第22話 荒稼ぎ
翌朝、目を覚ました俺は、朝食を済ませると早速荷物をまとめ始めた。
この世界にやってきたとき、俺が持っていたのはディーンが元々身につけていた革製の服と防具くらいのものだった。
それが二週間も経つと、随分と私物が増えたものだ。
もっとも、あれこれ買い漁ったわけではない。
俺が購入したのは、布や革、金属の端材といった安価な素材ばかりだ。
それらを《変化》で加工し、生活に必要な道具を少しずつ揃えていったのである。
例えば、今まさに荷物を詰め込んでいる大きなバッグ。
縦長の袋に太い肩紐が一本ついた、片方の肩に引っ掛けて持ち運ぶタイプのものだ。
見た目はこの世界に合わせて、使い込まれた革製の旅行鞄のように仕上げてある。
さすがに、現代日本で売られているようなバッグをそのまま持ち歩いていれば、悪目立ちしてしまうかもしれないからな。
一方、中に詰め込んでいる物の大半は、日本で使っていたような性能を持つ道具ばかりだった。
丈夫で切れ味のいいナイフに、使いやすい食器類。水筒や、寝具代わりに使える布など、旅先で必要になりそうなものは一通り揃えてある。
元の世界で見慣れていた道具を思い浮かべるだけで、同じものを作れてしまうのだから、本当に便利なスキルである。
おかげで、買い揃えればそれなりの金額になりそうな旅道具も、ほとんど材料費だけで用意できてしまった。
もっとも、調子に乗って色々作りすぎたせいで、荷物は思っていた以上に膨らんでしまったのだが。
必要なものをすべてバッグに詰め込み、最後に部屋を見回す。
二週間ほど世話になった部屋とも、今日でお別れだ。
特別な思い入れがあるわけではないが、こちらの世界に来て初めて落ち着いて眠ることができた場所でもある。
そう考えると、少しだけ名残惜しい気もした。
とはいえ、感傷に浸っているわけにはいかない。
俺はバッグを一旦部屋の隅に置くと、宿を後にした。
向かった先は、いつもの冒険者ギルドだ。
ギルドに入ると、いつもの受付嬢が俺に気づき、にこやかに声を掛けてくれた。
「マモルさん、おはようございます」
「おはようございます」
「今日も薬草採集ですね」
「はい。お願いします」
ここ2週間毎日薬草採取を受けているのでもはや依頼書を持っていくまでもなく、顔パス状態だ。
受付嬢は慣れた手つきで手続きを進めながら、嬉しそうに微笑んだ。
「このペースなら、来週にはEランクに昇格できそうですね。頑張ってください!」
Fランクの薬草採集依頼では、何セット納品しようと、一日に獲得できるポイントは一ポイントだけ。
そのため、毎日欠かさず依頼をこなしていても、ランクが上がるまでにはそれなりの日数がかかる。
もっとも、俺にとって冒険者ランクなど、それほど重要なものではなかった。
「そうですね。頑張ります」
俺はいつもと変わらない調子で答え、依頼の手続きを終えるとギルドを後にした。
そして、その足で向かったのは、以前訪れた魔道具屋だった。
扉を開けると、店の奥から見覚えのある女性が顔を出した。
黒いとんがり帽子に紫色のローブ。
相変わらず、いかにも魔女といった格好をしている。
「あら、いらっしゃい。今日はポーションでも買いに来てくれたのかしら?」
店主は俺の顔を覚えていたらしく、優しく微笑みながら迎えてくれた。
「いえ、今日は買い取りをお願いしたくて」
そう答えながらカウンターへ進み、懐から小さな麻袋を取り出して、その上に置く。
「買い取り?」
店主は一瞬、不思議そうな顔をした。
しかし、すぐに何かを思い出したらしく、その表情が変わる。
「……まさか」
彼女は麻袋へと手を伸ばし、中身をそっと取り出した。
現れたのは、細長い葉に銀の筋が入った一本の薬草。
以前、この店で見せてもらったエレメンタルグラスと瓜二つのものだ。
「……うそ」
店主は目を丸くしたまま、手元の薬草を見つめている。
そして、勢いよく顔を上げた。
「えっ、本当に見つけてきたの!?」
「はい。買い取ってもらえますか?」
「……ちょっと待って。先に調べさせてちょうだい」
店主は慎重な手つきで薬草をカウンターに置くと、足早に店の奥へと向かった。
しばらくして戻ってきた彼女の手には、一枚の板のようなものが握られていた。
木製にも石製にも見える不思議な材質で、端には小さなガラス板が取りつけられている。
「それは?」
「識別の魔道具よ。こうして薬草を載せると、その種類を調べてくれるの」
「そんなものがあるんですね」
「ええ。たぶん、冒険者ギルドでも同じものを使っているはずよ」
その説明を聞いて、俺は少しだけ安心した。
実のところ、《変化》で作り出したものが、本当に100パーセント元の物と同じなのかどうか、まだ確証は得られていない。
見た目や手触りはもちろん、実際の性能まで再現できているようだが、それだけで完全に本物だと証明できるわけではないのだ。
もし、この魔道具で偽物だと判定されたらどうしよう。
そんな不安が頭をよぎったものの、ギルドでも同じものを使っていると聞いて、少し気が楽になった。
これまで納品してきた回復草は、すべて問題なく買い取ってもらえている。
それなら、今回もきっと大丈夫なはずだ。
店主はエレメンタルグラスを手に取ると、板の中央へそっと載せた。
すると、端に取りつけられたガラス部分が淡く光り、そこに文字が浮かび上がった。
店主はその文字をじっと見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……本物ね」
よかった。
どうやら、今回も問題なく認識されたらしい。
「本当ですか。前に見せてもらったものとそっくりだったので、今朝見つけてすぐに持ってきたんです」
ここに来るまでに考えておいた設定を淀みなく答える。
「まさか、こんなに早く見つけてくるなんてね。よっぽど運がいいのね」
「そうみたいですね」
俺は曖昧に笑って答えた。
もちろん、本当は今朝見つけたわけではない。
今朝、宿を出る前に《変化》で作っておいたものだ。
最初に作ったエレメンタルグラスは2週間の間、なぜか枯れずに残っていたが、新しいものの方が怪しまれないと思ったのだ。
「それで、買い取りの方は?」
「もちろん、買わせてもらうわ。そうね……銀貨70枚でどうかしら?」
「それでお願いします」
俺は迷わず頷いた。
以前、この店で聞いた話では、ギルドでの買い取り価格は銀貨50枚だった。
その後、実際にギルドの掲示板を確認したところ、Bランクの依頼が並ぶ場所に、銀貨50枚でエレメンタルグラスを求める依頼書が貼られていた。
つまり、この店はギルドより銀貨20枚も高く買い取ってくれるということになる。
こちらとしては文句のつけようがない。
それに、わざわざ値段交渉をして時間を使う余裕はない。
店主は満足そうに頷くと、奥から銀貨の詰まった袋を持ってきてくれた。
「はい、確かに銀貨70枚よ」
「ありがとうございます」
袋を受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わってきた。
「もしまた見つけたら、ぜひ持ってきてね」
「はは、見つけられれば持ってきます」
俺は魔女さんに礼を告げ、魔道具屋を後にした。
そして、その足で再び冒険者ギルドへと向かった。
ギルドを出てから、まだ一時間も経っていない。
さすがに戻るのが早すぎる気もするが、こればかりは仕方がない。
ギルドに入ると、俺はいつもの受付嬢のもとへ向かった。
すると、こちらに気づいた彼女が驚いたように目を見開いた。
「マ、マモルさん!? どうされたんですか?」
「実は森に入ってすぐ、珍しい薬草を見つけまして。すぐに戻ってきたんです」
「珍しい薬草、ですか?」
「これです」
俺は懐から、先ほどとは別のエレメンタルグラスを取り出した。
もちろん、こちらも《変化》で作ったものだ。
受付嬢は差し出された薬草を見るなり、ぴたりと動きを止めた。
「……これは、もしかして……」
「エレメンタルグラスです」
「やっぱり!」
突然響いた大きな声に、近くにいた冒険者たちがこちらを振り返った。
受付嬢はそんな周囲の反応にも気づかず、興奮した様子で薬草を見つめている。
「す、すぐに確認してきましゅ!」
最後の方を少し噛みながら、彼女はエレメンタルグラスを大事そうに両手で持ち、カウンターの奥へと駆けていった。
珍しいとは聞いていたが、受付嬢にここまでの反応をされるとは思わなかった。
魔道具屋の店主も随分驚いていたし、もしかすると俺が考えていた以上に貴重な薬草なのかもしれない。
それから5分も経たないうちに、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました! 鑑定の結果、エレメンタルグラスで間違いありませんでした! すごいですね、マモルさん! とってもラッキーですよ!」
「よかった。それで、依頼は受けていないんですけど、お金って……」
「もちろん、ちゃんとお支払いします! それに、ポイントもどーんと付いちゃいます!」
受付嬢は自分のことのように嬉しそうだった。
「今、別のスタッフが支払いの準備をしていますので、一緒にギルドカードの更新も済ませちゃいましょう!」
「あ、はい。お願いします」
言われるがままにギルドカードを渡すと、彼女は再び奥へと向かっていった。
その姿を見送り、何気なく周囲へ目を向ける。
すると、ギルド内に残っていた数人の冒険者が、こちらをじっと見ていることに気づいた。
おそらく、先ほどの受付嬢の声を聞いていたのだろう。
中には、何やら小声で話し合っている者までいる。
……これは、少し目立ちすぎたかもしれない。
もっとも、今さらどうすることもできない。
俺はできる限り平然とした顔で、受付嬢が戻ってくるのを待つことにした。
しばらくすると、彼女がギルドカードと小さな革袋を持って戻ってきた。
「お待たせしました! こちらがマモルさんの新しいギルドカードと、報酬の銀貨50枚です!」
「ありがとうございます」
まずは銀貨の入った袋を受け取る。
先ほど魔道具屋で受け取ったものより少し軽いが、それでも十分な重みがあった。
続いて、差し出されたギルドカードを確認する。
名前はマモル・フジー。
そして、その下に表示されている冒険者ランクは—―Dランク?
思わず二度見してしまった。
「……あれ? 次はEランクじゃなかったんですか?」
「エレメンタルグラスはBランク相当の依頼を達成したのと同じポイントが入るんです! なので、今回の納品で一気にDランクへ昇格しました!」
なるほど。
それにしても、Fランクから一気にDランクとは。
「だけど、FランクなのにBランクの依頼も達成できるんですね」
「エレメンタルグラスが特殊なんですよ。生息地域が一定ではなく、低ランクの冒険者でも偶然発見する可能性がありますから。なので、この依頼だけは特別に、すべてのランクの冒険者が対象になっているんです」
「なるほど。そういうことなんですね」
説明を聞いて納得したものの、正直なところ、これは少し予想外だった。
てっきり、依頼を受けていない以上、買い取りだけでポイントはもらえないものだと思っていたのだ。
金に困ったらエレメンタルグラスを作って売ればいい。
そんなふうに考えていたが、どうやらギルドへ持ち込む場合は、少し注意した方がよさそうだ。
何度も納品していれば、あっという間にランクが上がってしまうかもしれない。
ただでさえ珍しい薬草を次々と見つけてくる冒険者など、怪しまれてもおかしくないのだ。
まあ、今後は魔道具屋のような場所へ直接売ればいいか。
「それじゃあ、今日はもう帰りますね。せっかく思わぬ大金が手に入ったので」
「そうですね! 朝受けていた薬草採集の依頼は、失敗しても特にペナルティはありませんから、こちらでキャンセルしておきますね」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ! またお待ちしていますね!」
受付嬢は最後まで笑顔で見送ってくれた。
俺も軽く頭を下げ、そのままギルドを後にする。
これで、王都で済ませておきたかった用事はすべて終わった。
魔道具屋で銀貨70枚。そして、冒険者ギルドで銀貨50枚。
合わせて銀貨120枚。
ほんのわずかな時間で、これだけの大金を手に入れることができた。
もちろん、これまでの2週間で貯めた金も別にある。
当面の旅費としては、十分すぎるほどだろう。
同じ日に2本のエレメンタルグラスが同じ街で、しかも同じ冒険者から持ち込まれればさすがに噂になるだろう。
だからあえて、別々の場所で販売した。
これなら例え噂になっても、その頃には俺はこの街にはもういない。
さて、軍資金も手に入ったことだし、そろそろ出発するとしようか。
目指すは、誰にも勇者としての役目を押しつけられない、平穏な暮らしのできる場所。
そんな場所がどこにあるかは分からないけど。
まあ、それを探すのも、これからの旅の楽しみということにしておこう。
東に向かう馬車は午後一番に出発する。
まだ少し時間もあるし、宿を引き払って、軽く昼食を取っておくか。




