第9話 ギルドカード
俺はギルドの中を軽く見渡したあと、奥にあるカウンターへと向かった。
受付は複数に分かれており、それぞれの窓口で職員が冒険者たちの対応をしている。
ちょうど空いていた窓口を見つけた俺は、そこに立っていた若い女性へ声をかけた。
「すみません」
「はい。本日のご用件は?」
女性は手元の書類から顔を上げ、にこやかな笑みを浮かべた。
「登録がしたいんですけど」
「新規のご登録ですね。かしこまりました。少々お待ちください」
女性はそう言って一度カウンターの奥へ引っ込むと、ほどなくして小さな台座を持って戻ってきた。
その上には、透明な水晶が載せられている。
「……あれ?」
俺は思わず声を漏らした。
水晶の大きさや形は少し違うものの、つい先ほど街の入口で見たものによく似ている。
受付の女性は台座をカウンターに置くと、俺の方へ差し出した。
「それでは、こちらに触れてください」
「犯罪歴を調べるんですか?」
俺が尋ねると、女性は少し意外そうな顔をしたあと、すぐに首を横に振った。
「いえ、こちらは登録される方のステータスを照会して、ステータスカードを作成するためのものです」
「……ステータスカード?」
「はい。冒険者としての身分を証明するカードですね。登録時に照会した情報をもとに作成する仕組みになっています」
「なるほど。そういうものがあるんですね」
俺は感心したように頷いた。
どうやら、この世界ではステータスを確認するための道具が普通に使われているらしい。
それなら、街の入口で身分証の提示を求められたのも納得できる。
予想通り、冒険者ギルドで作ってもらえるカードが身分証代わりになるのか。
そこに関しては一安心だった。
それにしても……森の中でステータスを弄っておいてよかった。
もし何も考えずに登録しようとしていたら、ここでディーン・トラウスという名前が表示されていたかもしれない。
見た目は違うが、それでも同じ名前というだけでも印象には残るだろう。
せっかく顔を変えて街へ戻ってきたのに、受付で正体がバレるなんて間抜けなことになるところだった。
もっとも、ステータスの書き換えがこの水晶にも通用するかどうかは、まだわからない。
自分の目に見える表示だけが変わっている可能性もあるからだ。
「……どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。何でもありません」
俺は慌てて首を横に振った。
今さら引き返すわけにもいかない。
もしディーンの名前が表示されたら、そのときはそのときだ。
俺は小さく息を吐き、差し出された水晶へ右手を伸ばした。
指先が表面に触れると、水晶の中心から淡い光が広がり始めた。
街の入口で使ったものとは違い、こちらは水晶全体が柔らかな青白い光に包まれている。
「そのまま、しばらくお待ちくださいね」
「はい」
俺は水晶に手を添えたまま、光の変化を見守った。
内部では細かな光の粒がゆっくりと渦を巻き、ときおり小さな文字のような模様が浮かんでは消えていく。
何を調べられているのかはわからないが、少なくとも痛みや不快感はなかった。
やがて10秒ほど経ったところで、光が徐々に弱まり、最後には完全に消え去った。
「はい。照会が完了しました」
受付の女性は水晶の様子を確認すると、にこりと微笑んだ。
「では、カードを取ってきますね」
「お願いします」
女性は台座を持ち上げ、再びカウンターの奥へと姿を消した。
俺はその背中を見送りながら、ひとまず胸を撫で下ろした。
少なくとも、今のところ騒ぎにはなっていない。
……さて、問題はカードに何と書かれているかだな。
しばらく待っていると、受付の女性がカウンターの奥から戻ってきた。
その手には、名刺より一回り大きい程度の薄いカードが握られている。
「お待たせしました。こちらが冒険者カードになります」
「ありがとうございます」
差し出されたカードを受け取り、さっそく表面を確認してみる。
まず目に入ったのは、一番上に刻まれた名前だった。
マモル・フジー。
「……よかった」
思わず小さく呟く。
どうやら、森の中で書き換えたステータスは、この水晶にもきちんと反映されていたらしい。
これなら、勇者ディーンだと気づかれる心配はひとまずなさそうだ。
そして、名前の下には大きく『F』という文字が刻まれていた。
「……F?」
何の意味だろう。
俺が首を傾げていると、受付の女性が説明を始めた。
「そちらは冒険者ランクになります。新規登録の方は、全員Fランクからのスタートとなります」
「なるほど」
よくあるシステムなのでそこに関しては特に疑問はない。
「魔力の登録も終わっていますので、通常の状態で確認できるのは名前と現在のランクのみになります。カードに魔力を流せばスキルも表示されますので、そちらが正しく機能しているかご確認ください」
「わかりました」
そう返事をしたものの、魔力を流せと言われても困ってしまう。
そもそも、魔力というものを意識して使ったことがないのだ。
《変化》や《聖剣召喚》を使ったときも、スキル名を唱えただけだった。
「……ええと」
俺はカードを両手で持ち、じっと見つめた。
とりあえず、魔力が身体の中からカードへ流れていくところを想像してみる。
……流れろ。
すると、カードの表面が淡く光り始めた。成功だ。
「おっ」
光が収まると、それまで何もなかった部分に文字が浮かび上がっていた。
スキル ・照明魔法 ・身体強化 ・修復 ・武器召喚 ・変化
「……よし」
俺は内心で安堵した。
スキルの方も、森の中で書き換えたものがきちんと表示されている。
《光魔法》は《照明魔法》に、《治癒》は《修復》に変更しておいた。
もちろん、実際の能力が変わったわけではない。あくまでも、勇者らしいスキル名を隠すための偽装だ。
それでも、こうして他人が使う道具にも反映されるのなら、十分に役立つ。
「確認してもよろしいですか?」
「あ、はい」
俺は受付の女性にカードを差し出した。
女性はそれを受け取り、表示された文字へ目を落とす。
そして次の瞬間。
「……えッ!?」
突然、素っ頓狂な声を上げた。
「……っ!」
思わず肩が跳ねる。
……ヤバい。
何かまずいことでもあったのだろうか。
まさか、ステータスを書き換えたことがバレたとか?
俺が内心で焦っていると、近くにいた他の職員や冒険者たちが、一斉にこちらへ視線を向けてきた。
「なんだ?」
「どうしたんだ?」
「何かあったのか?」
ざわざわと声が広がり始める。
勘弁してくれ。
せっかく勇者の顔も名前も変えて、目立たずに暮らそうとしているのに。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、受付の女性はカードと俺の顔を交互に見比べていた。
「す、すみません。スキルを5つも持っている方なんて、初めて見たものですから……」
「……え?」
予想外の言葉に俺も思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
女性も周囲からの視線に気づいたのか、慌てて小さく頭を下げると、今度は声を潜めて話し始めた。
「申し訳ありません。つい驚いてしまって……」
「いえ、大丈夫です。それより、5つというのはそんなに多いんですか?」
「多いなんてものじゃありません。普通、スキルは生まれつき持っているものが1つなんです。後天的に取得できたとしても、多くて3つか4つ。S級冒険者の方々の中でも、5つ持っている方なんているかどうか……」
「……なるほど」
どうやら、俺が思っていた以上に珍しいことらしい。
確かに、スキルを5つも持っている人間がほとんどいないのなら、驚くのも無理はない。
ただ、こちらとしては少々困った話だ。
できることなら目立ちたくないのだが、《変化》でスキルの名前を変えられても、その数まで減らせるわけではないだろう。
実際、森の中で試したときも、書き換えられたのは文字だけだった。
無理に数を減らそうとして、本当にスキルが消えてしまうのは避けたい。
……まあ、勇者ディーンだと思われていないだけましか。
俺はそう考え、ひとまず納得することにした。
「それにしても……」
受付の女性は改めてカードに目を落とし、そこに並んだスキル名をひとつずつ確認していく。
「《照明魔法》に《修復》、それに《変化》ですか……」
「……何か?」
女性の口調が少し気になり、俺は尋ねた。
すると、彼女は困ったように眉を下げた。
「いえ、その3つは冒険者としては、あまり役に立たないかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「はい。《照明魔法》は暗い場所を照らすくらいですし、《修復》も使える場面が限られていますから」
女性はそこで一度言葉を区切ると、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「特に《変化》は、ほら……あまり使い道がないでしょう?」
「……え?」
俺は思わず聞き返した。
……使い道がない?
あの《変化》が?
つい先ほど、自分の顔を別人に変え、金属製の防具を手鏡に作り替え、その手鏡を売って銀貨5枚を手に入れたばかりだ。
さらに、聖剣を普通の剣に変えることだってできた。
俺からすれば、むしろ一番便利なスキルなのだが。
そんな俺の反応を見て、女性は自分が失礼なことを言ってしまったと思ったのだろう。
「あっ! でも、《身体強化》や《武器召喚》はとても有用なスキルですから! その2つがあれば、冒険者として十分に活躍できると思いますよ!」
慌てて取り繕うようにそう言うと、彼女はぎこちない笑みを浮かべた。
「……はあ」
俺は曖昧に頷きながら、女性の手元にあるカードへ視線を落とした。
そこには、確かに《変化》という文字が表示されている。
何か別のスキルと勘違いされているわけでもなさそうだ。
……どういうことだ?
俺には、どう考えても便利なスキルにしか思えない。
それなのに、目の前の受付嬢は、まるで役立たずの能力であるかのように話している。
もしかすると、この世界の人間が使う《変化》は、俺の知っているものとは何かが違うのだろうか。
俺はもう一度、受付の女性へ顔を向けた。
「……あの、《変化》って、そんなに使い道がないスキルなんですか?」




