上げ、淡々と口を開いた。

「岡山、広島、島根の遺体は、いずれも十代半ばの少女。そして……すべての遺体から、胸郭の最も下にある『第十二肋骨(浮遊肋)』が鋭利な刃物で切断され、持ち去られています」

 会議室がどよめきに包まれる。

「犯人は、被害者の骨を戦利品として持ち去る異常者だ」

 関川が言葉を引き継ぐ。

「遺棄現場の状況から見て、犯人は山林の地理に明るく、他にも複数の余罪がある可能性が極めて高い。すでにメディアが嗅ぎ回っている。各県警は連携し、中国地方全域の山林の徹底的な捜索、および周辺地域のローラー作戦を展開しろ。過去の行方不明者との照合も急げ。以上!」

 関川の指示は、警察組織の圧倒的なマンパワーを頼りにした、力技の絨毯爆撃だった。彼らは「銀の髪飾り」と「足りない肋骨」という表面的な特徴だけで犯人像を組み立て、当てもなく広大な山々をひっくり返そうとしている。

 演台を降りた関川と鈴原が、会議室の最後列で腕を組んでいた栗原の巨体に気づき、歩み寄ってきた。

「……相変わらず、薄暗い部屋の隅がよく似合うな、栗原」

 関川が、ニヒルな笑みを浮かべて言った。

「四年前に世間から『悪の教祖様』に仕立て上げられた男が、ほとぼりが冷めたと思ったら、今度は地方の生安で犬泥棒でも追っかけているのか」

「あんたも相変わらず、本庁の面子を守るための尻拭い、ご苦労なこった。山狩りでせいぜいマツタケでも見つけてこい」

 栗原は鼻で笑い、関川の背後に立つ男に目を向けた。

「……隣のインテリ眼鏡も相変わらずだな」

「お久しぶりです、栗原さん。あなたのせいで地方出張ですよ」

 鈴原が、やれやれといった様子でタブレットを小脇に抱えた。

「相変わらず単独行動がお好きなようですが、ここは連続猟奇殺人の特捜本部です。生安の出る幕はありませんよ。迷子探しに戻られたらどうですか」

 冷たく突き放すような鈴原の言葉。だが、栗原には分かっていた。彼らは本庁のエリートとして「組織の建前」を演じているだけであり、四年前の事件で栗原の猟犬としての執念を誰よりも身をもって知っているからこそ、あえて本庁の重圧から栗原を遠ざけようとしているのだ。

「……ああ、そうさせてもらう」

 栗原は無言で踵を返し、会議室を出た。

「栗原さん!」

 廊下に出た途端、後を追ってきた石田が声を荒らげた。その手には、彼らが足で稼ぎ出した「十一人のリスト」と「八雲山」のデータが入ったファイルが握られている。

「なんで関川さんたちに何も言わないんですか!? 本部にこのデータを渡せば、十一年前からの一年に一人の規則性も、犯人の目的が『十一月生まれの少女』だってことも全部伝わるのに! 警察全体で八雲山を包囲すれば……」

「……石田。相手は、神話というまやかしを使って少女の心に巧みに入り込み、自ら家を出させるような狡猾な誘拐犯だぞ」

 栗原の低い声が、石田の言葉を遮った。

「もし警察の大部隊がサイレンを鳴らして八雲山を包囲してみろ。奴は逃走を急ぐか、最悪の場合、証拠隠滅のために少女を殺して逃げる。……本庁のローラー作戦は、奴からすればただの『ノイズ』に過ぎない。俺たちの手で、奴の懐に音もなく入り込む必要がある」

 四年前。栗原は、偽りの言葉や思い込みによって構築された虚像によって、人生を、名誉を、そしてささやかな日常を奪われた。

 だからこそ、他者の心の弱さに付け込み、もっともらしい言葉で支配しようとする人間を、栗原は誰よりも憎んでいた。

「世間や警察組織が、過去の骨探しで騒いでいる間に、俺たちは『生きている十二人目』を救い出す。……行くぞ」

 石田は唇を噛み締めると、力強く頷いた。

「……分かりました。共犯になります」

   * * *

 深夜十一時。

 島根県東部にそびえる八雲山は、暴風雨の中で黒々とした巨大な獣のようにうずくまっていた。

 特捜本部が三県の山狩りに数千人の人員を割いている今、この名もなき暗がりに目を向ける警察官は、栗原と石田の二人だけだった。

「……栗原さん、ナビの道はここまでです。この先は、車じゃ入れません」

 フロントガラスを叩きつける雨音の中、石田が懐中電灯を握り締めながら言った。

「歩くぞ」

 二人は車を降り、泥濘む獣道へと足を踏み入れた。

 雨は容赦なく体温を奪い、足元の泥はブーツを重く沈み込ませる。ターゲットの特定を諦め、場所だけを頼りに強行軍で山に入った以上、今日この山に犯人が現れる確証はない。完全に空振りに終わる可能性すらあった。

 だが、一時間ほど斜面を登った時だった。

 先頭を歩いていた栗原が、ふと足を止め、懐中電灯の光を地面に向けた。

「……石田。見ろ」

 栗原の光が照らし出したのは、ぬかるんだ土の上に残された、深く太い二本の『タイヤ痕』だった。

「こんな山奥に車の轍……? しかも、雨で完全に流されていないってことは、ついさっきつけられたばかりの轍です!」

 石田の顔に緊張が走る。

 栗原は無言でうなずき、腰のホルスターから警棒を引き抜いた。

 轍を辿ってさらに奥へ進むと、雨の匂いに混じって、異質な気配が鼻を突いた。古い紙の埃っぽさと、重く甘い『線香』の匂いだ。

「……ッ」

 木々が開けた小さな窪地。そこに、闇と同化するようにひっそりと停まっていたのは、窓ガラスに黒いスモークが貼られた「古い黒いバン」だった。

「ビンゴだ……!」

 石田が叫びそうになる口を、栗原が素早く塞ぐ。

 バンのエンジンは切られており、中はもぬけの殻だった。だが、後部座席のドアが開け放たれ、そこからさらに山の奥へと、何かが引きずられたような跡が続いている。

 二人は息を殺し、木立に身を隠しながら、光の漏れる方向へと忍び寄った。

 そこには、風化して半ば崩れかけた古い廃神社があった。

 雨風を凌ぐ拝殿の中には、無数の蝋燭が灯され、異様な影を壁に揺らめかせている。

「……嘘だろ」

 石田が、恐怖に顔を引き攣らせた。

 祭壇の前に置かれた古い木箱。その上に、白いワンピースを着せられた少女が、死んだように目を閉じて横たわっていた。

 顔も名前も知らない。だが、誕生月の条件に当てはまり、神話のまやかしに騙されて自らここまで歩いてきたであろう、間違いなく「十二人目」のターゲットに選ばれた少女だ。

 なぜ、予定よりも何日も早く、少女がここにいるのか。

 驚愕する二人の視線の先で、祭壇の奥から一人の男がゆっくりと姿を現した。

 白い狩衣かりぎぬを身に纏った、年齢不詳の男。その手には、鈍く光る医療用のメスが握られている。

「……あぁ、やはり。この泥と鉄の臭い。山の神域には相応しくない『迷い犬』が入り込んでしまいましたね」

 男――スサは、ひどく穏やかで透き通るような声で笑った。

「ようこそ、黄泉の入り口へ。ですが、十二年越しの私の神事を邪魔することは、誰にも許されませんよ」

 十一年間、暗闇の中で神話を利用して少女たちを連れ去り続けてきた怪物が、ついに栗原たちの前にその実体を現した。

 暴風雨が吹き荒れる八雲山の暗がりで、真実を追う猟犬と、神を自称する狂気的な誘拐犯の、凄惨な死闘の火蓋が切られようとしていた。

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