第28話 本物だけが解ける
落ち着け。
自分に、言い聞かせた。動転すれば、手元が狂う。手元が狂えば、この人は、死ぬ。
私は、ディートハルトを寝台に横たえ、その口に指を添え、毒の質を、舌で読んだ。
砒石と、興奮性の毒の、二種。前者が体を蝕み、後者が呪いの巡りを暴走させる。組み合わせとして、最悪だ。普通の医師なら、どちらか片方を見て、見当違いの処置をして、手遅れになる。
けれど――私には、両方が、視える。
「ゴットフリート! いえ、誰でもいい、湯と、炭を!」
居合わせた従者を走らせ、私は、持参した素材を、床に広げた。砒石を体外へ追い出す薬。暴走した呪いの巡りを、強引に鎮める薬。二つを、同時に。しかも、この弱った体が、その荒療治に、耐えられるぎりぎりの分量で。
針の先ほどの、匙加減。
多ければ、薬が彼を殺す。少なければ、毒が彼を殺す。その、ほんのわずかな“正しさ”の幅を――私の舌だけが、知っている。
ことり、と乳鉢が鳴る。その音だけが、やけに大きく、夜の客間に響いた。
組み上げた一服を、私は、彼の唇に、一滴ずつ含ませた。
「……戻ってきて」声が、震えた。
「まだ、あなたに、約束したことを、果たしていません。あなたの呪いを、根から解くって。――それまでは、絶対に、逝かせない」
長い、長い夜だった。
何度も、薬を組み直した。脈を読み、汗を拭い、巡りを探り、そのたびに、ほんの少しずつ、配合を変えた。
そして――東の空が、白みはじめた頃。
ディートハルトの、荒れ狂っていた呼吸が、すうっと、凪いだ。
痙攣が、止まる。脂汗が、引いていく。蒼白だった頬に、わずかに、血の色が戻る。
「……ク、ロエ」
掠れた声が、私の名を呼んだ。
その瞬間、こらえていたものが、ぜんぶ、あふれた。
「……っ、よかった……!」
私は、彼の手を握って、子どものように、泣いた。したたかな悪女も、皮肉も、どこかへ行ってしまった。ただ、この人が生きていてくれた。それだけで、よかった。
弱々しく、けれど確かに、彼の指が、握り返してきた。




