第8話 テンプレなギルド
「何か身分を証明するものは?」
街の門まで戻ってきた俺は、街の入口で門番に呼び止められていた。
やはり、というべきだろうか。
先ほど勇者ディーンの姿で街を出たときには何も言われなかったが、見知らぬ男は簡単には通してくれないみたいだ。
もっとも、街の治安を守るためには当然の対応なのだろう。
「身分証だよ。持っていないのか?」
門番の男は怪訝そうに眉を寄せ、もう一度尋ねてきた。
俺は困ったような表情を浮かべながら、あらかじめ考えておいた言い訳を口にする。
「実は、ここへ来る途中で魔物に襲われまして。どうにか逃げ切れたんですが、そのときに持ち物をなくしてしまったんです。それに、田舎ではそういうものは必要なかったので……」
「なるほどな。どこか怪我はしていないか?」
「ええ、幸い怪我はありません」
「そうか。ならよかった」
門番は俺の姿を上から下まで確認すると、小さく息を吐いた。
「しかし、身分証がないとなると……しょうがないな。犯罪歴の確認だけしておくか」
そう言うと、男は腰に下げた革袋から、手のひらに収まるほどの水晶のようなものを取り出した。
透明な球体の内部には、薄い霧のようなものが漂っている。
「これに触ってくれ。犯罪歴があれば赤く光る。白なら通っていいが、なるべく早めに身分証を再発行するように」
「わかりました」
俺は差し出された水晶を見つめた。
……犯罪歴、か。
少なくとも、元の世界で犯罪に手を染めた覚えはない。
だが、今の俺は勇者ディーンの身体を使っている。
もしこの水晶が身体に刻まれた犯罪歴を調べるような仕組みだった場合、ディーンが過去に何かやらかしていれば、俺まで犯罪者扱いされてしまうかもしれない。
そう考えると、少しばかり不安になってきた。
「どうした? 触るだけでいいぞ」
「あ、はい」
俺は促されるまま、水晶に右手を伸ばした。
指先が透明な表面に触れた瞬間、内部に漂っていた霧がゆっくりと動き始める。
そして次の瞬間、水晶全体が柔らかな白い光を放った。
「よし、問題ないな。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
門番が水晶をしまうのを見届け、俺は小さく頭を下げた。
……よかった。
どうやら勇者ディーンは、少なくともこの水晶に引っかかるような犯罪には手を染めていなかったようだ。
魔王を倒すために何度も死なされていた男なのだから、犯罪を犯す暇などなかったのかもしれないけど。
「身分証の再発行は忘れるなよ」
「はい。なるべく早く手続きします」
俺は門番にもう一度礼を言い、街の中へと足を踏み入れた。
先ほどとは違い、通りを行き交う人々が俺に注目する様子はない。
露店の店主は客に声をかけ、荷車を引いた男が人混みの間を器用に進んでいく。
俺のことなど、誰も気に留めていなかった。
「……よしよし」
思わず口元が緩む。
これで、ひとまず勇者としての面倒事からは解放されたわけだ。
あとは生活の基盤を整えるだけだが、まずは資金を手に入れなければならない。
俺は人通りの多い大通りを歩きながら、辺りを見渡した。
すると、ちょうど近くを通りかかった中年の男性が目に入った。
「すみません。少しお尋ねしてもいいですか?」
「ん? どうした?」
「この街に、冒険者ギルドのようなものはありますか? それと、質屋の場所も教えていただきたいんですが」
「冒険者ギルド? ああ、あるぞ。ここから大通りをまっすぐ進めば、大きな建物が見えてくる。剣を交差させた看板が目印だ」
「なるほど」
「質屋なら、そこの角を右に曲がった先にある。店先に古い盾が飾ってあるから、すぐわかるはずだ」
「ありがとうございます。助かりました」
「おう。気をつけてな」
男性は軽く手を振ると、そのまま人混みの中へと歩いていった。
俺は勇者ディーンの姿のときとはまるで違う親切な対応に、思わず苦笑いを浮かべた。
「……やっぱり、冒険者ギルドはあるんだな」
そして思わず呟く。
この世界に来てからというもの、何かとゲームや小説で見たようなものばかりと遭遇する。
勇者に魔王、ステータスにスキル。
ここまで揃っているのだから、冒険者ギルドくらいならあっても当然か。
まあギルドの中身まで想像通りとは限らないだろう。
「とりあえず、先に質屋だな」
俺は教えられた道を進み、角を右に曲がった。
しばらく歩くと、店先に古びた丸盾を飾った小さな建物が見えてきた。
木製の扉を開けると、控えめな鈴の音が鳴る。
店内には古い食器や装飾品、武具らしきものが所狭しと並べられていた。
カウンターの奥では、白髪交じりの男が小さな金属製の置物を磨いている。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
「いえ、売りたいものがありまして」
「ほう。見せてみな」
俺は懐から銀色の手鏡を取り出し、カウンターの上に置いた。
先ほど《変化》で作り出したものだ。
元は右手に装着していた金属製の防具だったが、今ではどこからどう見ても立派な手鏡になっている。
店主はそれを手に取ると、興味深そうに眺め始めた。
「……ほう、これはなかなか」
鏡面を覗き込み、角度を変えながら縁の部分を確かめている。
「ずいぶん丁寧な仕事だな。鏡面に歪みがほとんどないし、持ち手の細工も綺麗だ」
「そうなんですか?」
「ああ。これだけ綺麗に仕上げるには、相当な腕が必要だろうな」
店主は感心したように頷き、手鏡をもう一度ひっくり返した。
「傷もないし、状態も申し分ない。……銀貨5枚でどうだ?」
「銀貨5枚、ですか」
俺は思わず聞き返した。
この世界の貨幣価値をまったく理解していないので、それが高いのか安いのかの判断はつかない。
銀貨5枚で何が買えるのか、食事が何回できるのかすらわからない。
ただ、金は今すぐ必要だし、変に交渉する気にもなれなかった。
なにせ元手はただみたいなものなのだ。
売れると分かっただけでも大きな収穫だろう。
「……それでお願いします」
「よし、決まりだな」
店主はカウンターの下から小さな袋を取り出すと、中に銀貨を5枚入れて差し出してきた。
俺はそれを受け取り、礼を言って店を出た。
通りに出てから袋の中を覗くと、鈍い銀色の硬貨が5枚収まっている。
「……とりあえず、元手はできたな」
どのくらいの価値があるのかはわからないが、無一文だったことを考えれば大きな進歩だ。
それに、元はただの使い込まれた防具だったものを売って金に換えられたのだから、《変化》の活用方法が更に広がった。
「さて、次は冒険者ギルドか」
俺は銀貨の入った袋を懐にしまい、先ほど教えてもらった大通りへと戻った。
王都の大通りはかなり広く、両脇には商店や宿屋らしき建物が立ち並んでいる。
荷車が行き交う道の端を歩きながら、俺は冒険者ギルドらしき建物を探した。
説明では、この大通りを進んだ先にあると聞いたが……。
「……あれか?」
しばらく歩いたところで、周囲よりも一際大きな建物が目に入った。
ちょうど入口から、いかにも冒険者といった格好の3人組が出てくるところだった。
先頭を歩く男は背中に大きな剣を背負い、その隣には革鎧を身につけた女性がいる。最後のひとりは長い杖を手にしており、何やら楽しそうに話していた。
「……いかにもファンタジーって感じだな」
思わず足を止め、建物を見上げる。
入口の上には、2本の剣を交差させた紋章が描かれた大きな看板が掲げられていた。
ここが冒険者ギルドで間違いなさそうだ。
俺は少しだけ緊張しながら、入口の扉に手をかけた。
中へ入ると、まず耳に飛び込んできたのは大勢の人々の話し声だった。
広々とした室内にはいくつものテーブルが並び、武器や防具を身につけた男女が食事をしたり、酒らしきものを飲んだりしている。
どうやら入口に近い一角は、飲食スペースになっているらしい。
その奥には横に長いカウンターが設けられており、数人の職員が冒険者らしき人々の対応に追われていた。
さらに壁際にはいくつもの掲示板が設置され、依頼書と思われる紙が所狭しと貼りつけられている。
「……おお」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
目の前に広がっているのは、まさにゲームや漫画の世界で何度も見たことのある冒険者ギルドそのものだった。




