第5話 スキル《変化》
「さて、どうしたものかな……」
俺は目の前に浮かぶステータスを眺めながら、腕を組んだ。
試してみると決めたものの、肝心の《変化》というスキルの使い方がわからない。
女神はステータスの開き方こそ教えてくれたが、スキルの使用方法については何も説明してくれなかったのだ。
「ゲームみたいな世界なんだし、名前を唱えれば使えたりするのか?」
そう呟いてみたものの、確証はない。
そもそも、何をどう変化させられるのかすら不明なのだから、いきなり試すのも少々不安だった。
ただ、名前からして何かの姿を変える能力なのだろう。
それなら、まずは自分自身の姿を変えられないか試してみたい。
この身体は勇者ディーンのものだ。
王都の人々の反応を見る限り、彼の顔は相当広く知られている。このまま街を歩き回れば、行く先々で魔王討伐を催促されることになるだろう。
そんな生活は絶対に嫌だ。
「……よし」
俺は一度目を閉じ、頭の中で新しい自分の姿を思い描いた。
最初は元の自分の顔に戻そうかとも考えたが、すぐにその考えを捨てた。
正直なところ、以前の俺はお世辞にも整った顔立ちとは言えなかった。顔については若干のコンプレックスさえ抱いていたくらいだ。
それなら、わざわざ元の顔に戻す必要もないだろう。
どうせ自分の好きな姿になれるのなら、ゲームのアバターを作るときのように、理想の容姿にカスタマイズした方がいい。
「……せっかくだし、ちょっと格好よくしてみるか」
とはいえ、あまりにも整いすぎた顔では、かえって人目を引いてしまう。
俺が思い描いたのは、少し野性味のある、精悍な顔立ちの男だった。
体格も、必要以上に筋肉をつけるのではなく、程よく鍛えられた引き締まった身体にする。
いわゆる、少しワイルドなイケメンというやつだ。
自分で考えていて少々恥ずかしくなったが、幸い周囲には誰もいない。
俺は頭の中のイメージをできる限り鮮明にすると、静かに口を開いた。
「《変化》」
その瞬間、身体の内側から温かなものが広がるような、不思議な感覚に襲われた。
「うわっ!?」
驚いて目を開けると、全身が淡い光に包まれていた。
光は肌の表面を滑るように流れ、腕や脚の輪郭がゆっくりと変わっていく。
指先がわずかに伸び、肩や胸の筋肉が形を変える。頬や顎のあたりにも、内側から何かに押されるような奇妙な感触があった。
痛みはまったくない。
ただ、自分の身体が別の形へと作り替えられていることだけは、不思議とはっきりとわかった。
やがて光が徐々に弱まり、最後には何事もなかったかのように綺麗さっぱり消え去った。
「……終わったのか?」
俺は恐る恐る両手を持ち上げた。
先ほどまでの白い肌とは違い、目に入ったのは程よく日に焼けた色の手だった。
腕の筋肉のつき方も微妙に変わっており、袖口から覗く手首は、先ほどより少し細くなっているように見える。
「これは……成功したのか?」
少なくとも、何かが変わったことは間違いない。
ただ、肝心の顔がどうなっているのかは確認できなかった。
俺はひとまず、もう一度ステータスを開いてみることにした。
「ステータス」
目の前に、先ほどと同じ半透明のウィンドウが浮かび上がる。
※
名前 ディーン・トラウス
レベル 59
HP 8029 / 8029
MP 5305 / 5805
スキル ・光魔法 ・身体強化 ・治癒 ・聖剣召喚 ・変化
状態 輪廻の呪い
※
「……おぉっ」
俺はMPの欄に目を留めた。
先ほど確認したときは5805だった数値が、5305まで減っている。
「MPが500減っている。つまり、スキルを使えたってことなのかな」
身体の変化に加えて魔力まで消費しているのだから、おそらく間違いないだろう。
それにしても、姿を変えるだけで500ものMPを使うとは思わなかった。
最大値が5805あるからこそ問題にならないが、これが一般的な人間だったらどうなのだろうか。
もっとも、この世界の平均的なMPを知らない以上、考えても仕方がない。
「とりあえず、顔を確認したいんだけど……」
俺は周囲を見渡した。
森の中には木々が立ち並んでいるだけで、当然ながら鏡など見当たらない。
近くに池や川でもあれば水面に映して確認できるかもしれないが、わざわざ探し回るのも面倒だ。
そこで、何か代わりになるものはないかと、身につけている衣服を調べてみた。
懐に手を入れてみるものの、財布らしきものはおろか、小さな道具すら入っていない。
「……何も持ってないのかよ」
思わずため息が漏れる。
勇者なのだから、多少の所持金くらい持たせてくれてもよさそうなものだが。
いや、そもそもこの身体は何度も死んでいるのだから、所持品が残っていないのも当然なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと右手に装着されている防具が目に入った。
手の甲から手首にかけてを覆う、銀色の金属製の防具だ。
「……これ、使えるんじゃないか?」
《変化》という名前のとおり、物の形を変えられるスキルなのだとすれば、これを鏡にすることもできるかもしれない。
俺は右手の防具を外し、手のひらに載せてみた。
ずっしりとした重みがあり、表面には細かな傷が刻まれている。
長い間使い込まれてきたものなのだろう。
「さて、今度はこいつを……」
頭の中に、持ち手のついた小さな手鏡を思い浮かべる。
金属の部分は滑らかに磨き上げられ、鏡面には自分の顔がはっきりと映る。
そんなイメージを固めながら、手のひらの防具へ意識を集中させた。
「《変化》」
すると、防具が淡い光を放ち始めた。
先ほど自分の身体に使ったときと同じように、金属の輪郭がゆっくりと変わっていく。
手の甲を覆っていた部分が平たく広がり、余分な金属が持ち手の形へと集まっていく。
やがて光が収まると、俺の手には銀色の手鏡が収まっていた。
「……おお!」
今度は思わず感嘆の声が漏れる。
恐る恐る持ち上げてみると、鏡面には周囲の木々がくっきりと映り込んでいた。
「すご。このスキル、めちゃくちゃ便利じゃん」
ただ姿を変えるだけでなく、こんなふうに物まで作り替えられるとは。
しかも、出来上がった手鏡はどこからどう見ても日本でも見かける金属製の鏡だ。
光が消えたあとも元に戻る様子はなく、持ち手を握ればしっかりとした金属の感触が伝わってくる。
「これなら、いろいろできそうだな……」
思わず口元が緩む。
もっとも、今はそれよりも確認しなければならないことがある。
俺は手鏡を顔の前まで持ち上げ、鏡面を覗き込んだ。
「……おお」
そこには、見知らぬ男の顔が映っていた。
健康的に日に焼けた肌に、やや太く、きりっとした眉。横に長い目は目尻がわずかに吊り上がっており、どこか鋭い印象を与える。
鼻筋は高くまっすぐで、頬には余分な肉がついていない。輪郭はやや面長で、適度に張った頬骨と角張った顎が、男らしい精悍さを際立たせていた。
少し長めの暗褐色の髪は無造作に流れ、前髪が自然に額へとかかっている。
爽やかな好青年というよりは、少し野性味のある男前といったところだろうか。
まさに、先ほど自分が頭の中で思い描いたとおりの顔だった。
「……我ながら、なかなかいいんじゃないか?」
鏡を少し傾け、横顔も確認してみる。
鼻から顎にかけての線も綺麗に整っており、どの角度から見ても不自然なところは見当たらない。
これなら、勇者ディーンだと気づかれる心配もかなり減るはずだ。
そう考えたところで、ふと重大なことを思い出した。
「……あ」
俺は鏡を覗き込んだまま、しばらく固まった。
そして、思わず額に手を当てた。
「しまった。元の勇者の顔、確認してなかった……」




