第20話 王都の死者
ファルクが、屈辱を抱えて王都へ帰ってから、半月ほどが過ぎた。
辺境は、嘘のように穏やかだった。麦の芽は伸び、井戸の水は澄み、村に子どもの笑い声が戻りはじめている。ディートハルトの呪いも、毎晩の薬で、もう発作で眠れぬほどではない。
けれど――王都のほうが、静かではいられなくなっていた。
報せは、街道をのぼってきた商隊の口から、辺境にも届いた。
「王宮で、人が倒れたそうだ」御者頭は、声をひそめた。
「それも、一人や二人じゃない。長らく鎮痛の薬を常用していた、高位の貴族が、次々と。床に伏せ、痩せ衰え、肝を病んで――もう、息のない者も出たとか」
王宮は、蜂の巣をつついたような騒ぎだという。誰もが、自分の飲んでいる薬を疑い、医師に詰め寄り、犯人を探している。一方、ここヴェルンフェルトの春は、麦が伸び、子らが笑い、どこまでも穏やかだ。同じ国の王都と辺境。その温度差が、かえって、私の胸を、ざわつかせた。
私は、その話を聞いた瞬間、すべてを察した。
砒石。あの、青い薬。
ファルクが私に献じようとしたのと、同じものが――いや、もっと広く、王都の貴族たちに「天才ヴィオラの新薬」として、出回っていたのだ。ごく薄い毒を、毎日。気づかれぬまま、何か月も。そして今、その毒が、ついに体に積もりきった者から、倒れはじめている。
「これは……まずいことに、なりますね」
私は、思わず呟いた。
王宮で死人が出れば、必ず、責任を問う声が上がる。その薬を作った者へ。
――「天才錬金術師ヴィオラ」へ。
ヴィオラは、追い詰められる。暗記しかできない彼女には、なぜ薬が毒に変わったのか、説明できない。
いや――順を追えば、こうだ。姉の薬は、とっくに効かなくなっていた。本物の私が、もういないのだから、当然のこと。けれど“効かないだけ”では、事件にはならない。そこへ、誰かが砒石を忍ばせた。“ただ効かない薬”を、“人を殺す薬”に、仕立て直すために。
(おそらく、姉は素材をすり替えられたのでしょうね。……本人も、知らぬまま)
そこまで仕組める者が、王都にいる。姉を“天才”として担ぎ、その看板の裏で、毒を流している、誰かが。
そして、追い詰められた人間が、何にすがるか。私は、姉という人間を、よく知っていた。
嫌な予感がした。
その予感は、数日後、最悪の形で的中する。
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