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警部補・栗原剛を逮捕せよ〜沈黙の十二助骨〜  作者: ユタカ
警部補・栗原剛を逮捕せよ〜沈黙の十二助骨〜

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18/25

狂乱の電波と、骨の神殿

 島根県警本部、特別捜査本部。

 壁一面に設置された巨大なモニター群は、いまや事件解決への糸口を映し出すためのものではなく、警察組織に向けられた「底知れない悪意」を垂れ流す巨大なスピーカーと化していた。

『――依然として、拉致された神谷しずくさんの安否は不明です。主犯格と目される栗原剛容疑者は、かつての未解決テロ事件でも組織の信用を失墜させた「警察の癌」とも呼べる存在。今、日本中がこの史上最悪の警官の確保を待っています』

 ニュース番組のコメンテーターが、正義感に酔いしれた顔でカメラの向こうの群衆に語りかける。

『中国地方の山々で発見された十一体の犠牲者たち。彼女たちの遺体から切り取られたという肋骨は、果たしてどこにあるのか。栗原容疑者は、自分の異常なコレクションとしてそれを持ち歩いているのでしょうか。身内であるというだけで、この猟奇的な怪物を十一年間も野放しにしていた警察の隠蔽体質。その責任を、彼らはどう取るつもりなのか!』

 画面の下部には**【連続猟奇殺人・現職警官の異常な素顔】**という赤黒いテロップが躍り、その横を流れるSNSのタイムラインは、「栗原を即刻射殺せよ」「無能な島根県警を解体しろ」という、顔の見えない群衆からの呪詛で数秒ごとに埋め尽くされている。

 会議室の空気は、もはや捜査の熱気などではない。世論という名の、形のない巨大な怪獣に喉元を噛みつかれた、逃げ場のない「殺気と焦燥」へと変貌していた。何百人という捜査員たちが、疲労と屈辱で血走った目をモニターに向け、ギリギリと歯を食いしばっている。

「……見ろ。これが国民の声だ、関川」

 山名がモニターを指差し、地鳴りのような低い声で言った。その声には、現場の誇りを泥で汚された男の、純粋すぎるがゆえに歪んでしまった憎悪がこびりついていた。

「お前が庇おうとしている男は、今やこの国の敵だ。奴が生きて呼吸をしている一秒ごとに、我々が身につけている桜の代紋が泥に塗れていく」

 山名はマイクを握り、全管区の通信網へ向けて、決定的な、そして後戻りのできない命令を下した。

「……全部隊に通達。栗原剛、および石田誠の発見に際し、一切の躊躇は無用。抵抗の素振りがあれば、あるいは少女に危害を加える挙動を見せれば、直ちに無力化(射殺)せよ。その責任はすべて、この本部長たる俺が負う!」

 山名のその言葉は、もはや法執行ではなく「処刑」の宣告だった。

 関川は拳を白くなるまで握り締め、ポケットの中で自らの爪が掌に食い込む痛みを感じながら、沈黙を選んだ。自分がここで山名に反論し、指揮権を剥奪されれば、栗原たちを援護する最後の細い糸すらも断ち切られてしまう。

 関川の鋭い視線はただ一点、部屋の隅にある「情報分析官・鈴原の空席」に向けられていた。

(……頼むぞ、鈴原。お前がこじ開ける『裏口』だけが、この狂った組織の目を覚まさせる唯一の劇薬だ)

   * * *

 同時刻。八雲山の麓、林道の行き止まり。

 降りしきる豪雨の中、鈴原は泥だらけのアスファルトに膝をつき、覆面パトカーのトランクを開け放っていた。

 本庁のサーバー室から持ち出した剥き出しの電子基板と、小型の指向性サテライトアンテナ。普段は空調の効いたサーバールームでしか作業をしたことのない彼の細い指先は、冷たい雨に打たれて白く凍え、微かに震えていた。

「……メディアは完全に栗原さんを犯人だと決めつけて煽っている。もう時間がない」

 鈴原は、雨水を拭いもせずにラップトップを開き、関川から密かに渡されていた県警の最高機密アクセスキーを端末に差し込んだ。目指すのは、特捜本部のメインサーバーへのバックドアからの侵入。

 それは、ただの通信傍受ではない。本庁の音声出力を完全に外部からコントロールする、発覚すれば国家反逆や電波法違反、不正アクセス禁止法違反で確実に懲戒免職となる、警察システムへの完全な乗っ取り(オーバーライド)だった。

「……石田くんの端末から漏れている微弱なパケットを捕捉。指向性アンテナで増幅し、本庁の秘匿回線と強制リンク(結合)させます」

 カタカタと、雨音に負けない猛烈な速度でタイピング音が響く。ディスプレイの青白い光が、鈴原の濡れた顔に決意の影を落としていた。

「……頼みますよ、栗原さん。あなたの底で起きている『真実』を、あの狂った会議室に直接叩き込んでやる」

 鈴原は、最後の実行エンターキーに指を置き、暗闇の山の頂上を睨みつけた。

   * * *

 その頃。栗原と石田は、硫化水素の悪臭が粘りつく八雲旧鉱山の最深部――「真の儀式場」へと辿り着いていた。

 そこは、鉱山の採掘跡の行き止まりを利用して作られた、巨大なドーム状の地下空間だった。

 天井からは真っ白な硫黄の結晶が鍾乳石のように鋭く垂れ下がり、足元には赤黒い水たまりが広がっている。周囲の岩肌には何百本という和蝋燭が不気味なほど整然と並べられ、その揺らめく炎が、冷たい岩壁に無数の亡霊のような影を落としていた。

「……あ、あぁ……」

 石田が、喉の奥でヒュッと息を呑み、絶句した。

 空間の中央に、それは鎮座していた。

 黄泉比良坂のダミー施設にあったような、カモフラージュのための真新しい桐の箱ではない。そこにあるのは、圧倒的な「死」の集積だった。

 漆黒に塗られ、古い家紋のような金細工が施された十一の小さな厨子ずしが、魔法陣のように完全な円を描いて並べられている。そして、その開け放たれた一つ一つの扉の中には、白く、しかし禍々しい艶を帯びた人間の**「第十二肋骨(浮遊肋)」**が、赤いビロードの布の上に宝物のように安置されていた。

「十一本の骨……。あいつは十一年間、ここへ通ってこの神殿を組み上げてきたのか」

 栗原の低い声が、冷たい岩肌に重く反響する。

 警察が中国地方の山々で発見し、大騒ぎしていた十一体の白骨。それは、物部にとってはどうでもいい、ただの「肉の抜け殻」に過ぎなかったのだ。奴の本当の執着は、切り取ったこの「神の鎖(肋骨)」だけであり、それを集めて己の精神の箱庭を完成させることだけが目的だったのだ。

 十一の厨子で描かれた円陣の中心。

 そこには、十二番目の欠片ピースを納めるための黒い台座だけが空のまま置かれ、そのすぐ横の冷たい岩の祭壇に、真っ白なワンピースを着せられた神谷しずくが、気を失ったまま寝かされていた。

 そして彼女の頭元で、物部が純白の狩衣を自らの返り血でどす黒く汚したまま、オーケストラの指揮者のように両手を大きく広げて立っていた。

「……素晴らしい、猟犬諸君。最後の最後で、この本物の神殿へ辿り着いた。君たちは、この十二年間の長きにわたる巡礼を締めくくる、最高の『参拝客』だ」

 物部は、優雅に一礼した。その端正な顔立ちには、もはや人間としての理性や倫理のタガは一滴も残っていない。自らを上位存在だと完全に信じ切った、純度百パーセントの狂気の笑みだった。

「スサさん……やめて……」

 薬の効き目が切れ、意識を取り戻しかけたしずくが、震える声で懇願する。

 物部は慈しむような、ひどく優しい手つきで、彼女の胸元に、上着の懐から取り出した予備の医療用メスをスッと当てた。銀色の刃先が、白いワンピースの生地に微かに食い込む。

「しずくちゃん、怖がらなくていい。君の『神の鎖』は、この神殿を完成させる最後の鍵だ。君は死ぬのではない。十一人の姉妹たちと共に、不滅の神話の一部になるんだ」

「ふざけるな、物部ッ!!」

 栗原が丸太のような腕で警棒を握り締め、ブーツで泥水を跳ね上げて一歩踏み出した。

「動くな、栗原刑事。君が一歩でも近づけば、私の手も動く」

 物部はメスを押し当てたまま、薄く笑った。

「……だが、せっかくだ。儀式を始める前の最後の祈りとして、私の告白を聞かせてあげよう。警察組織がいかに無能なシステムであるか。そして、山名という男の強すぎる正義感が、いかに私の『舞台』を完璧に整えてくれたかをね」

 物部が歪んだ笑みを浮かべ、警察組織への決定的な侮辱の言葉を紡ぎ始めた、まさにその瞬間。

 地上の豪雨の中で、限界まで息を止めていた鈴原の指が、端末のエンターキーを静かに、だが確かな殺意を持って叩き抜いた。

(――システム・オーバーライド。特捜本部メインスピーカーへの強制割り込み、実行)

 深い地の底で紡がれる怪物の肉声が、山名のいる警察組織の心臓部へと、光の速度で直結した。

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