第4話 ステータス
王都の大通りを抜けた俺は、そのまま街の外へ向かって歩き続けていた。
背後には、先ほど浴びせられた罵声がまだ耳に残っている。
魔王を倒せだの、何度死ねば気が済むのかだの、好き勝手なことを言ってくれたものだ。
そもそも、俺は今日初めてこの世界に来たばかりなのだ。魔王がどこにいるのかすら知らないし、戦うつもりだってない。
もっとも、あの人たちにそんな事情を説明したところで、理解してもらえるとは思えなかった。
「……とりあえず、街から離れよう」
勇者ディーンの顔が知られている以上、王都に留まっていても落ち着けそうにない。
それに、俺には確かめたいことがあった。
女神が言っていたステータスと、俺自身のスキルについてだ。
街中で突然ステータスを開いて、周囲の人間に怪しまれるのも面倒なので、まずは人目につかない場所を探すことにした。
しばらく歩くと、建物の数が徐々に減り、やがて街を囲む高い石壁が見えてきた。
街道へ続く大きな門には、槍を持った衛兵が数人立っている。
俺が近づくと、そのうちの1人がこちらを見て姿勢を正した。
「……勇者か」
どうやら、ここでも顔を知られているらしい。
衛兵は何か言いたげな表情を浮かべたものの、結局それ以上は口を開かず、俺を通してくれた。
門を抜けると、目の前には緩やかな丘陵地帯が広がっていた。
街道の両側には畑や牧草地が続き、その向こうには深い緑に覆われた森が見える。
遠くの山並みまで見渡せる景色は、日本で暮らしていた頃にはなかなかお目にかかれなかったものだ。
空気もどこか澄んでいて、吹き抜ける風には草木の匂いが混じっていた。
「……異世界って感じだな」
思わずそんな感想が漏れる。
だが、景色を楽しんでいる場合ではない。
俺は街道をしばらく進んだところで脇道へ入り、森へ向かって歩き始めた。
途中、農作業をしている人々の姿も見かけたが、幸いこちらに注意を向ける者はいなかった。
やがて畑が途切れ、背の高い木々が立ち並ぶ森の入口へと辿り着く。
木漏れ日が地面にまだらな模様を描き、枝葉の間からは鳥の鳴き声が聞こえていた。
森の中は街道よりもひんやりとしており、足元には落ち葉や小枝が積もっている。
俺は周囲を警戒しながら少し奥へ進み、木々に囲まれた小さな空き地を見つけたところで足を止めた。
耳を澄ませても、人の話し声や足音は聞こえない。
たぶん、近くには誰もいないだろう。
「よし……」
俺は一度深呼吸をすると、女神に教えられた言葉を口にした。
「ステータス」
その瞬間、目の前の空間に淡い光が集まり、半透明の板のようなものが浮かび上がった。
青白く光る枠の内側には、整然と文字や数字が並んでいる。
まるで、ゲームのメニュー画面をそのまま現実に持ってきたような光景だった。
※
名前 ディーン・トラウス
レベル 59
HP 8029 / 8029
MP 5805 / 5805
スキル ・光魔法 ・身体強化 ・治癒 ・聖剣召喚 ・変化
状態 ・輪廻の呪い
※
「……これがステータスか」
俺は目の前に浮かぶ文字を、上から順番に確認していった。
まず目に入ったのは、名前の欄だ。
「ディーン・トラウス……」
どうやら、これがこの体の元の持ち主である勇者のフルネームらしい。
当然ながら、俺の本名である藤宮護はどこにも表示されていない。
女神の話では、魂だけが入れ替わり、肉体は元の勇者のものを使っているということだった。
つまり、このステータスも肉体の持ち主に紐づいているのだろう。
続いて、その下に表示された数字へ視線を移す。
レベル59。
女神も言っていたが、これがどれほど強いのか、今の俺には判断がつかない。
HPやMPについても同じだ。
「8029に5805……これって多いのか?」
ゲームであればかなり高い数字に見えるが、この世界の一般的な数値を知らない以上、何とも言えなかった。
ただ、少なくとも今の身体が相当鍛えられていることは確かだ。
街を出てから随分と歩いたはずなのに、息はまったく上がっていない。森の中を進む足取りも軽く、以前の自分とは明らかに身体能力が違っていた。
「それで、スキルは……」
表示されているのは全部で5つ。
《光魔法》《身体強化》《治癒》《聖剣召喚》、そして《変化》。
最初の4つは元の勇者が持っていたスキルで、最後の《変化》だけが俺自身の魂に備わっているものだと女神は言っていた。
「聖剣召喚って、いかにも勇者らしいな」
名前からして強そうだが、今のところ使う予定はない。
魔王討伐に行くつもりがない以上、聖剣を振り回す機会なんてない方がいいに決まっている。
むしろ気になるのは、《変化》というスキルだった。
女神は詳しい説明をしてくれなかったが、名前からすると何かの姿や形を変えられる能力なのだろうか。
もしそうなら、今の俺にはうってつけかもしれない。
何しろ、勇者ディーンの顔は王都の人々に広く知られている。
このままでは、どこへ行っても勇者だと気づかれてしまうだろう。
「……そんで、これか」
俺はステータスの一番下に表示された文字を見つめた。
《輪廻の呪い》。
女神が説明していた、魔王を倒すまで何度死んでも蘇るという呪いだ。
こうして自分の状態として表示されているのを見ると、改めて逃れられない現実なのだと思い知らされる。
「……まったく、勘弁してくれよ」
思わずため息をつく。
せっかく新しい人生を送れるというのに、こんな厄介なものまで押しつけられるとは。
女神はただ、魔王を倒すまで死んでも再び生き返り続ける呪いといっていた。
今のところ、俺に魔王や魔族に対する敵意など湧いてこない。
もし、この呪いに魔王や魔族との戦闘を強制する力のようなものがあれば話は別だが、そうでないならなにも無理に戦わなくてもいいということになる。
しかし、そんなことはディーンも分かっていたはず。
それでも自分の精神が死ぬまで、逃げることなく戦い続けたのだ。
少なくとも魔王を倒さないといけない理由が他にあると思った方がいいだろう。
「さて……まずは《変化》を試してみるか」
俺はステータスの文字をもう一度確認すると、周囲に人の気配がないことを確かめた。
このスキルが思ったとおりの能力なら、勇者ディーンとしての人生から抜け出すための、大事なピースになるかもしれない。




