第10話 呪いの根
領地が落ち着いてきた頃、私はようやく、本丸に向き合う時間を得た。
ディートハルトの、呪い。
毎晩の薬で痛みは抑えている。けれど、それは熱を冷ますだけで、火種そのものは消えていない。根を断たねば、彼は一生、私の薬に縛られて生きることになる。それは、薬師としては敗北だ。
夜、彼の許しを得て、私はその淀みを、時間をかけて“視た”。
血の流れに沿って巡る、古い気配。あの最初の日に感じたとおり、これは彼の代で始まったものではない。もっと古く、血筋に巣食っている。けれど――。
(やっぱり、おかしい)
淀みには、二つの層があった。下の層は、古く、薄く、長い眠りについていたもの。けれど上の層は、新しく、濃い。まるで、長く眠っていた古い呪いを、ここ数年で、誰かが無理やり叩き起こしたような。
「ディートハルト様」
そう呼んでから、自分でも少し驚いた。いつのまにか、“旦那様”ではなく、名前で呼んでいた。彼も、それに気づいたらしい。わずかに目を瞠り、けれど何も言わず、続きを促すように、小さく顎を引く。
「不躾を承知で、伺います。この呪いが、はっきりと牙を剥きはじめたのは、いつからですか」
彼の表情が、ふっと翳った。
「……三年前だ」
三年前。井戸に毒が入りはじめたのと同じ。
「戦から、戻った直後だった」彼は、低く続けた。
「北の国境での、長い戦だ。私は、生きて帰った。ほとんどの部下を、あの雪の中に置いて。――帰って、しばらくして、これが始まった」
戦場。眠っていた呪いを、起こした何か。
私は、その符合を、胸の奥にそっと書き留めた。古い呪いは血筋のもの。けれど、それを“起こした”引き金が、三年前の戦にある。そして同じ三年前、この土地には、毒を撒く商会が現れた。
偶然に、しては。
「いえ」
声に出さず、私は首を振った。まだ早い。今はまだ、確かめる術がない。
「クロエ。どうした」
「いえ。根を断つ道筋が、少しだけ見えた気がして」私は微笑んだ。
「焦らず、いきましょう。あなたの呪いは、必ず、私が解きます」
その夜の私は、知らなかった。その“起こした者”の正体に辿り着くために、いずれ王都まで、戻らねばならなくなることを。
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