第11話 眠れぬ夜に
その夜、薬が、わずかに足りなかった。
素材の一つ――痛みを深く鎮める苔が、底をついていた。次の採取まで、あと二日。いつもの“半分”の、さらに半分しか組めない。
「今夜は、抑えが弱くなります」私は正直に告げた。
「眠れないかもしれません。……付き添います。一人より、ましでしょう」
ディートハルトは断らなかった。それが、彼なりに私を信じはじめた証だと、なんとなく分かった。
夜が更けるほど、呪いは深くなる。彼の額に脂汗が滲み、固く食いしばった奥歯が、軋む。私は冷たい布を替えながら、痛みを散らす指圧の壺を、一つずつ押していった。会話で気を逸らすのも、立派な処置だ。
「……戦の話を、しても?」ふいに、彼が言った。
「ええ、どうぞ」
彼は、ぽつぽつと語った。雪の国境。凍てつく夜。次々と倒れていく部下。自分だけが、どうしてか生き残ってしまったこと。
「私は、英雄と呼ばれて帰った」彼は、自嘲した。
「皆を死なせて、一人だけ帰った男が、だ。……その褒美が、この呪いなら、いっそ釣り合いが取れている」
「違います」
気づけば、私ははっきりと言っていた。
「あなたが生き残ったのは、褒美でも罰でもない。ただの、結果です。そして呪いは、あなたへの報いなんかじゃない。――誰かが、あなたを狙って、仕掛けたものです」
ディートハルトが、目を見開いた。
しまった、と思った。確証もないのに、口が滑った。けれど、もう遅い。
「……狙って?」
「まだ、推測です」私は慎重に言葉を選んだ。
「でも、この呪いの“起こされ方”は、自然じゃない。いつか必ず、その出どころまで、辿り着いてみせます」
彼は、しばらく黙っていた。それから、ふっと、肩の力を抜いた。痛みではなく――どこか、安堵するように。
「お前といると」掠れた声だった。
「呪われてから初めて、夜が、こわくない」
その横顔を、私は見ていられなかった。
胸の奥が、とくん、と鳴る。これは、薬師としての感情では、ない。気づいてしまって、私はそっと、視線を逸らした。
やがて、東の空が白む頃。彼は、私の手のそばで、子どものように、静かな寝息を立てていた。何年も、夜を眠れなかった男が。
その無防備な寝顔を、私は、起こさないように、ただ見守っていた。
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