第16話 「ならば、お前が作れ」
ファルクは、一瞬の動揺を、すぐに傲慢で塗り潰した。
「言いがかりだ」彼は鼻で笑った。
「砒石など、入っておらん。仮に微量あったとて、それを“毒だ”などと騒ぐのは、無知ゆえの妄言。天才ヴィオラ嬢の調合に、間違いなどあるはずがない」
「では、確かめましょう」私は引かなかった。
「銀の器を一つ。この薬を、ひと匙」
ゴットフリートが、すぐに磨いた銀の小皿を運んできた。私は、献上薬をひと匙、その上に垂らす。
「砒石が混じっていれば、銀は、じきに曇ります。混じっていなければ、何も起きません。――簡単な話でしょう?」
「待て」ファルクが、声を上げた。
「そのような、まやかしの検めなど――」
けれど、もう遅い。
皆の見ている前で、銀の白い肌に、じわりと、鈍い灰色の曇りが広がっていった。
広間が、しんと静まり返る。
「……これは」
ディートハルトが、低く言った。その目が、すっと細められ、ファルクへ向けられる。
「ファルク殿。検めさせぬと言ったな。確かめられて困るものを、なぜ、持ってきた」
家臣の一人が、ぼそりと漏らした。
「やましいことが、なければ……検めを、拒む理由など」
ファルクの額に、汗が浮いた。拒んだことが、そのまま、自白になっていた。
「ち、違う! それは、その銀がもともと――」彼は、なりふり構わず話を逸らしにかかった。
「と、とにかく! そこまで天才の薬に文句をつけるなら、いっそ、こうしよう。奥方様。あなたが、その“正しい薬”とやらを、今ここで作ってみせよ。辺境伯の呪いに効く薬を。天才ヴィオラ嬢のものより優れた薬を、な!」
挑発だ。
田舎の薬師に、宮廷の天才を超える薬など作れるはずがない。作れなければ、お前の“難癖”は妄言と確定する。――そういう、筋書き。
ディートハルトが、口を開きかけた。庇おうとしたのだろう。
けれど、私は、彼より先に、一歩前へ出た。
そして、にっこりと笑った。今度は、隠さなかった。したたかに、はっきりと。
「いいでしょう。お受けします」
ファルクの目が、わずかに見開かれる。彼は、私が怯んで断ると思っていたのだ。
「ただし、一つだけ」私は、彼を見据えた。
「私の薬が、あなたの“天才の薬”より優れていた場合――その時は、この薬に何が入っていたのか、誰の差し金なのか、正直にお話しいただきます。よろしいですね?」
広間の空気が、ぴんと張りつめた。
ファルクは、しばし私を睨んでいたが、やがて、勝ち誇ったように嗤った。
「いいだろう。どうせ、できはしまい」
私は、袖をまくった。
――お生憎さま。あなたが今、勝負を挑んだのは、その“天才ヴィオラ”の薬を、ぜんぶ作っていた本人なんです。
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