第3話 効いてしまった一服
「視られる、だと」
ヴェルンフェルト辺境伯ディートハルトは、嘲るように喉を鳴らした。
「宮廷の錬金術師どもが、何人来たと思っている。王都で最高と謳われた連中だ。誰一人、この呪いの正体すら掴めなかった。それを、嫁いだばかりの小娘が、一目で?」
「ええ」
即答した。謙遜は、この場では時間の無駄だ。
「彼らに視えなかったのは、彼らが“処方書を読む”人たちだったからです。書いてあることは読める。でも、書いていないものは読めない。呪いは、本に載っていませんもの」
ディートハルトの眉が、わずかに動いた。
「私が視ているのは、本ではありません。あなたの体そのものです。今、右半身のほうが痛みが強い。さっきから、左手で右の肩を庇っていらっしゃる。夜になると、こめかみが脈打って眠れない。違いますか?」
部屋が、しんと静まり返った。
戸口でゴットフリートが目を見開いている。当の本人は、答えなかった。けれど、答えないことが、答えだった。
「仮に」ディートハルトが低く言う。
「仮に視えたとして、どうする。解けるとでも?」
「解く、の前に。まず、和らげます」
私は、形見の道具入れを開いた。すり切れた革の中から、匙と乳鉢、道中で摘んだいくつかの草を取り出す。痩せた土地にも薬草は生える。むしろ、過酷な土地のものほど、効きは強い。
「水を。あと、火を少し。それだけあれば足ります」
ゴットフリートが、慌てて湯と火種を運んできた。私は、月光草の根を磨り、痛みの巡りを鈍らせる苔を、ほんのひとつまみだけ加える。多ければ毒、少なければ効かない。その境目を、舌が針の先ほどの精度で教えてくれる。
煮立てて、漉して、冷ます。ことり、ことりと乳鉢が鳴り、薄暗い部屋に、ほのかに甘い薬草の湯気が立ちのぼっていく。
できあがった一服を、彼に差し出した。
「どうぞ。不味いですけど、効きます」
彼は、しばらく器を見つめていた。それから観念したように、ひと息に呷る。
数秒。喉が、ごくりと動く。
そして――強張っていた肩から、ふっと力が抜けた。眉間の皺がほどけ、荒かった呼吸が、深く静かになっていく。彼自身が、いちばん信じられないという顔をしていた。
「痛みが、引いて、いく。何年も、片時も引かなかったものが」
「ええ。ただ――今日は、ここまでです」
私は、空の小袋を裏返してみせた。
「本当ならもっと深く、根の近くまで抑えられます。でも、手持ちの素材が足りない。今あるものでは、半分が限界。今夜の真夜中には、また痛みが戻ります」
「半分、か」彼が、掠れた声で笑った。自嘲ではない、奇妙にやわらかい声で。
「半分でいい。誰も、その半分すら、できなかったのだから」
冷たいだけだと思っていた瞳が、初めて揺れていた。そこにあったのは、警戒でも嘲りでもない。もっと無防備な、縋るような何か。
「お前の薬だけが、効く」
それは、呪われてからの長い年月で、彼が初めて漏らした弱音だったのかもしれない。
けれど私は、内心で歯噛みしていた。半分。素材さえ揃えば、もっと楽にしてあげられるのに。――この土地で、足りないものを、どう揃える。もう、頭はそこへ走り出していた。
◇
その同じ夜。遠い王都の宮廷で。
「天才錬金術師」ヴィオラが献じた新しい鎮静薬に、年若い薬師見習いの一人が、小さな違和感を覚えていた。香りが、いつもより尖っている気がする――そう、おずおずと申し出ただけだった。
「お黙りなさい」ヴィオラは、一瞥でその子を下がらせた。
「私の薬に、間違いなどあるわけがないでしょう」




