第10話 ハズレスキルとレベル
「……あの、《変化》って、そんなに使い道がないスキルなんですか?」
俺が尋ねると、受付の女性は困ったように眉を下げた。
「あー……その、なんと言いますか……」
言葉を選ぶように視線を泳がせ、手元のカードへ目を落とす。
「ほら、《変化》って小石の形を変えたり、ちょっとしたことしかできないのに、消費するMPが多いじゃないですか? だから世間では、その……『ハズレスキル』なんて言われているんですよ」
「ハズレスキル、ですか?」
「……はい」
女性は申し訳なさそうに頷いた。
どうやら、本人にとってもあまり口にしたくない言葉だったらしい。
「ただ、マモルさんの場合は他にも有用なスキルがありますから! 悲観することはないと思いますよ!」
最後は励ますように声を明るくし、にこりと微笑んだ。
「……ありがとうございます」
俺は曖昧に笑い返したものの、頭の中は疑問でいっぱいだった。
小石の形を変える程度しかできない?
確かに、俺も《変化》を使ったときにはかなりのMPを消費した。身体の姿を変えただけで500も減ったのだから、燃費が悪いという評価には納得できる。
だが、実際には金属製の防具を手鏡に変えることもできたし、聖剣の見た目を変えることもステータスを弄ることもできた。
それを、ちょっとしたことしかできないスキルと呼ぶのは、いくらなんでも違和感を覚える。
……もしかして、俺のMPが多いのか?
普通の人間がどのくらいのMPを持っているのかは知らないが、もし数十程度しかなかったとしたら、確かに使い勝手は悪そうだ。
いずれにせよ、今ここで詳しく聞くのはやめておこう。
せっかく勇者だとバレずに登録できたのだから、余計な注目を集める必要はない。
「それでは、続いて冒険者ランクについてご説明しますね」
女性はカードをカウンターに置き、気を取り直したように背筋を伸ばした。
「あ、はい。お願いします」
「まず、冒険者ランクはFから始まり、E、D、C、B、A、Sの順に上がっていきます。ランクが上がるほど受けられる依頼の種類も増えますし、報酬の高い依頼にも挑戦できるようになります。ここまでは大丈夫ですか?」
「はい」
「ランクを上げるには、依頼ごとに設定されたポイントを集める必要があります。例えば、FランクからEランクへ上がるには20ポイントが必要です」
「なるほど」
「Fランクで受けられる依頼は、街中での雑用や薬草採取がほとんどですね。危険の少ない仕事をこなしながら、冒険者としての基本を学んでいただくことになります」
女性は慣れた様子で説明を続けた。
「Eランクになると魔物の討伐依頼も受けられるようになります。ただし、当然ながら危険も伴いますので、パーティーを組んで活動される方がほとんどです」
「パーティーを組んだ場合、ポイントはどうなるんですか?」
「依頼に設定されたポイントを、パーティーの人数で割った分がそれぞれに加算されます。例えば、4ポイントの依頼を4人で達成すれば、1人につき1ポイントです」
「ということは、ソロの方がランクが上がるのは早いんですね」
俺がそう言うと、女性の笑顔がぴたりと止まった。
「……マモルさん?」
「はい?」
「今の説明を聞いて、どうしてそういう結論になるんですか?」
女性は呆れたように眉を寄せ、じとりとした目を向けてきた。
「いや、単純に計算するとそうなるかなって……」
「確かに計算上はそうですけど! そうやって無茶をして、命を落としてしまう方は後を絶ちません! だからギルドでは、パーティーを組んで活動することを推奨しているんですよ」
どうやら、俺の発言はあまり褒められたものじゃなかったらしい。
女性はカウンターに両手を揃えると、少し身を乗り出してきた。
「いいですか、マモルさん。どれだけ多くのスキルを持っていても、無理をして死んでしまっては意味がないんです。特にレベルが低いうちは、慎重に慎重を重ねるくらいの気持ちが大切なんですよ」
「は、はい。気をつけます」
その真剣な表情に、俺は思わず背筋を伸ばした。
まるで学校の先生に叱られているような気分だ。
とはいえ、言っていることはもっともだろう。
俺だって、好き好んで危険な目に遭いたいわけではない。
ただ、そこでひとつ気になることがあった。
「そういえば、レベルって皆さんどのくらいなんですか?」
「レベルですか?」
「はい。どのくらいあれば、ある程度安全に活動できるのかなと思いまして」
「そうですね……。もちろん、レベルだけで強さが決まるわけではありませんが、ソロで活動されたいなら、少なくともレベル20は欲しいところですね」
「……20?」
「はい。20にもなれば、順調に活動されている方ならDランクかCランクには上がっていると思いますので。もちろん、それでも危険な魔物はたくさんいますけどね」
女性はそう言って、念を押すように人差し指を立てた。
「ですから、最初のうちはパーティーを組んで、少しずつ経験を積んでください」
「なるほど……」
俺は頷きながら、頭の中で自分のステータスを思い浮かべた。
ディーンのレベルは59だった。
レベル20でソロ活動ができるというのなら、59は相当高い数字なのではないだろうか。
「ちなみに、レベル60くらいって、どのくらい凄いんですか?」
「……レベル60ですか?」
女性は目を丸くした。
そして、なぜそんなことを聞くのだろうとでも言いたげに首を傾げる。
「それはもう、とんでもない高レベルですよ。Sランク冒険者の中でも、かなり上位に入るような方々の領域です」
「……マジか」
思わず素の声が漏れた。
「え?」
「あ、いえ。そんなに凄いんですね」
「もちろんです。そこまで到達できる方なんて、本当にほんの一握りですから」
女性は自分自身の言葉にうんうんと頷いたあと、ふと何かを思い出したように表情を引き締めた。
「……でも、マモルさん。高レベルの方に憧れて、無理に真似しようなんて考えないでくださいね?」
「えっ?」
「とにかく、無茶は禁物です!」
またしても、じとりとした目を向けられる。
どうやら、俺はすっかり無茶をしそうな危ない新人だと思われてしまったらしい。
「……はい。肝に銘じておきます」
俺が苦笑しながら答えると、女性はようやく安心したように微笑んだ。
その後も、依頼の受注方法や報酬の受け取り方、依頼を途中で放棄した場合の扱いなど、ギルドの細かなルールについて説明を受けた。
最後に登録料として銀貨1枚を支払い、無事に冒険者登録は完了した。
「それでは、こちらが冒険者カードになります。紛失されないよう、大切に保管してくださいね」
「はい。ありがとうございました」
俺はカードを受け取り、懐にしまった。
これで、ひとまず身分を証明できるものも手に入ったわけだ。
せっかくだし、このまま何か依頼を受けてみようか。
そう考えて掲示板の方へ視線を向けたところで、ふと思い出した。
「……あ、そうだ」
「どうかなさいましたか?」
「すみません。この辺りで、おすすめの宿屋ってありますか?」
そう。
そもそも、今夜泊まる場所すらまだない。
さすがに、宿も確保せずに仕事を始めるのは落ち着かない。
「宿屋ですね。それでしたら、ここから歩いて5分ほどのところにある『英雄の休息所』がおすすめですよ」
「英雄の休息所、ですか?」
「はい。料金も比較的良心的ですし、冒険者の方がよく利用されている宿です。食事も美味しいですよ」
「それは助かります。行き方を教えてもらえますか?」
「もちろんです」
女性は丁寧に道順を説明してくれた。
俺は礼を言い、ギルドをあとにした。
外に出ると、街は相変わらず大勢の人々で賑わっていた。
商人たちの威勢のいい声が通りに響き、買い物袋を抱えた人々が行き交っている。
そんな光景を眺めながら、俺は教えられた宿屋へと足を進めた。
「……それにしても、レベル60か」
先ほど受付の女性から聞いた話が、頭から離れなかった。
レベル60ともなれば、冒険者の最高ランクであるSランクの中でも上位に位置するほどの高レベル。
そして、ディーンのレベルは59。つまり、人類の中でも最強格と呼べるほどの力を持っていたことになる。
それほどの実力者が、勇者として何度も魔王に挑み、そのたびに命を落としていた。
……いったい、何回死んだんだろうな。
女神は、ディーンの精神が限界を迎えていたと言っていた。
何度死んでも蘇る呪い。
言葉にするのは簡単だが、実際にそれを経験するとなれば、どれほど恐ろしく、つらいことだったのだろう。
俺は自分の胸元に視線を落とした。
森ではステータスのほかにも、防具の見た目も変えていた。
右腕だけ防具がないのも不自然なので、左腕の防具を鞘に変え、元聖剣を腰に下げている。残りの胸当てや脛当ても、少し見た目を変え、傷もなくしておいた。
それでも元はディーンが愛用していたものだし、今こうして歩いているこの身体も、元々はディーンのものだ。
レベル59という、人並外れた強さを持つ身体。
それでも魔王には勝てず、何度も死を繰り返してきた。
そして、死んでしまって王城へ戻ってきたところで待っていたのは、労いや心配の言葉ではなかったのだろう。
『何度死ねば魔王を討てるのだ』
王の冷たい声が脳裏に蘇る。
街の人々も同じだった。
いつになったら魔王を倒すのか。
前の勇者はもっと早く倒した。
さっさと魔族領へ行け。
誰も、ディーンがどれほど苦しんできたのかを気にかけている様子はなかった。
……いや、もしかすると、気にかけてくれる人間も中にはいたのかもしれない。
俺はこの世界に来たばかりで、ディーンのことを何も知らない。
それでも、この世界に来てから街を出るまでの間に浴びせられた言葉は、決して忘れられるものではなかった。
これほど力を持っているにも関わらず、勇者というだけで魔王を倒すことを求められ続ける。
何度死んでも、次こそはと送り出される。
その苦しみがどれほどのものだったのか、俺には想像もつかない。
「……ひどい話だよな」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
ディーンとは一度も会ったことがない。
それどころか、俺はディーンがどんな顔をしていたのかすら知らない。
それでも、彼が置かれていた境遇を思うと、無性にやるせない気持ちになった。
俺はしばらく黙って歩き続けた。
やがて通りの先に、宿屋らしき建物が見えてくる。
入口の上には『英雄の休息所』と書かれた看板が掲げられていた。
「……英雄の休息所、か」
俺はその名前を見上げ、皮肉なものだと思った。
本物の勇者だったディーンには、果たして休息と呼べる時間があったのだろうか。
その答えを知る術は、もうない。
俺は小さく息を吐くと、宿屋の扉へと手を伸ばした。




