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天才錬金術師の正体は影武者の私でした 〜私を捨てた姉の薬が効かなくなった頃、呪われた辺境伯様は私だけに懐きます〜  作者: P作
第1章「捨てられた本物」

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第4話 影でなく、私の名で

翌朝。ディートハルトは、自分の足で最上階から降りてきた。


ゴットフリートが腰を抜かしかけた。何年も寝台を離れられなかった当主が、杖もなく階段を下りてくる。使用人たちが、廊下の隅で言葉を失って立ち尽くしている。


「朝の光が、痛くない」彼は、窓の外の痩せた庭を見ていた。

「何年ぶりか、思い出せん」


「一時的なものです」私は釘を刺した。

「薬が切れれば戻ります。毎日、私が組まなければ」


「だろうな」彼が振り返る。瞳は、もう昨日ほど冷たくはなかった。

「だから、聞く。お前は、何だ」


来た、と思った。昨日の一服で、彼は気づいている。あんな薬を、即興で、足りない素材から組める人間が、ただの“厄介払いされた令嬢”であるはずがない、と。


どこまで話すか、一瞬だけ迷う。


影として薬を作っていた、という事実は、渡してもいい。けれど――その薬に「天才ヴィオラ」の名がつき、王都じゅうがその名を讃え、姉の地位も富も、その全部が本当は私のものだった。そこまでは、まだ早い。今ここで明かしても、信じてもらえないか、利用されるだけだ。本物の切り札は、いちばん効く場所まで、伏せておく。


だから、半分だけ、真実を渡す。


「公爵家で、薬を作っていました。表に出ない係として、ずっと。腕には覚えがあります。それだけ、ご承知おきください」


「表に出ない係」ディートハルトは、その言葉をゆっくり舌の上で転がした。「影、ということか」


鋭い。私は、肯定も否定もしなかった。


「ひとつ、提案があります」話を変えた。

「私を、形だけの妻ではなく、この館の専属錬金術師として使ってください。あなたの呪いを抑える薬を、毎日組みます。その代わり――」


「代わり?」


「工房と、素材を集める自由をください。それだけで結構です」


彼はしばらく私を値踏みするように見て、やがて低く問うた。


「逃げないのか」


「は?」


「ここは呪われた辺境だ。嫁いだ娘は、皆、逃げ出すか、心を病んだ。お前にも機会はやる。今なら、まだ戻れる。なぜ残る」


ああ、と思った。この人は、自分が“近づく者を不幸にする”と本気で思い込んでいる。だから、先に逃げ道を差し出す。優しさの形をした、諦め。


私は笑った。今度は、皮肉ではなく。


「戻る場所なんて、ありませんもの。私を捨てた家に? お断りです」


それから、まっすぐ彼を見て付け加えた。


「それに。やっと見つけたんです。ここでは、私の薬が、ちゃんと“私の薬”として効く。誰の影でもなく、私の名前で、人を治せる。こんな場所、他にありません」


ディートハルトの目が、わずかに見開かれた。何かを言いかけて、彼は口を閉じる。代わりに、ぶっきらぼうにこう言った。


「工房は、東の離れだ。好きに使え。ゴットフリート、案内してやれ」


「はい、ただちに」家令の声が、少し震えていた。嬉しさを、こらえるように。


背を向けかけた彼が、ふと足を止めた。


「クロエ、と言ったな」


「はい」


「名は、覚えておく」


たったそれだけの言葉だった。けれど、十八年、誰にも“私の名前”で呼ばれてこなかった私には、それが不覚にも、少しだけ、効いた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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