第19話 姉の焦り
――王都。レーゲンドルフ公爵邸。
「“ヴェルンフェルトの薬師”、ですって……?」
ヴィオラは、ファルクの早馬がもたらした報告を聞いて、扇を取り落とした。
辺境の、名もなき薬師。宮廷錬金術師ファルクが献じた“ヴィオラの新薬”を、ひと目で見破り、ありふれた草で、それを上回る薬を組んでみせた女。素材の声を聴き、弱った体に何が害かを言い当てる、その腕。
そんな芸当が、できる人間を、ヴィオラは、ただ一人しか知らない。
「……まさか」
血の気が、引いていく。
父に「あんな出来損ない、王宮には不要」と進言したのは、自分だった。呪われた辺境へ厄介払いされるあの子を、扇の陰で、笑って見送ったのも。三月と保たずに消えるはずだと、高をくくっていた。なのに。
「クロエ……生きて、いるの……?」
そして、生きているだけでなく。あの子は今、私が失ったものを、すべて持っている。素材を聴く腕。人を治す力。そして――“自分の名前”で、人に称えられる場所を。
ヴィオラの中で、何かが、ぐらりと傾いた。
それは、恐怖だった。あの子が戻ってきて、すべてを暴くのではないか、という。
そして、もう一つ。認めたくない、けれど、確かにそこにある感情。
――嫉妬だった。
ふと、耳の奥に、これまで浴びてきた賞賛の声がよみがえる。「さすがは天才ヴィオラ様」「あなたにしか作れない薬だ」。あれほど甘く心地よかった言葉が、今は、空っぽの器を叩く音のように、虚ろに響く。あの称賛は、一度も、自分のものではなかった。借り物を、本物の顔で受け取っていただけ。
それを認めることが、どうしても、できなかった。
「許さない」ヴィオラは、爪が食い込むほど、強く手を握りしめた。
「あの子だけは……あの子だけは、私から、何も奪わせない」
捨てた側のはずの姉が、捨てられた妹に、怯えている。
その歪んだ焦りが、やがて、彼女自身を破滅へと走らせていくことを――この時のヴィオラは、まだ、知らなかった。
王都と辺境を分かつ、長い街道。
その両端で、双子の運命が、ゆっくりと、逆さまに回りはじめていた。
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