第6話 新たな名前
「さて、これからどうするかな……」
手鏡に映る新しい自分の顔をひとしきり眺めた俺は、近くの木の根元に腰を下ろした。
ひとまず、勇者ディーンの顔を変えることには成功したはずだ。これなら王都の人々に気づかれる可能性も低くなっただろう。
とはいえ、姿を変えただけでこの世界で普通に生活ができるようになるわけではない。
何をするにしても、まず必要なのは金と仕事だ。
「やっぱり、一度街に戻るしかないか」
幸い、先ほどまでいた街には大勢の人が暮らしている。仕事を探すにしても、何かを売って金に換えるにしても、森の中にいるよりはずっと都合がいいはずだ。
しかし、そこでひとつ問題があることに気づいた。
「……そういえば、街に入るときってどうするんだ?」
先ほどは勇者の顔をしていたからか、門番に止められることなく、ほぼ顔パスで街を出られた。
だが、今の俺はまったくの別人だ。
大体、こういう異世界ファンタジーでは、街へ入るときに身分証の提示を求められたり、入市税を徴収されたりするのが定番。
もちろん、この世界でも同じとは限らないけど、それでも、身分を証明するものを何ひとつ持っていない以上、門で呼び止められたら面倒なことになりそうだ。
「……身分証か」
懐を探ってみるが、やはりそれらしいものは見当たらない。
本当に勇者はどうやって普段生活していたんだろうか。
「何かいい方法はないかな……」
そう考えながら、俺は手に持っていた鏡へ視線を落とした。
つい先ほど、金属製の防具を手鏡に変えたばかりだ。
《変化》は、物の形を自由に変えられるスキルらしい。
だったら、もしかすると……。
「……ステータスも変えられたりするのか?」
思いついた瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。
考えてみれば、ステータスも目の前に表示されるものだ。実体のある物とは違うが、そこに書かれた文字を変えることくらいはできる可能性もあるだろう。
仮に身分証がなくて、ステータスを見られるようなことになった場合も、その内容が勇者ディーンと違うものであれば何とかなるんじゃないか。
ただし、そこで気になることがあった。
仮にステータスを書き換えられたとして、それは単に表示を偽装するだけなのだろうか。
それとも、表示された数値や能力を変えることで、実際の身体まで変化するのだろうか。
例えば、表示されているHPを増やせば本当に体力が増えるのか。レベルを書き換えれば、その数値に見合った強さを手に入れられるのか。
さらに、スキルの名前を変えた場合はどうなるのだろう。
表示だけが変わるのか、それともスキルの内容そのものまで変化してしまうのか。
「……もし後者だったら、とんでもないチートじゃないか?」
思わず頬が緩む。
何しろ、ステータスを自由に書き換えられるなら、レベルを上げることも、新しいスキルを手に入れることも思いのままということになる。
勇者として魔王を倒すつもりはないが、強い力を持っていて困ることはない。
むしろ、これから自由に暮らしていくためには、便利な能力が多いに越したことはないだろう。
「……試してみるか。ステータス」
俺がそう口にすると、目の前に見慣れ始めた半透明のウィンドウが現れた。
※
名前 ディーン・トラウス
レベル 59
HP 8029 / 8029
MP 5205 / 5805
スキル ・光魔法 ・身体強化 ・治癒 ・聖剣召喚 ・変化
状態 ・輪廻の呪い
※
「まずは名前からだな」
俺はウィンドウの一番上に表示された、ディーン・トラウスという文字へ意識を向けた。
もし失敗しても、名前の表示が変わらないだけなら大した問題にはならないだろう。
ただ、変更するにしても、どんな名前にするかを考えなければならない。
「……名前、どうするかな」
元の名前は藤宮護。
そのままマモル・フジミヤと名乗ってもいいのだが、ディーンの名前から考えると、この世界では少々違和感がありそうだ。
かといって、まったく新しい名前を一から考えるのも面倒くさいし、あまり馴染みのない名前にしてしまうと、呼ばれたときに反応できないかもしれない。
「……少しもじるだけでいいか」
俺はしばらく考えた末、ひとつの名前を思いついた。
マモル・フジー。
元の名前を少し短くしただけだが、これならそれほど違和感はない……気がする。
少なくとも他の外国風の名前よりは、俺にとっては馴染みがある。
「よし、これでいこう」
俺はウィンドウに表示された名前を見つめ、頭の中で新しい文字を思い描いた。
そして、静かにスキルを発動させる。
「《変化》」
すると、目の前のウィンドウが淡く輝いた。
「おっ?」
光が集まったのは、名前が表示されている部分だけだった。
ディーン・トラウスという文字が一瞬ぼやけ、まるで書き直されるように形を変えていく。
やがて光が収まると、そこには先ほどまでとは違う名前が表示されていた。
名前 マモル・フジー
「……できた!」
思わず声が弾む。
まさか、本当にステータスの文字まで変えられるとは。
俺は顔を近づけ、表示された名前をじっくりと確認した。
何度見ても、そこに書かれているのはマモル・フジーという文字だ。
「これなら、少なくともステータスを見られても勇者だとはバレないな」
もっとも、他人が俺のステータスを確認できるのかどうかは、まだわからない。
それでも、名前を変えられたという事実は大きい。
もしこの世界に身分証の代わりとしてステータスを確認する仕組みがあるのなら、役に立つかもしれないからだ。
「……さて、問題はここからだな」
名前の変更には成功した。
では、他の項目にも干渉できるのだろうか。
俺は改めてウィンドウを眺めた。
レベル59。
HP8029、MP5305。
これらの数値を変えてみるのも面白そうだが、そもそも今の自分がどれほど強いのかを把握できていない。
例えば、レベルを60に書き換えたとして、実際に強くなったのかどうかを確かめる方法がないのだ。
HPやMPについても同じだった。
数値が増えたところで、それが単なる表示の変化なのか、実際の能力に影響しているのか判断できない。
「だったら……」
俺は視線を下へと移した。
そこに並んでいるのは、勇者ディーンが持っていた4つのスキルと、俺自身が持っていた1つのスキル。
《光魔法》《身体強化》《治癒》《聖剣召喚》《変化》。
「……スキルなら、試せるかもしれないな」
もしスキルの名前を書き換えることで、その能力まで変わるのなら。
それは、単に姿や物の形を変えるだけとは比較にならないほど、《変化》がとんでもない力ということになる。
俺は期待を込めて、ウィンドウのスキル欄を見つめた。




